第71話 私の愛する黒騎士




 俺の飛び蹴りを受けて華麗に吹き飛んでいく、暗殺者アサシンこと加賀キリヤ。


 背中から床に叩きつけられると同時に警報機が鳴り止んだ。


「俺を甘く見すぎたな! こう見てもヘルメス社から戦闘訓練を受けてんだよ!」


 全てはイリーナを守るため、彼女の父親であるヴィクトルさんが生きていた頃から、AGアークギアの操縦訓練する傍らで鍛えられていたのだ。


 加賀から解放されたシャオは、そんな俺の姿に頬をピンク色に染め、瞳を丸くしながら見入っている。


「……弐織先輩、なんだかカッコいいネ」


「シャオ、下がってろ! ここで奴と決着をつける!」


「はい……(いつの間にか呼び捨て。でもいいネ)」


 シャオはか細い声で返答し素直に従う。

 俺の変貌ぶりに呆気に取られているように見える。

 マズイかなと思いながらも、中等部のこの子なら多少は素の部分を見せてもいいだろうと判断した。


「ホタル、この場で加賀を拘束する! 今の騒ぎで誰かが駆けつけてくるかもしれないから注意してくれ! 万一は設備類をハッキングして生徒と教師達の撹乱を頼む!」


『COPY』


 このまま加賀キリヤを生け捕りにして、警備隊に突き出してやる。

 奴が所属する『反政府勢力組織』のことだけじゃなく、ついでにイリーナの暗殺を指示した軍の高官の名を吐かせ炙り出すために――。


 俺は加賀に近づく。

 どうやら気を失っているのか、奴はぴくりとも動かない。


 しかし気分が高揚し、脳内がフル回転している俺は全て見抜いている。


「加賀、お前……気絶したフリをしているな? それに今頃になって気づいたが、身体の動きがいやに不自然だぞ?」


「うるせーっ! なんなんだ、お前ッ!?」


 加賀はむくりと起き上がり、左腕を翳し五本の指先をこちらに向けた。



 ドォォォン!



 指先から5発の弾丸が一斉に俺を襲う。


 だが脳がフル稼働した状態の俺には既に察知している。

 リーディング能力で、加賀の動きと弾丸の軌道を完璧に読み、全弾を躱しきった。

 その際ただ避けただけじゃなく、後方にいるシャオに弾丸が当たらないよう配慮し、加賀が俺だけを狙い撃つよう誘導させた上だ。


「バカな! 嘘だろ、こいつ!?」


「オラァ!」


 俺は踏み込み、加賀の左手目掛けて蹴り上げて手首ごと粉砕する。

 床に飛び散る金属の破片。甲高い音が廊下で鳴り響いた。

 どうやら身体の一部が機械化の義体、つまりサイボーグ化していたようだ。


「つまらない小細工しやがって! よくその身体で国連宇宙軍の適性検査が通ったな!? ちゃんと仕事してたのか、検査した奴は!」


 俺は奇襲を仕掛けられたことよりも、こうして潜り込んでいる現実に疑念に苛立ちを覚える。

 こんな危険な奴が、あっさりと宇宙そらに上がってくるなんて杜撰すぎるのも程があると思った。


 加賀は一瞬だけ表情を強張らせるも、すぐにニヤリっと口角を吊り上げる。


「……フッ、この身体になったのは、相棒を失ってから……“セフィロト”に来てからだ」


「例の『協力者』からの手引きか? お前らを宇宙そらに上げたという……おそらく、国連宇宙軍上層部の誰か」


「そんなところだ……しかし弐織、お前こそ何者なんだ? その直観力に身体力、とてもチャラけた宇宙船民とは思えない。さっきの言い回しといい、ヘルメス社の工作員スパイか?」


「……似たようなもんだ。それより、加賀キリヤ。このまま大人しく投降しろ。どの道そのザマじゃ、お前に勝ち目はない。警備隊に突き出してやるから、一緒に来てもらうぞ!」


「勝ち目か……そうかもなぁ!」


 加賀は素早く起き上がり、また破損した左手を俺に向けて突き出してきた。

 突如、その部位から鋭利な刃を出現させる。


 こいつ! まだそんなギミックが施されていたのか!?


「だが、それも見切っている!」


 俺は仰け反りギリギリで躱してみせる。


 が、


「だろうな! このエスパー野郎ッ!」


 加賀は素早く左腕を引き、後方へと飛び跳ねる。

 何を思ってか、窓の方へと駆け出した。


 こいつ、まさか!?



 ガシャン!



 加賀はガラス窓を突き破り、そのまま落ちて行った。

 しかも五階建ての窓からだ。


 俺は破損した窓から身を乗り出し、下の方を覗き込む。

 加賀は何事もなかったかのように駆け出し、学園から離れて行く。

 この高さで落ちてなんともないのか?


