第77話 ガルシア家の黒い噂




「わたし達も一緒にいい?」


 桜夢がソフィを連れて声を掛けてきた。

 ちなみに彼女からクラスメイト達に懇願するのは非常に珍しいことだ。


 学年一、二を誇る美少女の頼みごとに周囲は盛り上がる。


「勿論だよ星月、それにローズもな。フォックスもどうだ?」


 ハヤタは、リズにも声を掛けてみる。

 一応、同じ芸能科だからだと思うが、大人しい彼女は俺同様にいつも一人でいることが多い。


「……うん、いいよ(今日は珍しくイリーナ様が起きられていましたからね)」


「きゃっ、リズちゃん、嬉しい~! こっちに来てぇ!」


 モエリトが一番喜んでいる。いつも何かとリズを気に懸けている子だ。

 確か医療衛生科を専攻しており、将来は軍に従事する看護師を目指していると聞いたことがある。


 リズは手招きされるがままモエリトの隣に座り、桜夢は何気に俺の隣に座った。


 しかし随分と賑やかになったもんだ。


 まさかこの俺が、こんなリア充な環境で昼食をとることになるとは……。

 和気藹々としているからか、騒がしくてもあまりストレスにならない。


「……カムイくん。こういうのならいいんじゃない?」


 隣で桜夢が囁いてくる。


「うん……そうだね」


 彼女が言う通り、たまには悪くないと思える自分がいる……不思議なものだ。


 その一方で、アルドとユッケの二人は教室から出てどこかへ行ってしまった。

 すっかり立場が逆転した、そんな感覚を抱いてしまう。


 何故か複雑な心境を抱いていた。



 午後からの操縦訓練科にて。


 普段通り仮想訓練戦シミュレートに励んでいた。


 やっぱり俺は手を抜きまくって、丁度真ん中くらいの順位をキープする。

 いくらクラスでちやほやされるようになったからって調子には乗れない。

 この辺だけは、あくまで冷静クールにやらせてもらう。それがヘルメス社に雇われた極秘パイロットの宿命だと割り切った。


 ハヤタは1位か。相変わらずやるじゃないか……いや確実に成長を見せている。

 以前より落ち着いた動きでスコアを伸ばしていた。

 一皮むけた、そんな感じだろうか。勝気で熱血ぶりも相俟ってか、白兵戦に目を見張るものがあった。


 桜夢も狙撃手スパイパーとして遠距離攻撃をしつつ、場面によっては高機動戦闘に切り替えるなど器用な動きを見せている。

 彼女も自分の戦闘スタイルを確立しつつあるようだ。


 他の訓練生達も健闘し成績を上げている。

 だが一人だけ異なる奴がいた。


「なんだ、アルド。らしくねーな」


「……うるせーっ」


 操縦士仮想訓練装置パイロット・シミュレーターから出てきたアルドに、ハヤタは声を掛けるも、一言だけ返してあっさりと去って行った。

 ……なるほど、8位か。

 いつも2位の奴にしちゃ不調か。そういや覇気のない戦いをしていたな。

 ちなみにユッケは体調が悪いとの理由で早退しているようだ。


「みんな、いい感じで己を磨いているようだな! また有事の際は諸君らにも声が掛かる場合もある。場合によっては募兵でなく強制的に出撃ということもあり得るだろう! 日頃の心構えと精進を怠らないように! いいな!」


 レクシーが教官として鼓舞し、訓練生達は整列し「はい!」と声を張り上げた。

 ここに来て、ようやく学生気分が抜けた。そんな感じだろうか。


「――うん、みんな緊張感があっていいね。地球の生徒達も宇宙そらに上がるため頑張っているけど、コクマー学園の訓練生こそ人類の命運を担う精鋭隊だからね」


 副教官の『ヨハン・ファウスト』が優しい口調で褒め称えてくれる。

 銀縁眼鏡を掛けた高身長のさも美形キャラ風の先輩だ。当然、女子からの人気が高い。


「そうだ。解散する前に今日は特別にヨハン殿が皆に手本を見せてくれるらしいぞ」


 レクシーの言葉に全員がどよめく。


「宇宙戦闘は久ぶりだけど、リハビリがてらにね……」


 ヨハンは照れくさそうに言いながら、操縦士仮想訓練装置パイロット・シミュレーターの中へと入った。


 訓練生の女子達が期待の眼差しで見つめる中、ハヤタがさりげなく俺に近づいてきた。

 昼食の件もあり、奴が俺に近づいても誰も気にしていない。

 いや、全員がヨハンの模擬戦闘に集中して見入っている。


「……なぁ、弐織、知っているか? ヨハン副教官のこと」


「え? 前に説明してくれた通りだろ? 地球で傭兵達相手に教官を務めていたっていう、現役の中尉だって……他に何かあるのかい?」


「ああ、これは女子達からの小言というか、やっかみだと思うけどよぉ……ヨハン副教官と、レクシー姐さんが付き合っているって噂が流れているんだ」


「え? マジで?」


 俺の問いに、ハヤタは真面目な顔で頷く。


「ああ、ヨハン副教官ってイケメンだろ? 姐さんも中身は鬼教官だが見た目は美人だからな……互いに高身長同士といい、二人で立っている感じが様になっているんだとよ」


「へ、へ~え……」


 確かに美男美女で見栄えはいいかもな……しかしなんだろ?

