第76話 変わりゆく環境




 あの事件から翌日。

 俺は何食わぬ顔で、コクマー学園に登校した。


 すると、


「弐織ッ! 加賀キリヤが地球から来たスパイだってのは本当なのか!?」


 教室に入った途端、男子生徒のマックに問い詰められる。

 当然、彼とは友達でもなんでもない。つーか、初めて話かけられた。


「え? いや……それをどこで?」


「ハヤタ君から聞いたのよ! ハヤタ君の指示で弐織君が彼を見張っていたんでしょ!?」


 今度は女子のモコリトにまで問われてしまう。彼女は「モコちゃん」という愛称でよばれる丸顔で愛嬌の良さそうな可愛らしい子だ。

 モコリトさんも普段、俺に話かけることは滅多にない。


 それに他の生徒達も、こぞって俺に近づいてくる。

 なんだ……これ? 一体どういう状況なんだ?


 加賀キリヤが地球のスパイ? まぁ確かに『反政府勢力組織』から送られた暗殺者アサシンだったけど……。


 それに、ハヤタの指示で俺が奴を見張っていたって言ってたよな?

 どういうことだ?


「みんな~。色々と聞きたい気持ちもわかるけどよぉ。弐織だって、いきなりすぎてびっくりしてんじゃねーか。そいつはオレが頼んで、加賀に不審な点がないか観察してもらっただけなんだからよぉ」


 少し離れた場所で、ハヤタがみんなに言い聞かせている。

 なるほど……なんとなく読めてきた。

 昨日の件で、俺が起こした騒ぎをハヤタが修正してくれたようだ。


 あの後、廊下を飛び出したまま放置していたからな。

 不審に思った生徒達に、ハヤタなりにフォローしてくれたのだろう。


「……まぁ、事も収まったから言うけどよぉ。オレも理事長に極秘で頼まれた上での監視約だったからな。けど、オレってそういうの向かないだろ? それで弐織に頼んだってわけよ」


