第66話 深まる信頼と絆




 ヴィクトルさんは語り終えると端末機器を閉じた。

 どうやら全ての記録を閲覧し終えたようだ。

 この間、僅か3分ほどしか経過していない。


「――ホタル、最新ヴァージョンのインストールが終了した。“サンダルフォン”の強化改修は直ぐに実行できるが、その他依頼があった兵器に関しては少し時間が必要となる……しばらく“パンドラ”の中で試行錯誤したい。ある程度、図面イメージが完成したらキミの本体にデータをアップロードしよう」


『イエス、元オーナー』


「ホタルの本体って?」


「彼女のホストコンピュータのことだ。私と同様、ある場所で厳重に保管されている。この世で唯一“パンドラ”と共有できるキャパシティを誇る。ホタルも『知恵の実』の産物とはいえ、とても優秀な子だ」


 ホタルが優秀なのは認めるけど、俺にはよくわからない分野だ。


 どうやら『知恵の実』というのも、生前に託した研究者としてのヴィクトルさんの記憶情報媒体らしい。

 それを引き出すのが逆四角錐のクリスタル、“パンドラ”というシステムと実娘であるイリーナか……。

 おそらく、彼女の身体は『知恵の実』を引き出すための『鍵』なんだ。


 スターリナ家に養われてから四年間、ずっと一緒にいたのに俺は何も知らなかった。

 仕方ないとはいえ、少しやるせない。


「それじゃカムイくん、私はそろそろ逝くよ。成長したキミ達に会えて良かった。最後に、イリーナにこう伝えてくれ――……」


 ヴィクトルさんは俺に伝言を残し、そのまま瞼を閉じ力尽きたかのように、ぐったりと眠りに入る。


 イリーナの身体から蒼白い粒子が放出され舞い上がり、天井にある逆四角錐の“パンドラ”へと吸い込まれて消えて行った。




「う、うん……」


 間もなくして、イリーナが目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を痙攣させ、赤く綺麗な双眸が開かれていく。


「おい、イリーナ! 大丈夫か!?」


 俺は駆け寄り、その華奢な両肩に手を添えた。

 彼女は小顔を上げ、じっとこちらを見つめている。

 

「……カムイ? お父様は、“パンドラ”に戻られたのね?」


「あ、ああ……そうらしい。俺には状況がよくわからないけど、あれは紛れもなく、ヴィクトルさんだった。そうだ、イリーナに伝言があったぞ」


「えっ、お父様から? なぁに?」


「――もう少し肉をつけろ、特に胸ッ! だって」


 そう俺が伝えた瞬間、イリーナは瞳を丸くし硬直する。

 あれ? 何か地雷を踏んだような気がするぞ。


「……カムイ、お父様と何を話していたのよ! まさか、私の意識がないうちに悪戯してないでしょうね!? あっ、ブラがずれてるぅ!?」


 突然、立ち上がり身形を確かめ始める、イリーナ。

 まさか、俺がヴィクトルさんをそそのかして何かしたと思っているのか!?


「ち、違う! 俺は何もしてないぞ! ヴィクトルさんが『娘の成長が』なんたら、とか言って胸とか揉んでいたんだ! 俺は寧ろ止めに入った方だからな!」


 俺は無実を主張すると、イリーナは両腕を組み、「ふ~ん」と鼻を鳴らしながらジト目で見つめていた。


「……そっ。わかった、信じるわ。よくよく考えたらそれならそれで、カムイに責任取ってもらうから好都合よ」


「責任って何だよ?」


「いずれ教えてあげる……その時は覚悟するのよ」


 何か脅迫めいたことを言っている。

 ぶちゃけ怖い。

 とりあえず、話を逸らさねば……。


「そ、そうそう、一つ聞きたいことあるんだけど……」


「何よ?」


「ヴィクトルさんって人間だったのか? 実は違うってぽいこと言ってたぞ」


「……知らないわ。てか、お父様が人間じゃなかったら、娘の私はなんなのよ?」


「口寄せの白き妖精?」


「笑えないわ……けど半分当たっているかもね」


「え?」


 思わぬ反応に俺は首を傾げる。

 イリーナは頭上にある“パンドラ”を仰ぎ見た。


「そのためにお父様はお母様と結婚して、私を産んだようなものよ……自分の『知恵』を繋ぐ『憑代』としてね……だから私の見た目は、お父様と同じ体質ってわけ」


「おい、まさか……イリーナの髪や肌、瞳の色って……」


「そっ、遺伝子をいじられているわ……お父様と近い存在としてね。だから“パンドラ”を使うことができるし、亡きお父様から『知恵』を貰えるのよ」


 要は人為的に遺伝子情報ゲノムを操作され生まれたってのか?

