第80話 グノーシス社の目的




 レクシーから、『チェルシー』と呼ばれた中等部の制服を着た美少女。

 彼女は大きく切れ長の瞳をレクシーに向けてきた。


「……お姉様、お久しぶりですわ」


 お姉様だと?

 どうりで似ていると思ったら、レクシーの妹だったのか。


 そのレクシーは妹の登場にどこか戸惑いを露わにしている。


「……ああ、久しぶりだな。しかし、お前はエウロス艦隊方面のコロニーにいる筈だが、何故ここにいる? どうして、ここの中等部の制服を着ているんだ?」


「今日付けで転校してきましたの。あくまで仮ですけど……レディオお兄様の指示で」


「兄上か……まさか兄上もゼピュロス艦隊に?」


「ノーコメントですわ。お家から離れた、お姉様には関係ないこと。こうして、わざわざご挨拶に伺ったのは姉妹としての義理ですわ……」


 傍から話を聞いている限り、チェルシーって子はレクシーの妹のようだ。

 にしては随分と態度がデカい。


 いや、姉であるレクシーの方も、妹と距離を置いているというか遠慮しているように見える。


 俺はチェルシーの隣で立っている、シャオに向けてさりげなく手招きをして呼んだ。

 一応、目立たぬようハヤタに頼み間に入ってもらう。


「弐織先輩、呼んだネ? どうしてワタシィから離れるネ? 先輩の隣に立ちたいヨ」


 シャオはハヤタ越しで、すがるような眼差しを向けて俺に訴えてくる。

 すっかり気に入られてしまったとはいえ、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。


「……すまん。ここでは目立ちたくないんだ。それより、どうしてシャオがあのチェルシーって子と一緒にいるんだ?」


「教師に頼まれたネ。転校生である彼女の案内役ヨ……イリーナさんを彷彿させる強引さとカリスマ性の持ち主ネ」


 確かにキャラは被っているっぽい。


「仮の転校って言ってたよな?」


「ハイ、第三艦隊であるエウロス艦隊と巡航しているコロニー船ネ。本人曰く、ガルシア財閥の一員でグノーシス社の社長補佐と代行を務めているらしいヨ」


「あの若さで社長代行? そんな子が姉であるレクシー教官に会いに来たってわけか……」


 けど、レクシー。家から離れたと言われていたな。

 以前に聞いた話と同じで根深い何かがあるようだ。

 俺がそう理解する中、シャオは「う~ん」と考え込む。


「どうした、シャオ?」


「……弐織先輩、それだけの目的じゃなさそうだヨ」


「え?」


「――やはり、ここにいらっしゃったんですね。ヨハン・ ・ ・中尉」


 チェルシーは明るい口調でその名を呼ぶ。

 レクシーを含む俺達訓練生は一斉に、ヨハン・ファウスト副教官に視線を向けた。


「やぁ、チェルシーさん……まさか僕に会いに来たのかい?」


「ええ、その通りですわ。グノーシス社から例のモノは持ってきておりますので、明日の休日に是非にと、レディオお兄様からのお達しですわ」


「わかったよ。けど、ここで話す内容じゃないかな。訓練生の前だ……僕は別にいいんだけどね」


「失礼いたしましたわ。よろしければお姉様も一緒にどうです?」


「私も? 何をだ?」


「グノーシス社製の試作型AGアークギアの試験運転ですわ」


 なんだと!? 昨日、イリーナが話していたアレか?


 確か日本のキリシマ重工と共同開発したという“ツルギ・ムラマサ”という機体だ。

 その開発経緯に、嘗てヘルメス社の技術者であり追放された、『ジョージ・コバタケ』が携わっている疑惑が浮上している。


 けど、どうしてヨハン副教官に声が掛かるんだ?

 そういや、彼も地球から上がってきた軍人……実はグノーシス社と関わりを持っていたのか?


「……わかった。付き合おう」


 レクシーは重い口調で同意する。

 すると俺の隣に立つ、ハヤタが手を挙げてきた。


「あのぅ! オレも一緒にいいっすか~!?」


「……貴方は?」


 チェルシーは双眸を細めて警戒するような仕草をみせる。

 一方のハヤタは背筋を伸ばし軍人らしくビシっと敬礼していた。


「ハッ! 自分はハヤタ・セバスキー准尉! レクシー少尉から直々に指導を受けている者です!」


「……ふ~ん。なるほど……ガルシア家と縁のある者ならいいでしょう」


 どう見ても年下にもかかわらず上から目線のチェルシー・ガルシア。


 ハヤタもイリーナで免疫がついたのか、不快な顔を見せず「ハッ! ありがとうございます!」と、声を張り上げて礼を述べている。

 こいつもすっかり成長したな……改めてそう思う。それにイリーナの指示通り工作員スパイとして紛れ込むつもりだ。


 チェルシーは気を良くしフッと微笑みながら、シャオの方に視線を向けてくる。


「シャオ・ティエン。貴女も来るのですよ」


「ええ!? どうしてワタシィネ! ワタシィ関係ないヨ!」


「何言っているの? クラスメイトでしょ? わたくしの案内役でしょ? このチェルシー・ガルシアが認めているのよ、拒否は許しませんわ!」


「わかったヨ……とんだ災難ネ」


 シャオは渋々了承した。彼女も紆余曲折あって、逆らったら駄目な存在がいるってことを知っている。

 けど彼女ってなんだろう……イリーナといい厄介な相手から気に入られる体質でもあるのか?