「逃げられたか、クソッ!」


『マスター。オーナーが手配し、警備隊が既に学園内を包囲でしてイマス。敵はもう袋のネズミ、デス』


 ホタルの報告で安堵するも、まだ不安感が拭えない。

 加賀の切り札である、小型爆弾は奪われず俺が所持したままだ。

 普通に考えれば到底逃げ切れるとは思えないが……。


『カムイ、無事!?』


 腕時計型のウェアラブル端末から聞きなれた少女の声が響いた。

 この声は、イリーナか?


「イリーナ、今どこにいる!?」


『芸能科の教室よ……ホタルから連絡を受けているわ。貴方達が来るのを待っていたんだけど……守ってくれて、ありがと』


 やはりコクマー学園内に来ていたのか?

 危なかったな……加賀の勢いなら、死なば諸共でこの爆弾を使用して学園の生徒ごとキルしていたのかもしれない。


「礼はいいよ。必ず俺が守るって言ったろ? それより早く、加賀を捕えないと……何か胸騒ぎがする」


『カムイの勘ね。相変わらず鋭い恩寵ギフトだわ……今、部下から連絡があったの。私の暗殺を依頼した、軍の高官を捕らえてやったわ』


「なっ、本当か!?」


『ええ。伊達に国連宇宙軍の至る箇所に工作員スパイを派遣してないわ。目には目よ』


 うん。やっぱヤベぇわ、この子。

 つーか、スパイどんだけいるんだよ?


「そ、そうか……どんな奴なんだ?」


『フェデリック・ウッズ准将。ゼピュロス艦隊では総司令官の補佐をしていた男よ。

密かに地球の『反政府勢力組織』と連絡を取り合っていたみたいね……』


「どうしてその准将が、イリーナを狙っていたんだ?」


『……調査中よ。カムイは知らない方がいいわ』


 なんだ? 地味に意味ありげな言い方をするな……。

 俺の疑念を他所にイリーナは説明を続ける。


『部下がフェデリックを尋問したところ、加賀キリヤは身体の至る箇所にサイボーグ化していることが判明したわ。だから、カムイから逃げることもできたのよ』


「だろうな。五階から落ちても平気で走って逃げていたからな……」


『でも本当にヤバイのはそこじゃない――彼の体内には、貴方が奪った小型爆弾同様の『霊粒子エーテル爆弾ボム』が埋め込まれていたのよ』


「なんだって!?」


『しかも、その小型爆弾より数倍の威力があるらしいわ。簡単にコロニー船セフィロトに穴が空くでしょうね……全て、フェデリックが手回しして密かに改造手術を施していたのよ。学園内で自爆しなかったのは、私がいることに確信を得てなかったからか。あるいはカムイの恩寵ギフトに戦慄したからでしょうね』


 おいおい待てよ……。


「そんな危険な奴……警備隊だけで取り押さえられるのか? 下手に刺激したら、その場で……」


『警備隊だけじゃ捕獲は無理ね。いえ、もう“セフィロト”内じゃ、誰も加賀を止められない。だから別な手段を講じたわ……カムイ、貴方にも協力してもらいたいんだけど……いい?』


 随分と慎重な口調で尋ねてくる、イリーナ。


「ああ、わかったよ。んで、俺は何をすればいい?」


『ええ、まずは解決策から説明するわ――』


 イリーナの説明はこうだ。

 警備隊が『加賀キリヤ』を追い詰めつつ、反面わざと逃がすようある場所まで誘導する。


 ――ケテル王冠の駐屯基地だ。


 そこで、あえてAGアークギアを強奪させ宇宙へと放り出し、被害が及ばない宙域で機体ごと爆破させるという算段だ。

 逃走させるAGアークギアには予め、任意で自爆するよう細工が施されているらしい。

 これら全て、イリーナの配下である工作員スパイ達が手引きし準備を整えているようだ。


 俺は説明を聞いて一瞬絶句した。


「……相変わらず容赦ないな。けど誰も犠牲者を出さないっていう点では名案だと思うよ」


『ええ、AGアークギア1機で事が済むなら、いくらでも弁償するわ。それよりカムイにお願いしたいのは、加賀キリヤが宇宙に逃走した際、できるだけセフィロトから離れるよう誘導してほしいのよ……貴方の“デュミナスJBカスタム”でね』


「事が事だから他所のパイロットが務めるより……だな?」」


「ええ、そうよ……大丈夫?」


「ああ、了解したよ。どうして念を押す?」


「……だってカムイ、優しいもの。偽りとはいえ、クラスメイトだったでしょ?」


「うん、まぁ正直わだかまりはなくわないけど……大丈夫だ。どのみち、他人の命を犠牲にしてまで事を成し遂げようとする連中は許せない。俺もイリーナを守るため、覚悟を決めるよ」


 それに誘導だけで撃墜させるわけじゃないからな。罪悪感も芽生えないだろう。


『ええ……ありがと、カムイ(私の愛する黒騎士)』


 こうして俺は、加賀キリヤと最後の決着をつけることになった。



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