「確かに弐織って……失礼だけど、目立たないキャラだからね」


「うん、口も堅そうだし、弐織君なら監視には向いているかもね。ハヤタ君、頭いい~」


 マックとモコリトは納得し、他の生徒達も「なるほどね~」と頷いている。

 流石、カースト一位だな。

 同級生から教師に至るまで周囲から信頼を勝ち取っているから、多少の嘘でもバレにくい。


 そう考えると、ハヤタを引き入れたイリーナの慧眼は実に見事だ。


 ちなみに筋書きはこうだ。


 加賀キリヤは訓練生を装い、地球のある企業から派遣された工作員スパイであり、以前から警察隊からマークされていた。

 その警察隊から協力要請を受けた学園の理事長は、加賀と同じ訓練生で成績トップのハヤタに直接相談し密かに監視するように依頼する。

 ハヤタは学級委員長や学生寮の班長を任されるほど大人達からの信頼もあり、理事長に極秘で依頼を受けていたとしても可笑しくはない。


 ちなみに理事長もイリーナの息が掛かっているので嘘に合わせてくれる筈だ。

 そして、ハヤタが言うように陽キャの本人では目立つところがあるため、クラスで最も目立たない陰キャの俺に協力を呼び掛けた。


 っという内容らしい。


 さらに俺が加賀から奪って逃げた『ペンシル型の霊粒子エーテル爆弾』も、奴がヘルメス社から奪った重要なデータということになっている。


 しかもハヤタの指示で更衣室から飛び出した俺が、外で待機している警察隊に送り届けることで、加賀キリヤはその場で逮捕され拘束されたという筋書きだ。

 まだクラスの中では、加賀キリヤは生きているってことになっている。


 けど、それはそれで良いと思う。

 ヴィクトルさんじゃないけど、知らない方が幸せなことも世の中にはあるのだから……。



「……彼と一緒に地球から転校してきた私も、警察隊に疑われているのかな?」


 ソフィ・ローレライは懸念の表情を浮かべている。彼女の身になれば不安になるのも無理はない。


「ソフィちゃんは大丈夫だよ。わたしは信じているし、守ってあげるからね」


 親友となった桜夢はソフィの背中を擦りながら慰めている。


「ローレライ、大丈夫だって。オレが依頼されたのは、あくまで加賀だけだったからよぉ。クラスのみんな、誰も疑ってないって。なぁ?」


 ハヤタは大きな声でクラス中に呼び掛け、ほぼ全員が「うん、その通りだよ、ローレライさん」と同調している。


 ソフィは「うん、みんなありがとう!」と涙ぐみ笑顔で感謝している。


 へ~え。こうして邪念なく見ると、ハヤタって凄いじゃないか。

 嫌な奴として見るとウザったらしい熱血バカだが、味方として見ると周囲をまとめる力のある陽キャラ様だ。


 いや、少し違うか……。


 きっとあれから、ハヤタ自身も成長したのかもしれない。

 一度、挫折を味わっているだけに、人として大きくなったのだろう。


「チッ、ハヤタが……調子に乗りやがって」


 俺の聴力が愚痴っている男の声を捉える。


 他の生徒達より離れた場所から、アルド・ヴァロガーキが呟いた言葉だ。

 アルドの頭には包帯が巻かれ、頬には痛々しく絆創膏が貼っている。確か加賀に後ろから殴られ、踏みつけられたんだっけな。


 そんなアルドの周りには取り巻きのユッケしかいない。その奴も不貞腐れた顔して、アルドに対してそっぽ向いている。

 戦死したカッズの代わりに、加賀キリヤを取り込もうとしたのが仇となり、ああしてクラスから孤立してしまったようだ。


 以前からみんなに反感を受けていたらしいからな。今回の件で決定打となったのか。

 それこそ少し前まで大勢に囲まれていたリア充だったのに、今じゃ見る影もない。

 あくまで自業自得だが……こいつらもすっかり歯車が狂ったようだ。



 そして昼休み。


「弐織君、一緒にお昼食べよぉ?」


「たまにはこっち来いよ、英雄ッ!」


「クラスメイトなんだからね」


 マックとモコリトを含む、クラスのみんなが俺に声を掛けてくる。

 どういう風の吹き回しだ? 


 それに……。


「英雄って何? 僕のこと?」


「ああ、そうさ。だって、ハヤタ君に協力してスパイを捕まえたのは、キミの功績だろ? だから英雄さ!」


「凄くカッコイイよね~?」


「うん、見直しちゃったぁ!」


 まぁ、筋書き上だけじゃなく真実も間違ってないかもしれないけどさぁ。

 そう改まって言われると……なんだか照れくさい。

 しかも普段、接点のない面々ばかりだから特に。


「いいじゃん、弐織。たまにはみんなと一緒に食おうぜぇ」


 ハヤタまで誘ってくる。しかもやたら嬉しそうだ。


 なんだろう……顔が熱いや。

 ストレスとは違う……照れている? 嬉しいのかな……陰キャぼっちの俺が?


「ちょい、貴方達ィ! あたしは帰るけど、癒しのカムイくんに変なちょっかいかけたら駄目だからねぇ! 特に女子ッ!」


 セシリアは帰り際に大声で一言発して、教室から出て行った。午後から艦長として任務に就くためだ。

 でもキツイ口調とは裏腹に、顔は随分とニヤけていたけどね。


「弐織君って凄いよね……古鷹さんに気に入られているものね」


「あの人、ああいうキャラだから俺らも表向きは普通に接しているけど……やっぱ壁があるっていうか……雲の上の存在だから凄ぇよ」


 モコリトとマックは溜息混じりで感想を述べている。

 やはり他所の生徒からすれば、セシリアはそういう風に見られているんだろうなぁ。

 ゼピュロス艦隊を指揮する艦長だから仕方ないけど……。


 でも、


「そりゃ軍人としては凄い子だけど、学園じゃ普通の女子だよ。僕はそう思って接しているからね」


 ついセシリアを庇いたく思わず本音で語ってしまった。


 すると、周囲の空気が止まったように見える。

 え? 何……俺、何かマズイこと言ったか?


「弐織……お前、いい奴だな?」


「え?」


「本当、優しいよね。うん、そうだと思う」


「俺ぇ、今までお前のこと誤解してたわ……マジごめん」


「無口だから冷たそうな印象があったけど、本当は誠実な人だったんだね……ハヤタ君が頼るわけだわ」」


 なんだ……みんながやたらと俺を持ち上げてくる。


 誤解していた? 冷たそうな印象? 誠実な人?


 そういや、引きこもっていたハヤタにも似たようなことを言われていた。

 みんなが思っているように、俺は脳の障害でストレスを溜めたくないから他人との交流をずっと避けていたわけで……まぁ、黙っていたら無愛想なところはあったと思うけど。


 にしてもなんなんだ? このクラスの雰囲気……。


 俺の株が上がったというか……周囲の見る目が変わってきている。

 空気のような存在だったのに……見直されたというか。


 俺は戸惑いながらも、クラスメイト達の誘いを受け入れた。



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