 胸の奥側に妙な疼きを感じてしまう。

 俺は何にイラついているんだ?


「無論、レクシー姐さんはそんな気配ねーよ。あの人は恋愛よりも常に己を磨くための自己鍛錬だからな。ストイックなくらいにさ……」


 わかるな、それ。

 だからレクシーは俺に近づいたんだろう。

 正体知られてから、逆に気を使われるようになったけどね。


「そうだ。前にレクシー先輩から聞いたけど、他のパイロット達から距離を置かれているような言い方をしてたな……ガルシア家だからなんたらって……」


 奇態FESMフェスムと戦った時だ。

 あの時は戦闘中だったから深く聞く余裕なんてなかったけど。


「ん? ああ……ガルシア家は特殊でヤバイからな。特にガルシア財閥が運営するグノーシス社は、最近じゃ相当強引な手を使って幅を広げているって話だ」


「グノーシス社か……イリーナからちらっと聞いたことがある。宇宙家電から戦艦のパーツを請け負っているとか。確かAGアークギアの装備関連も携わっているんだよな?」


「ああ、第三艦隊ことエウロス艦隊の偉業と躍進はその賜物って話だ。まぁ、あそこにはロート少佐と同期であの人以上の凄ぇパイロットがいるらしいからな……その上で、グノーシス社製の兵装でカスタマイズされた“エクシア”部隊が何体も爵位FESMロイヤル級を撃破しているんだから、国連宇宙軍もヘルメス社と同様に注目しているって話だぜ」


「別に悪いことじゃなさそうだけど? FESMフェスムを楽に屠れる兵器を造れるなら、ゼピュロス艦隊にも回して欲しいくらいだよ」


「まぁ、そうなんだけど……売り込み方が超強引なんだよ、ガルシア家は」


「売り込み方?」


「勝つためには手段を選ばないとうか……計略的で傲慢というか。競争ライバル企業は徹底的に潰しに掛かるらしいぜ」


 なんだ、イリーナと変わんないじゃん

 流石はザ親戚。帝王学や経営方針まで似たり寄ったりってか?


「まぁ、ヘルメス社も似たようなところあるからね……」


「いや、まだイリーナ社長は良心的な方かもしれないぞ……特にガルシア家の長男でグノーシス社の社長『レディオ』って人と副社長の二人は、非人道的なことも平然とやってのけるって話だ」


「非人道的だって?」


 俺が聞くと、ハヤタは周囲を見渡しながら、こちらに顔を寄せる。


「……あくまで、俺が実戦を見学した時に世話になったパイロットから聞いた話だけどよぉ……なんでも『人体実験』しているらしい。わざわざ地球から犯罪者を買い取ってよぉ」


「なんだって!?」


「に、弐織! 声がデケーって……」


「ご、ごめん……それで、どうして?」


「最近、グノーシス社はAG開発に躍起になっているらしく……特に“サンダルフォン”を意識しているって話だ。そして、そのパイロットも……」


 つまり俺のことか?

 なんとなくわかってきた……。


「つまり、人知を超えたハイスペックな機体を操れる、パイロットを人為的に造ろうとしているわけだな?」


「そうだ……あくまでもパイロット同士の噂だぜ。誰にも言うなよ」


「わかっているよ……しかし、パイロットの間でそんな噂が広まっていたら、レクシー先輩が正規パイロット達から距離を置かれ孤立するのも無理はないってか」


「まぁな……皆、表向きはそんな素振りは見せないようにしているけど……腹の中じゃって感じさ。それで姐さんも結構大変らしいぜ……だから実力で成り上がれるよう自分に厳しいんだ……ついでに弟子の俺にもな」


「そうなのか……だからあの時……」


 普段、毅然としているから気づかなかったけど……レクシーなりに家柄に悩み葛藤していたんだな。


 ああ見ても、彼女は結構いじらしいところがあるんだ。


 だけど決して弱音を吐かない。

 いつも毅然として誇り高い、AGパイロットであり教官であり先輩なんだ。


 そして女子としても……魅力的で。


 いかんな……また何を考えているんだ、俺って奴は。



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