第78話 イリーナの宣戦布告




 などと考えていたら、ヨハン副教官の模擬戦闘が終わっていた。


 流石は現役の中尉だ。ダントツのトップ成績で全クリアしている。

 やはり評判通り、AGパイロットとして相当な実力の持ち主のようだ。


 ヨハン副教官が操縦士仮想訓練装置パイロット・シミュレーターから出てきた途端、喝さいの拍手と黄色い声援が飛び交っている。


 本人は「いやぁ、どうも……」と照れ臭そうに頭を掻いていた。

 うん、温厚そうで人柄も決して悪くない。前任のキーレンスとは雲泥の差だな。


 それからヨハン副教官より助言や激励の言葉が述べられ、操縦士訓練は終了となる。



「――弐織君」


「はい?」


 帰り際に、ヨハン副教官に呼び止められる。


「キミ、仮想訓練戦シミュレートの時、手を抜いていたろ?」


 やばい……この人、本物だ。

 レクシーやロート少佐もそうだが、本物のエースパイロットほど、俺の必殺「手抜き操縦」を勘づかれてしまう。


「え? まさか……わざわざ手を抜く意味がわかりません」


「そうか。ならいいけど……実戦じゃ命に関わるからね。何か考えがあるようだけど、やめた方がいいよ」


「は、はい」


 うん、よく見ている。

 俺がスコアを調整しながら敵陣に突っ込んで玉砕しているところまで……。

 ヨハン副教官は「それじゃね」と軽く手を振って教室から出て行った。


 彼はまだ地球から上がってきたばかりだ。

 “サンダルフォン”のことを知らないから、それ以上の言及をされずに済んだのかもしれない。

 それに、俺のこと本気で心配してくれているようでもある。


 ……ヨハン・ファウスト中尉か。


 見た目からパーフェクト王子っぽい人だけど、ありゃガチだな。

 AGアークギアパイロットの腕だけじゃなく、人格も凄くいい人と思う。


 それから俺は桜夢とハヤタと合流して、放課後の芸能科へと向かった。


「弐織先輩~ッ!」


 中等部のシャオ・ティエンが廊下を走って近づいてくる。


「やぁ、シャオ。あれから怪我はないようで良かったよ」


「あい。弐織先輩は命の恩人ネ。はい」


 シャオは片下げ鞄から包装されクッキーを取り出し、俺に差し出してきた。


「これは?」


「お礼ネ。手作りだから後で食べてヨ。ハヤタ先輩にも一応感謝の念を込めて作ったネ」


 言いながら、ハヤタにもクッキーを渡している。

 けどなんか、俺のと比べて……あれだ。


「ちっさっ! シャオ、お前の感謝の念がよくわかったわ……まぁ一番、活躍したのは弐織だからな。有難く貰っておくよ」


「そうするがヨロシ。じゃあ弐織先輩、ウチと行くネ」


 シャオは笑みを浮かべ、わざわざ桜夢を押しのけて俺の隣で歩き出した。


「ちょっと、シャオちゃん!」


「サクラ先輩は抜け駆けの常習犯と聞くネ。弐織先輩の隣で歩くくらいいいでしョ?」


 桜夢は「んぐぅ」と口を閉ざして何も言えないでいる。

 一体なんの話をしているんだ? 常習犯ってなんの?


 まぁ、シャオは「傍受マニア」だからな。また何か情報を得たのだろうか?

 ほどほどにしないと、また痛い目に遭うぞ。


 てか俺って、いつのまにかシャオに気に入られてないか?



 芸能科の教室に入ると、既にイリーナとリズがスタンバイしていた。

 オネェっぽいダンサーの男性講師もいる。


「待ったわよ。時間がないわ……それじゃ始めましょう」


 イリーナは淡々とした口調で言いながら、早速レッスンが始まった。

 時間がないか……次のイベントを目指して練習しているんだよな?


 確か一ヶ月後の「セフィロト文化祭」だと聞く。

 宇宙アイドル、『Angelusアンジェラス』の初お披露目か……何故か俺が緊張してしまう。


 彼女達が特訓している間、マネージャーである俺とハヤタはタオルやら栄養ドリンクなど用意することになっている。

 イベントの日が近づくと、会場を視察したりスタッフと打ち合わせをしたり、また売り込んだりと意外と本格的な活動をされるらしい。


 最初は面倒だったので、「俺は聞いてないぞ!」とイリーナに食って掛かろうと思ったけど、彼女を含む桜夢達の頑張りを見ていくうちにすっかり感化されてしまった。


 一緒に成功を収めたいと思うようになる。


 そんな彼女達「Angelusアンジェラス」の練習光景を離れた場所で眺めている中、俺はふとあることが気になり隣で見惚れているハヤタに声を掛けた。


「なぁ、ハヤタ君……アルド君達のことなんだけど」


「昨日みたいにオレのこと呼び捨てで呼んでくれよぉ。その方が、親近感があって嬉しいからよ……んで、アルド達がどうしたって?」


「いや、なんかクラスから浮いているというか……元気がないというか」


「……弐織が気にする必要なくね? 加賀の件じゃ半分は自業自得だからな。アルド達には、しばらくいい薬だろうぜ。まぁ、俺は嫌っているわけじゃないから、それとなく声は掛けているつもりだが……今日の訓練で声掛けてもあんな調子だからな。オレじゃ駄目かもしれない」


