第70話 暗殺者が狙う真の標的




 視覚だけに至らず音や臭い空気など些細なモノに過敏に反応し、異物や違和感を察知して同調シンクロする力。


 俺はこの能力を「リーディング(読む力)」と呼んでいる。


 ふと危険を感じ何かの拍子で発動してしまうことが多く、FESMフェスムとの戦いの中でも奴らの存在意義や行動の目的を見抜き、また先々の行動を刹那でシミュレートすることで未来予測をした行動が取れるなど、AGアークギアパイロットとして大いに役立ち貢献している能力だ。


 反面、自分で制御することができず、ストレスなどに応じて勝手に引き起こしてしまう面倒な部分もある。


 この場合、どちらの作用で働いてしまったのかわからない。


 けど、俺はハヤタに向けて叫んでいた。


 ――加賀キリヤが落としたモノを拾い、こちらに投げるようにと。


 奴が落としたのはペンシル型のカプセルだった。

 一見すれば持ち手の太い万年筆かペンライトのようにも見える。


 しかし俺は感じたのだ。


 ほんの僅かだけど、霊粒子エーテルと火薬の臭いと気配を――。


 つまりあれは小型爆弾。

 それを加賀が所持していたということは間違いない。


 ――加賀キリヤが暗殺者アサシンだ!


「え? 弐織……?」


 ハヤタは状況を飲み込めないも、既にペンシル型の爆弾を手に取っていた。


 隣で着替えていたアルドが身を乗り出し、「ああ~?」と言いながら俺を睨みつける。


「弐織テメェ、陰キャぼっちくんの癖に何、ハヤタを呼び捨てにしてんだ、コラァ? 俺は前々からテメェのことが――ぶほっ!」


「どけぇ、オァラァァァ!!!」


「ア、 アルドくん!?」


 加賀はブチギレ、前方でイキっているアルドの後頭部を殴りつけて押し倒した。

 その変貌ぶりに、ユッケが唖然と口を開いている。


 うつ伏せで倒れるアルドの顔面を踏みつけ、加賀はハヤタに向けて手を伸ばしていく。


「テメェ、それをよこせぇぇぇ!」


「うわっ、なんだこいつ!?」


「ハヤタ、早く!」


 俺の呼び掛けに、ハヤタは素早く反応する。

 押え込まれる前に、腕を上に掲げて手首の力だけで小型爆弾をこちらへと放り投げてきた。


 俺は反射神経を活かし見事にキャッチする。

 流石、カースト一位を呼ばれるだけある。大したコントロールだ。


「よし!」


 小型爆弾を手にしたまま、俺は素早く扉を開けて廊下を突っ切って走った。

 いつも人目を避けるため、扉側の隅っこで着替えていた習慣が役に立ったようだ。


「弐織! 待てぇえぇぇ!」


 廊下中に加賀キリヤの声が響き渡る。

 なりふり構わず追って来ているようだ。


 幸い午後の授業が終わったばかりで、廊下には他の生徒はいない状態である。

 したがって多少騒ぎになっても、俺のことはまだなんとか誤魔化せるだろう。

 問題はクラスのことだが……後で考えるしかない。


 今はそれよりも、


「どうやら奴にとって、こいつを調べられると都合が悪いらしい――ホタル。イリーナへ報告と同時に、この爆発物を分析してくれ」


『COPY。1分ほどお待ち下サイ』


 よし!


 あとはイリーナが手回ししてくれるまで逃げ切るか、このまま学園を出て警察隊に、この爆弾を引き渡すかだ。

 

 少し強引だったが、加賀の切り札である「小型爆弾」を奪った時点で為す術はない。

 既に顔バレしているし、“セフィロト”内じゃ、もう逃げ場所なんてないからな。


『マスター、爆弾の分析終了――報告シマス』


 ホタルの分析結果によると、やはり霊粒子エーテル型の爆弾であった。

 真ん中をへし折ることで起爆し、霊粒子エーテルと火薬が混合して爆発する仕組みのようだ。

 その威力は絶大で、場所によってはコロニーセフィロトに穴が空いても不思議じゃないらしい。


 他の詳しいことは実際に解体してみたいとわからないそうだ。

 ただ現存のまま調べられると、地球のどこ反政府勢力組織で造られたとか、製造場所やメーカーなどその他もろもろの情報が明るみになるらしい。


 それで、加賀キリヤは必死に俺を追っているのだろう。


 だったら、そんな大事な代物をロッカーに入れて、うっかり落としてんじゃねーよ。

 どう見たって、お前の凡ミスじゃないか?

 プロの暗殺者アサシンが聞いて呆れるぞ。


「――止まれ、弐織ィィィッ!」


 相も変わらず、加賀は後方で叫んでいる。


 誰が止まるか、状況を見て言えっての!