 自分に似せたクローンを作るために、娘のイリーナを……マジかよ。


 しかし、あのヴィクトルさんならやりかねない。

 目的のためには貪欲で、倫理観が欠如していた部分があった。


「どうしてイリーナは、俺にそこまで教えてくれるんだ? 今回のダアト知識地区での護衛を頼んだのもそうだけど……ヘルメス社、いやスターリナ家にとって、とても重要なことばかりじゃないか?」


「カムイには私の全てを知ってほしかったからよ。一人で抱えるのは重すぎるからね。それに人類の未来を背負う、エースパイロットなら知っていても可笑しくないでしょ?」


 イリーナは瞳を細めて柔らかく微笑む。

 その堂々とした様子から、全てを割り切って冷静に受け止めているように見えた。

 きっと俺のことを信頼した上で真実を打ち明けてくれたのだろう。

 

 これから激化するであろう、人類の天敵FESMフェスムとの戦いに備えて……。


 それに俺が知るヴィクトルさんは、父親としてイリーナを心から愛していたのも事実だ。

 ずっと傍で見ていて二人の親子としての絆を感じていた。

 

 だからたとえ、どのような禁忌タブーを侵していようと、俺はヴィクトルさんとイリーナを信じたい。


「……なんとなくだけど理解できたよ」


 フッと微笑む俺に、イリーナは不思議そうな表情を浮かべ細い首を傾げている。


「カムイは嫌じゃないの? こんなわけのわからない女なんて……」


「そんなことないぞ! イリーナはイリーナだ! どんな存在だろうと、俺が守るって誓っているんだからな!」


「ありがと、やっぱりカムイね…………だから大好きよ」


 感謝の言葉から後の方だけ、やたら小声で呟く、イリーナ。

 唇もほぼ動かしてないので、何を言ったのかほとんどわからない。


 ただ俺だけに見せる笑顔は、共に過ごしていた頃から大好きだった無邪気な可愛らしさを秘めていた。

 

 ――それこそが、俺が本当に守りたいもの。


「イ、イリーナ、最後なんて言ったんだ? だから~大なんとかまではわかったんだが?」


 つい恥ずかしくて誤魔化すように聞いてしまう。

 イリーナも「はぁ!?」と声を荒げ眉を顰める。


「そ、そこまで読み取っておいて、一番肝心なところだけ抜けているなんて……地獄耳の癖に、ほんと鈍感ね!」


「そこまで意識を集中してなかったからだよ。なぁ、なんて言ったんだ?」


「食いつかないでよ! 二度も言えるわけないじゃない! 用が済んだし、もう帰るわよ!」


 最後はイリーナに半ギレされ、俺達はダアト知識区域を後にした。


 流石は禁止区域とされる場所である。

 様々な超重要機密事項に触れたことで、すっかり脳が疲れ果てたようだ。


 寮に帰宅した俺は、そのままベッドに潜り込み眠りに入った。





 それから二日後。


 休日、本当ならこの日にダアト知識地区に行く予定だったが、前倒ししたため特に何もすることがない。


 久しぶりに暇だった。


 なのでケテル王冠地区にある、ヘルメス社専用のAGアークギア船渠ドックへ赴いた。


 ホタルからの報告で、あれから“サンダルフォン”の改修作業が本格的に行われているらしい。

 専属パイロットとして見学ができるそうだ。


「――あれ? 普段の装甲が外されたままだぞ」


 俺は久しぶりに愛機の姿を目の当たりにして首を傾げた。

 《ヴァイロン・システム》を発動時のように、重装甲が取り外された状態で佇んでいる。


「特務大尉。現在、“サンダルフォンMk-Ⅱ”の新たな外部装甲は、他の部品と共に火星の施設より取り寄せ中です」


 背後から一人の整備員が近づいてくる。

 作業用の帽子を深々と被りマスクを着用した素顔がよくわからない女性、いや同世代風の少女に見えた。

 ショートヘアの赤髪を覗かせ、おまけにスタイルも良い。


「キミは?」


「はい、わたくしは整備班のリムといいます」


「リムさんですね、よろしく。それで、どこまで作業が進んでいるんです?」


「ええ、ようやく駆動系の処理を終えてフレームを組み立て直した感じです。これからコックピット周りの補強と武装や装備のアップグレードを施していきます。装甲も現存のフレームと共に、新開発された『特殊強化軽装素材』へと全て変換されるため、以前と異なったフォルムとなるでしょう」


 なんでも本来の特殊チタニウム合金と霊粒子エーテルを融合した新素材で、より硬く軽量化が施される分、さらに機動性や運動性、燃料の節約に繋がるらしい。


 俺はリムの説明を聞きながら、嬉しそうに目を細める。

 もう一度、新たな進化を遂げようとする愛機を眺めた。


「――“サンダルフォンMk-Ⅱ”。それが、こいつの新たな名前か……」


 つい完成を待ちわびてしまうものだ。



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