 かくして午後の訓練はけたたましく終わった。





 それから芸能科の教室にて。


 特訓終了後、また俺達ヘルメス社組だけが残った。


「やはり動いたわね、ガルシア家め! まさかAGアークギアまで持って来るなんて!」


 イリーナは憤りながら、俺に一枚の封筒を手渡した。

 紙媒体なんて珍しい。しかも高級そうな紙質だ。


「これは?」


「私に届いた案内状よ! レディオ・ガルシアからね! 明日、戦艦“ミカエル”で試作機のお披露目会をするそうよ!」


「なんだって……それで『達』ってどういう意味だ?」


「招待を受けたのは私だけじゃない! カムイ、貴方もよ! “サンダルフォン”のパイロットとしてね!」


「マジかよ!? いや、けど俺、極秘扱いだろ? どう出席しろって言うんだよ?」


 俺の問いに、イリーナは深呼吸をして荒ぶる気持ちを落ち着かせる。


「……カムイは謎のパイロットなんだから、貴方だけアストロスーツを着ればいいでしょ? ヘルメットのバイザーにスモークを施して声も変えるように変更しておくからね。私の警護も兼ねて来て頂戴」


「わかった、それなら問題なさそうだ」


「あと、ハヤタは大手柄ね。上手くガルシア家の中枢に入り、逐一私に情報を提供するのよ。働きによっては時給も上げてあげるし、特別ボーナスも出してあげるから期待しなさい」


「社長、あざーす!」


 ハヤタって時給制なのか。つまりバイト扱いのようだ。

 イリーナは気を良くしたようでニヤッと微笑みながら、何気に桜夢の方を見る。


「サクラ、明日は貴女も来なさい。カムイとお揃いのアストロスーツを用意するわ」


「は、はい……構いませんが」


「どうして桜夢にまでアストロスーツを?」


欺瞞ぎまん作戦よ。“サンダルフォン”のパイロットは男か女かさえ知られてないでしょ? 本物なのか偽物なのか特定されず曖昧にするためよ。ガルシア家には、私から上手く説明するわ」


 なるほど念には念を入れるってわけか。俺としては有難い。


「桜夢、またまたごめんよ。妙なことに巻き込んでしまって……」


「いいよ、カムイくん。私も一緒にいられて嬉しいから」


「え?」


「……なんでもない。明日はバレないように頑張ろ、ね?」


 うん、妙なところに頑張らなきゃならないけど仕方ない。

 桜夢の優しい笑顔につられて、俺も「うん」と頷いた。


「二人共いいこと、あくまで敵の目を欺くためよ! 基本、喋っちゃ駄目だからね! ましてやイチャコラなんてしてみなさい! 減俸じゃ済まないからね!」


 イリーナは俺達のやり取りを眺めながら、再び目尻を吊り上げる。

 減俸って……俺、給料貰ってないんだけど(その分、ヘルメス社から生活全般の支援をしてもらっている)。





 翌日の休日。


 俺達は主力艦“ミカエル”へと向かう。


 イリーナの指示通り、俺と桜夢は事前にアストロスーツを着用した状態だ。

 逆に目立って仕方ないが、正体がバレないという点では確実な手段だった。


「いい! イチャコラ禁止だからね! 特にサクラ!」


 俺達の前で悠々と通路を歩くイリーナが、やたらと念を押してくる。

 逆にアストロスーツを着たまま、どうやってイチャコラできるか教えてほしい。

 まぁ、ペアルック感があって悪い気はしないけど……着心地もいいしな。



 格納庫ハンガーには、艦長のセシリアと副艦長のオリバーを含む見知らぬ者達が集まっていた。

 例のチェルシーとシャオの姿も見られる。


 さらにアストロスーツを着用した、ヨハン・ファウストもいた。

 彼について昨日は聞きそびれたが、なんとかくわかってきたぞ。


 ヨハンは国連宇宙軍に所属する一方で、俺と同様の立場。

 グノーシス社に雇われたテストパイロットだ。


 あの奥に射出機カタパルト用の台に載せられたAGアークギア


 “ツルギ・ムラマサ”という機体の――。



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