 俺は鼻で笑い、チラッと後方を振り返って見る。


「な、なんだと!?」


 つい足を止め、声を荒げ驚愕してしまう。


 いつの間にか、加賀は女子生徒を人質に捕らえていた。

 しかも俺が知る、意外な人物。


「……シャオ? どうしてキミがここに?」


 そう、中等部のシャオ・ティエンだ。

 彼女は、高身長の加賀に背後から抱きつかれるような姿勢で、細い首に腕を回され押さえ込まれていた。

 加賀の手には隠し持っていたと思われる、アイスピックのような先端が尖った刃物が握られている。


「丁度、その辺でのこのこ歩いているから捕まえたんだよ! 弐織、テメェの足を止めるためになぁ!」


「ごめんなさいネ……警備隊の無線を傍受して、暗殺者アサシンが狙う本当の標的を掴んだから授業を抜け出して、真っ先に弐織先輩に会いに来たヨ。まさか、ここにそいつに遭遇するなんて……人生最大の落ち度ネ」


「本当の標的? 軍の上位高官じゃなかったのか?」


「それもあるヨ……けど、こいつの本当の狙いはヘルメス社の社長――イリーナ嬢ネ」


「イリーナだと!?」


 俺の疑念に、加賀は口角を吊り上げて笑みを浮かべる。


「……どうやら、お前ら。密かに俺のことを探っていたようだな? ただの訓練生じゃねーな、何者なんだ? まぁ、いい……そうだ! 俺達の本来の狙いは、ヘルメス社の社長、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナだ!」


「俺達?」


「ああ、そうだ! 俺と一緒に宇宙そらに上がってきた相棒だ! マルクト王国地区で下見の筈が、あまりにも隙だらけで贅沢三昧の高官達にムカついて、つい殺っちまったんだよ! んで俺を庇う形で相棒だけが捕まって自ら命を絶ったわけだ! 俺に全てを託した上でな!」


「……コクマー学園の生徒のフリをして紛れこんだ理由はなんだ?」


「ヘルメス社代表取締役のイリーナって小娘は、普段は超厳重体制を敷かれている環境で守られていると聞く……だが最近じゃ、どういうわけか頻繁にこの学園に出入りしているっていうじゃねーか? だから協力者に頼んで、地球上がりの転入生として経歴を書き換え、こうして潜入していたんだ!」


 なんだと!?

 ってことは、国連宇宙軍の中にも『反政府勢力組織』に加担する奴がいるってのか!?

 しかもイリーナの行動を把握し、他人の経歴を詐称できるほどの権限をもつ高官が……。


「読めてきたぞ……宇宙でも最大軍需産業を誇り、国連宇宙軍にも影響力のあるヘルメス社、いやイリーナが邪魔とする奴がいるんだな? 加賀キリヤ、お前はそいつに雇われた暗殺者アサシンってわけだ」


「ああ、そうだ。しかし俺はただの暗殺者アサシンじゃない! 宇宙そらから虐げ支配する連中から、地球に暮らす人類を解放するという大義を背負っている! ヘルメス社のイリーナこそ、宇宙そら連中を掌握する悪の権化じゃないか! ええ!?」


「ふざけるな! イリーナはそんな子じゃない! 確に我儘で傲慢で、自意識過剰で他人を見下すわ、暗躍ばっかりするわ、執念深くて手段を選ばないわ……って、あれ?」


 なんだろう、俺。

 イリーナを必死でフォローするつもりが、次第に変な方向に口走っているぞ。


「なんだよ、やっぱり悪の権化じゃねぇか?」


「ち、違う! 本当は一生懸命で優しい子なんだ! お前なんか知らねーだろ、バーカ!」


「弐織先輩……少しもフォローになってないネ。語彙力低下で、ぐうの音も出てないヨ」


 シャオの奴、人質の癖にうるせーっ。


 確かに他人から見れば、イリーナはやりすぎかってくらいの悪徳な部分はある。

 俺も密かにスパイを送り込まれ監視されたり、ハニートラップで惑わされ拉致されたこともあったさ。

 けど、彼女は常にFESMフェスムに勝つため、人類の存亡をかけて昼夜問わず奮闘しているのは紛れもない真実なんだ!


 それに俺は――


「俺はイリーナを必ず守ると誓っているんだ! 加賀、お前らの目的は断固として阻止する――ホタル!」


『COPY』



 ビ―――――――ッ!!!



 突如、廊下に設置された警報機が一斉に鳴った。

 

 俺がホタルに指示し、操作させたのだ。


「な、なんだ!?」


「耳、痛いネ!」


「シャオ、しゃがめぇ!」


 加賀が動揺し、腕の拘束が緩んだ隙に俺は指示した。

 シャオは両耳を押さえながらも意図を察し、その場にしゃがみ込む。

同時に俺は猛ダッシュで疾走した。

 一気に近距離まで迫ると、すかさず飛び跳ねる。


「に、弐織――ぶほっ!」


 加賀の顔面に、鮮やかな飛び蹴りを食らわせたのだ。



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