第82話 レディオの計略
「チェルシーさん、いちいち前置きが長いわ。とっとと始めなさいよ」
「うっさい、スターリナ家ですわ! 一体、誰のせいで長くなったと思ってらっしゃるの!?」
「……どうやら二人には口で咎めるより、鉄拳制裁の方が理解できるようだな? そこに並ぶか?」
「「チッ……(こいつ、シャレになってないわ)」」
イリーナとチェルシーがいちいち言い争う中、レクシーが拳をバキバキ鳴らしながら脅して武力を持って制止を呼び掛けようとしている。
レクシーの迫力に、二人は舌打ちして互いにそっぽを向いた。
最初は険悪の仲だと思っていたけど、次第に類友のように見えてきたぞ。
そんな中、セシリア艦長がさりげなく俺に近づいて来る。
「ねぇねぇ……キミ、カムイくんでしょ?」
漆黒のアストロスーツで身を隠している、俺に向けて小声で尋ねてきた。
『まぁね……内緒だよ。それより、どうして艦長のセシリア達まで、
音声を変えて、そっと聞いてみる。
「上層部の命令でね……グノーシス社が開発した
『なんだい?』
「……隣の子は? 見るからに女性のようだけど……」
『桜夢だよ。イリーナの指示で同じ格好をしているんだ。ほら、どっちが “サンダルフォン”のパイロットか判別できないようにね』
「へ~え、桜夢ちゃんかぁ。へ~え、ふ~ん」
どこか
『ど、どうしたの?』
「なんか二人ともぅ、ペアルックみたいで~。仲睦まじそうでぇ、なんて言うかぁ~」
『べ、別にそういうわけじゃ……なぁ、桜夢?』
『そうだよ、セシリアさん……こう見ても喋っちゃ駄目とか、カムイくんと密着しちゃ駄目とか制限があるんだからね』
いや、俺との密着については言わなくて良くね?
「いいなぁ。あたしもお揃いのアストロスーツ着たいなぁ。いっそ艦長辞めてヘルメス社に入社しちゃおうっかな~」
流石に無理だと思うぞ、セシリア。
お前がいないと、誰がゼピュロス艦隊の指揮するんだよ。
ところでこの子は、俺達の何を羨ましがってんの?
そういや以前から、セシリアに言おうと思っていたことがあった。
『あっ、そうだ。俺、一度セシリアを食事に誘おうと思ってたんだ』
「え? 何それ? ガチで?」
仏頂面だったのが突然、ぱあっと晴れやかになる。
『う、うん……いつも何かとフォローしてくれるだろ? 良かったら、お礼にと思ってね』
学園内では迂闊に誘える機会がなかったからな。どっかに
それにセシリアは多忙だから、学園でも午前中しか会うことができない。
感謝の念として、メールより直接話して誘いたいという気持ちもあった。
「うん! もち行く行く~、絶対に行く~! きゃはっ、嬉しいなぁ。絶対だよ~!」
セシリアは上機嫌になり、テンションを上げ満面の笑みを浮かべながら、こっそり手を振り俺達から離れ行った。
あんなに喜んでくれるなんて……誘ってみて良かったな。
近いうちに、いい店をセッティングしょう。
『いいなぁ、セシリアさん……』
傍で聞いていた桜夢が呟いている。
ちょっぴり気まずい空気が流れてしまう。
『……桜夢、良かったら今日でもご飯食べに行く?』
『え? うん!』
ヘルメットのバイザーでどんな表情をしているのか不明だけど、弾んだ声からして凄く喜んでくれているのがわかる。
良かったと思う反面、もしかして俺って適当な奴なのかな……そう思えてしまう。
「ちょい、イチャコラ禁止って言ったわよね? そんな恰好させてんのに、まったく油断も隙もないわ……」
イリーナが戻って来た早々、俺達を睨み付けながら割って入ってくる。
『べ、別にそんなつもりじゃ……イリーナこそ、喧嘩しに来たんじゃないのだから、相手側と揉めるなよ!』
「言ったわよね? ヘルメス社にとっては全面戦争になると……ガルシア家め、ぶつぶつ」
うん、聞いちゃいねぇ。
まぁ、コバタケの件といい……イリーナが面白くないと思う気持ちもわからなくもない。
俺はイリーナの華奢な肩に手を添える。
「カムイ?」
『――安心してくれ。俺はイリーナを裏切ったりしない。ずっと傍にいて守ってやるからな』
「う、うん、ありがと……おかげで少し落ち着いたわ」
イリーナは頬をピンク色に染め、顔を反らして前を向く。よそよそしく見えるが、機嫌が良くなったのがわかる。
よし、これで一安心、などと思ったら……。
ぎゆっ。
今度は桜夢が俺の手を握ってくる。
しかもイリーナの真後ろで……。
『(桜夢?)』
『わたしだって……負けたくない』
なんだろう……何に負けたくないって?
