第79話 ヘルメス社のブリーフィング




「おい、イリーナ。どうして、レクシー先輩と全面戦争になるんだよ……以前から嫌っているのは知っているけど、俺達を巻き込むことはやめてくれ。俺達三人とも彼女には世話になっているんだからな!」


 俺は至極正論を述べた。

 しかし、イリーナは首を横に振るい「違うわ!」と前置きする。


「敵はレクシーじゃない! 彼女を除く『ガルシア家』よ! 特に長男の『レディオ・ガルシア』!」


「……レディオ・ガルシア? 今のグノーシス社の代表取締役か?」


「そうよ……そいつが、加賀キリヤに私の暗殺を依頼し手引きした『フェデリック・ウッズ准将』を焚きつけた疑いがあるわ!」


「「なんだって!?」」


 俺とハヤタが同時に声を張り上げた。

 事情を知らない、桜夢はきょとんと首を傾げている。


「……まだ疑惑の段階だから他言無用よ」


 イリーナは詳細を語り始めた。



 元々フェデリック・ウッズ准将は地球環境再生を強く望む宇宙船民で、人類だけを滅亡して環境を改善させたFESMフェスムに共感している部分があったと言う。

 再び地球を汚染している地上民を憎悪する立場だが、彼の思想は違っていた。


 ――地球の人類を全て宇宙そらに移民させる。


 その境地に達したそうだ。


 無論それは宇宙そらを拠点とする国連宇宙軍と政府の意志に反しており、フェデリック准将はそういった権力者達に不満を抱く地球の『反政府勢力組織』と接触し繋がりを持つに至ったという。

 いずれ自分の理想とする軍閥を設立し、国連宇宙軍と政府の傲慢と堕落した全てを粛清させるため。


 その為には宇宙に根を張る権力者と選民が邪魔でしかなかった。奴らこそ人類の腐敗を助長する産物だと思っていたからだ。

 特に超大手軍需産業を支配しAGアークギア開発など、国連宇宙軍にも影響を与えている、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナは目障りでしかない。


 しかし当初、フェデリック准将は極めて慎重であったと言う。

 イリーナに関しても、彼女の背後にある『裏の存在』を懸念し、まだ様子見だったそうだ。



「――そんな折よ。レディオ・ガルシアがフェデリックに接触したてきたのは……」


「レディオか……ハヤタからも聞いたけど、非人道的なことも平気でやってのけるって話だよな?」


「そうよ。常に合理的な男で、そこに善悪はないわ。だからお父様も気に入っていたみたいだけど……尋問したフェデリックの証言によると、最近私が頻繁にこのコクマー学園に出入りしているという情報をレディオの腹心である副社長から得たそうよ」


「それで、加賀キリヤを潜入させ暗殺しようと踏み切ったわけか……首謀者は捕まえたからいいものを……イリーナ、そのレディオって奴はどれくらい関与しているんだ?」


「生憎ほとんど関与はしてないわ。ただ指示した副社長を通して、私の行動を教えただけ……その意図もあえて聞かなかったそうよ。フェデリックとしては、あまりレディオに貸しを作りたくなかったみたいね。まぁ、グノーシス社の強引さと抜け目なさは彼も知っていたから尚更ね……それだけじゃ罪に問えないわ。訴訟しても慰謝料貰って終わりよ」


「あの霊粒子エーテル爆弾は? 加賀の身体を機械化した経由ルートとか?」


「全て、フェデリックの人脈で手配したモノよ。人体改造を施した医師も捕まえられているわ……生憎、レディオとグノーシス社は絡んでなかったわ」


 イリーナの言葉に、俺は次第に顔を顰め始める。


「……じゃあ、全面戦争に踏み込めないじゃないか? レディオって男に嫌がらせしたいなら、他のやれそうな工作員スパイに頼めよ」


「言ったでしょ! 我がヘルメス社は存亡を懸けているって……現にレディオは全て知っていたわ! 私が暗殺されそうになったこと、阻止したこと全てをね! その上で、こんなモノを送ってきたのよ!」


 イリーナは怒り口調で、タブレット端末に映し出された内容を立体的化させて示した。


 それはAGアークギアの図面であり、見たことのない機体だ。

 俺は表示されている文字を読んでみる。


「――型式番号GXP-02、“ツルギ・ムラマサ”?」


「そう、グノーシス社製のAGアークギアよ! 日本のキリシマ重工と共同開発した試作機よ!」


「ヘルメス社以外にもAGアークギアが造れるのか!?」


「あんなの“エクシア”をバラして構造を知れば、大抵の技術者なら誰でも造れるわ……思い当たるもいるしね」


「思い当たる奴?」


「カムイも知っている筈よ――三年前、大チョンボと大失言かましてお父様の怒りを買い地球に追放された、あのマッドサイエンティスト!」


「……あっ、『コバタケ』のおっさんか!? “サンダルフォン”の開発責任者だった奴か!?」


 フルネーム、ジョージ・コバタケ、35歳。

 実験機を含む6機の“サンダルフォン”開発を担っていた人物。


 大チョンボというのは6機目、つまり“サンダルフォン6号機”の稼働実験中に機体が暴走し行方不明となり、事実上テストパイロットを死なせてしまったこと。


 その一年後の7号機こと今の“サンダルフォン”を制作過程で、「銀河系にとって、ちっぽけな人類はFESMフェスムにゴミのように滅ぼされる運命にある!」と失言し、見学していたヴィクトルさんの怒りを買ってクビになり地球へ左遷させられたんだ。


 俺も当時、テストパイロットとして携わっていたから覚えている。

 あの年老いて車椅子生活だった、ヴィクトルさんが立ち上がるくらい激昂していたからな。それで死期を早めたっていう説もある。


 イリーナが言わんとしていことは、レディオがコバタケのおっさんを引き抜いて、グノーシス社製のAGアークギアを設計させ造らせた可能性があるらしい。


「社長ぉ、要するに今後に踏まえての企業競争ってことっすよね。AGアークギア導入に関しての……今まではヘルメス社が独り勝ちだったけど、今後はそうはいかないぞ的な?」


 ハヤタの言う通りかもな。

 グノーシス社はAGアークギアの兵装面で定評があるらしいから、この機体がロールアウトした日には、ヘルメス社も何かしらの打撃を受けてしまうかもしれない。


 しかし、イリーナは首を大きく横に振るう。


「ハヤタァ、戦争って言っているでしょ! 企業戦争、情報戦よ! 既にヘルメス社は情報漏洩により、これだけの被害を受けているわ! こっちも十倍返しよ!」


「んで、俺達と情報共有か?」


「そうよ、カムイ! ちなみに貴方もレディオ・ガルシアから目を付けられているから気をつけなさい!」


「え!? ガチで!? い、嫌だなぁ……」


 何やらまた面倒くさいことになってきたぞ。


「今の生活を守りたいなら、私に協力しなさい! あの男なら、貴方の事情をネタに何をしてくるかわからないからね!」


 うっ。あり得るかもしれない……つーか、なんで俺を巻き込むの?

 けど恩義あるヘルメス社を守らなければならない立場だ。

 イリーナも含めて……。


「わかったよ。従うよ、イリーナ」


「……ありがと、カムイ。それで、ハヤタはレクシーを通して、ガルシア家の動向を探るのよ! 師弟関係のある貴方なら、あの女から情報を聞き出せるでしょ?」


「え、ええ……オレ……姐さん裏切りたくないんだけど、嫌だなぁ」


「ガルシア家の動きを探るだけよ。別にレクシーを裏切る必要はないわ……必ず近日中に、レディオは動きを見せる筈よ! それを探り、私に教えなさい! 000-11トリプルゼロ・イレヴン!」


「……わかったよ。なんかコードネームで呼ばれると、コンビニみたいで複雑だなぁ」


 ハヤタも引き受けたとはいえ、とんだ貧乏くじを引いたかもしれない。


「サクラはカムイのサポートよ! さっきも言った通り、カムイもレディオに目を付けられているわ! あの男は目的のためならどんな手段でも使ってくるわ! 案外、レクシーを利用してカムイを誘惑してくるかもしれない……カムイってば、あの女にやたらと肩入れするところがあるからね……」


「はい、確かに……」


 確かにじゃないよ、桜夢! 普段、俺をどう見てんだよ!?


「だからサクラ、その時は貴女が阻止するのよ! 今回ばかりは、ある程度までなら密着を許すわ!」


「わかりました! そういうことなら喜んで!」


 なんだろ……イリーナと桜夢が違う意味で意気投合して団結している。

 二人共、もう別の目的じゃね?


 こうして俺達、ヘルメス社員の作戦会議ブリーフィングが終了した。





 翌日の午後、操縦訓練が終了しようと間際。


 プシュっと扉が開けられた。


「――シャオさん、ここですわね? お姉様とあの方がおられる教室は?」


 いきなり中等部の制服を着た二人の女子生徒が教室に入ってきた。

 一人は俺が良くしる後輩のシャオ・ティエン。


 もう一人は見たことがない。


 黄金色の長い絹髪をツインテールにした、小柄で華奢な身体つき。

 目尻が吊り上がった青い瞳に、綺麗な容貌をした美少女。

 清潔感のある凛とした雰囲気が誰かに似ている。


「……お前はチェルシー?」


 レクシーが、その子らしき名前を呟いた。



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