 まぁ、アルドはずっとハヤタをライバル視していたからな。

 そんな相手に情を寄せられても逆にってやつか。

 ましてや連中から底辺だと思われている俺なんて、もっと最悪で相性悪いってところだろう。


「……そうか。しばらく様子見るしかないか」


「さっきも言ったけど、なんで弐織が気にするんだ? 寧ろことあるごとに小バカにされて、弐織が一番ざまぁと思っても可笑しくない立場だろ?」


「まぁ、そうなんだけどね……今日のクラスメイト達と話していると、なんかにも原因があったのかなって……」


「ん~、ちと違わね? クラスの連中はオレ同様に弐織を知るきっかけがなく、当たらず触らずスルーしていたけど、アルド達は最初から弐織をバカにしてナメていた。まるで質が異なると思うぜ……弐織だって事情があって誰ともつるんでなかったんだろ?」


「まぁ、そうなんだけど……」


 俺だって、いつもアルド達は馬鹿にされて嫌な思いもしてきたけど……こういう形の挫折していくのはどうだろうと思い始めている。

 本来ざまぁっと思っていい筈なのに、何故か連中が気になってしまう。


 きっとAGアークギアのパイロットとして、同じ道を歩んでいる者だと思っているからだ。


「やっぱ弐織ってガチでいい奴だな……まぁ、俺も奴らが孤立しないよう配慮するよ。一応、学級委員だからな」



「ああ、ありがとう……ハヤタ」


 俺が呼び捨てで呼ぶと、ハヤタは「うおっ、やった!」と表情を緩ませて喜んでくれる。

 逆にこっちが照れてしまうじゃないか。


 けど、ハヤタもなんだかんだで、気のいい奴だと思う。



「――今日のレッスンは終わりよ。明日は歌を入れながら本番さながらにレッスンするから覚悟なさい! 特にセンターのサクラは気合いれるのよ!」


 イリーナはやたら息巻いている。

 彼女は天才肌だから、やたら物覚えが早い。リズも同じで妙にセンスがいい。シャオも意外と器用にこなし才能があるようだ。


 反面、桜夢は凄く頑張っているが、他の三人が才能ありすぎて見劣りしてしまう部分があるのは否めない。


 しかし、


「はい! 頑張ります!」


 桜夢は絶対に挫けない。本当は無理矢理に宇宙アイドルさせられているにもかかわらず、一度やると決めたらとことんやる。

 きっと彼女は努力の天才なのだろう。だから俺は応援したくなるんだよな……。


「いい返事ね。私が見込んだだけのことはあるわ……このメンバーなら問題ないと確信しているわ。来月の『セフィロト文化祭』で大成功を収める筈よ! あの男には絶対に負けないわ!」


「イリーナ、あの男って誰だ?」


 つい俺は挙手して聞いてしまう。

 イリーナは親指の爪を噛みながら、キッと赤い瞳を吊り上げる。


「マッケン提督よ! 深夜の会議が終わり直後、この私を挑発してきたのよ! 『私の新曲、マッケンカーニバルⅢに勝てますかな、イリーナ嬢?』って……ムカつくわ~、あんなパクリ曲なんかに絶対負けなんだから!」


 彼女の話だと来月に開催される『セフィロト文化祭』の催し物として、マッケン提督と直接対決することになったとのこと。


 宇宙アイドルVSマッケン提督率いる国連宇宙軍上層部軍団だとか。


 俺、一度も見たことないけど……マッケンカーニバルってⅢまであんの?


「そうそう。着替え終わったら、少し話があるわ。カムイと桜夢とハヤタは残るのよ。後は帰っていいわ」


 イリーナは気持ちを入れ替え、俺達を呼び止めた。



 間もなくして、教室内は四人だけとなった。


「話ってなんだ、イリーナ?」


 俺から切り出してみる。


「……昨日の『加賀キリヤ』の件よ。あの後、色々わかったことがあるから、貴方達と情報を共有することにしたわ」


「シャオは? あの子もその件で深く関わっているけど?」


「……あの子はいいわ」


 制服姿のイリーナはあっさりと首を横に振るう。確かに下手に巻き込む必要もないか。

 イリーナは俺達の顔を見合わせると、重々しく口を開く。


「全員、心して聞きなさい! まずは最初に言っておくわ! これから有事の際、我がヘルメス社は存亡を懸けて、ガルシア家と全面戦争に突入するからね!」


 おいおい、冒頭からとんでもないことを言い出したぞ。

 ガリシア家って、もろレクシーのことじゃね?



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