やばいなぁ……さっきのセシリアの事といい、俺は何に罪悪感を抱いているんだ?
クソッ、また頭の中がもやもやしてくる。
『……ホタル、アストロスーツのナノマシン注入』
『COPY。それと、やはりマスターには女性心理について教育の必要性が認められマス』
なんだよ、それ? また妙なことを言ってくる。
身体にナノマシンが注入され、気持ちが落ち着き始めた。
これで多少何があっても大丈夫だろう、そう思い始めた頃。
ふと、レクシーとヨハンが話し込んでいる声が聞こえた。
教官と副教官の立場である二人なので会話くらいするだろう。
しかし、先日のハヤタから聞いた「二人は付き合っている」という、根も葉もない噂が流れていることが過ってしまった。
そうなると嫌でも意識してしまうものだ。
俺はつい神経を集中させ、抜群の聴力を活かして聞く耳を立ててしまう。
「――まさか、ヨハン中尉がグノーシス社のテストパイロットだったとはな……」
「上からの命令でね。地球にいた時にキミのお兄さんから声が掛かったんだ……ごめんよ、レクシー少尉。ずっと隠していて」
「どうして、エウロス艦隊ではなくゼピュロス艦隊に?」
「レディオさんの指示だよ……なんでもヘルメス社の社長に不満があるらしい。詳しくは知らないけど、ある
きっと暴走した“サンダルフォン”6号機の件だな。今もエウロス艦隊が戦っていると言う。
やっぱりそれが原因で、フェデリック准将にイリーナの情報を漏らしたんだな。
「そうだったんですね……ウチの家族が中尉にご迷惑をおかけしてなければいいのですが……」
「まぁ正直、貴族らしい独特の雰囲気はあるけどね……けどレクシー少尉を見ていたら、やっぱり繋がりのある家族なんだなぁっと思うよ。皆、誇り高い一族だね」
「……はぁ、そうですか」
どこか複雑な表情を浮かべる、レクシー。
彼女はどうも、ガルシア家から一線を引いている、確執のようなものがある。
現にグノーシス社はAG開発の際、非人道的な実験も平気でするらしく、他のパイロット達から顰蹙を買っているようだ。
けど、ヨハン副教官……やっぱりいい軍人だな。
などと思っていると、
「――それでは皆様、我がグノーシス社代表取締役のレディオ・ガルシアからご挨拶となりますわ。生憎、社長は第三艦隊方面に在中しておりますので、リモートでのご挨拶なりますの……コバタケ博士、繋ぐのですわ」
「御意」
チェルシーの指示で、コバタケはタブレット端末を操作する。
すると、頭上に一人の青年が浮かび上がった。
前髪が長く黄金色の髪。青い瞳をした整った容貌は王子様のようであり、あるいは気高き紳士風にも見える。
特に目尻が吊り上がっているところなど、レクシーとチェルシーに良く似ていた。
「……出たわね、レディオ・ガルシア」
イリーナが親指の爪を噛みしめながら、その名を呟く。
ってことは、こいつがレクシーの兄か。
『皆様、本日はご多忙の中よくお越し頂きました。わたくしがグノーシス社代表取締役である、レディオ・ガルシアです。諸事情によりリモートでのご挨拶をお許しください』
俺達ゲストに向けて丁寧に挨拶をしている。
話している感じは、とても物腰は柔らかそうだ。
『ではこれより、我が社とキリシマ重工と共同開発をした“ツルギ・ムラマサ”の実戦を想定した稼働実験を行わせて頂きます。テストパイロットは国連宇宙軍に所属する、ヨハン・ファウスト中尉です』
レディオの紹介により、ヨハンは軍人らしく敬礼して見せる。
その人柄もあってか、俺も含むほぼ全員が快く拍手して迎えた。
けど、イリーナだけは違う。
「実戦を想定した稼働実験ってことは、実機で模擬戦闘を行うってことよね?
両腕を組み、上から目線で問い質す。
『これはイリーナ社長、ご健在で何よりです。ええ、その通りです。実弾ではありませんが、実際にAG同士が戦うことになります。イリーナ社長のご厚意で、こうしてヘルメス社自慢の
レディオは微笑みながら、俺と桜夢の方を見比べている。
「……なんですって?」
イリーナは怪訝の表情を浮かべた。
なるほど……わざわざ俺まで招いた意味がわかったぞ。
――最初から、俺と新型AGとで戦わせるつもりだったんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます