第64話 禁止区域と知恵の実




ダアト知識区域エリア


 コロニー船、“セフィロト”を支える中心部『均衡の橋』にあり、ケテル王冠から真下に位置し、コクマー知恵ビナー理解の中間にある区域である。


 だが一般の船民や軍に所属する者すら知られてなく、マップにも存在しない非公表な場所であり、知る者達からも『禁止区域』と呼ばれていた。


 “セフィロト”は国連宇宙軍が保有している船だが、ヘルメス社の先代社長であるヴィクトル氏が生前の頃に提供したコロニー船であり、おそらく建造の際に国連宇宙軍と裏側で何かしらの手引きが行われていたに違いない。


 俺もヴィクトルさんが生きていた頃に、ちらっと小耳に挟んだ程度であり、当時は都市伝説的な感覚で聞き流していた。


 奇態FESMフェスムとの戦闘後。

 以前から休日に合わせて、イリーナと一緒にダアト知識区域へ行くよう言われていたが、急遽予定を繰り上げて翌日に変更されてしまう。

 わざわざ学園を休ませてまで……単位は理事長を脅してなんとかしてくれるらしい。


 確かにFESMフェスム側も戦い方がより巧みになり脅威を増している。

 人類は対抗するべく、より力を得て進化しなければならない。


 ――ダアト知識に赴く理由もそこにあった。


 イリーナの話によるとダアト知識には、禁断の実こと《知恵の実》があるらしい。

 《知恵の実》とは霊粒子エーテルAGアークギアの動力系に関連する暗語であり、整備兵メカニック達から「ブラックボックス」扱いとされているとか。


 またそこで、イリーナは『知識』を貰いに行くと言っていた。

 そんな禁止区域に誰かが住んでいるとでもいうのか?

 肝心なところは濁され、よくわからないが……。


 しかし俺は行かなければならない。

 FESMフェスムとの戦いに勝つため、たとえ禁断の果実だろうと力を得る必要があるからだ。


 人類の希望であり切り札である、愛機“サンダルフォン”を強化するためにも――。




「んで、どうしてイリーナはオシャレしているんだ?」


「だって久しぶりのデートでしょ? これくらい当然じゃなくて?」


 あれから翌日の朝、リムジンの車内にて。


 俺は指定された場所でイリーナと合流し、超豪華な車に乗せられている。

 横目で同じ本革レザー製の後部座席で優雅にくつろぐ、彼女の姿をチラ見した。


 イリーナは淡いブルーのフレアワンピース、白いパンプスを履いている。

 まだ14歳のわりには大人びた服装だ。 

 目尻が吊り上がった猫のような赤い瞳を細め、こちらに向けて微笑んでいた。


「揶揄うなよ……。それより前の方にいる人達も一緒に行くのか?」


 俺は前方側の左右席に座っている人達を差して聞いた。

 黒服の厳ついスキンヘッドにサングラスを掛けた双子風の男達。


「アギョウにウンギョウね。お父様の代からスターリナ家に仕えてくれる忠実なボディガードよ。腕も立つし信頼もできるから問題ないわ」


「いや、その人達なら知っているよ。俺が聞きたいのは、その隣で座っている仮面の子だ」


 巨漢なウンギョウの隣で、隠れるように座るメイド服姿の子について尋ねてみる。


 両目だけをくり抜いた白い仮面を被っており、均等の取れたスタイル抜群の少女だ。

 そのショートカットの赤髪は、どことなくクラスメイトの「リズ・フォックス」と重なって見える。


「わたし専属の近侍ヴァレットよ。彼女とも何度か会っているでしょ?」


「ああ、よくバイクで俺を迎えに来てくれる彼女だろ? どうしていつも仮面を被っているんだ?」


「あの子はそれ以外の任務も与えているからよ。だからカムイでも彼女の名前は教えられないわ……別に害がない子だから気にしないでね」


 イリーナは素っ気ない口調で説明する。


 そりゃ害はないかもしれないけど……けど彼女、気配を消すのが物凄く上手い。

 こうして同じ空間にいなければ、まず意識することもなかっただろう。

 まるで忍者、あるいは暗殺者アサシンだ。


「……詮索しても意味ないか。それよりイリーナ、これから行くダアト知識に誰か住んでいるのか?」


「まさか禁止区域に人が住めるわけがないじゃない。どうして聞くのよ?」


「え? だって《知識》を貰いに行くって……言ったろ?」


「行けばわかるわ。どんなことがあっても、カムイは私の傍にいてね……」


 イリーナは言いながら、そっと俺の手を握ってくる。

 真っ白で柔らかくきめ細やかな指先と優しい温もり、心なしか胸が高鳴ってしまう。


「イリーナ?」


「ごめんなさい……正直、初めての試みだから不安なの」


 初めての試み? 不安だって?

 相変わらず意味がわからない……でも普段はあれだけ気丈に振る舞っているのに、いつになく心細く弱々しく見えるのは気のせいだろうか。


 俺も、ぎゅと彼女の手を握り返す。


「カムイ?」


「守ってやるって誓ったろ? 大丈夫だ、ずっと傍にいるからな」


「……うん、ありがと」


 頬をピンク色に染めて優しく微笑む、イリーナ。


 一緒に暮らしていた時は、よくこうして手を繋いで一緒に遊んでいたが、お互いすっかり変わってしまった。

 今じゃ敏腕社長に、雇われのエースパイロット……あまりにも格差が大きい。

 周囲への示しもあり、少し前まで距離を置いていたけど、最近ではまたこうして互いに触れ合っている。


 俺も心の奥では寂しかったのかもしれない……。

 そう思えるってことは、イリーナは俺にとってどういう存在なのだろうか?


 大切な家族であり、可愛い妹的であり、信頼できるパートナーであり、あるいは――……。


 俺は頭を軽く振るい、それ以上考えないことにした。

 この関係が壊れるのが一番怖い。そう思えたから……。



 しばらく走行すると、車は真っ白な壁の前で停止した。

 飾り気もなにもなく、ぱっと見はただの領域を区切っている袋小路であり外壁に囲まれた場所だ。


「着いたようね。ホタル、扉を開けて頂戴」


『イエス、オーナー』


 イリーナは自身が持つ携帯端末に指示し、予め潜入していたホタルが応答する。

 すると前方の外壁から縦線状の亀裂が入り、音もなく壁は左右へと開かれた。

 内部は空洞のようだが、暗くてどうなっているのかわからない。


 そのまま俺達を乗せたリムジンは入口へと進み、後方の扉が静かに閉められた。

 途端、辺りが暗闇に覆われてしまうも、すぐ照明が照らされ視界は良好となる。


 外壁に覆われた、とても広々とした天井の高い空間。

 しかし殺風景で特別変わったところは見られない。


「カムイ、降りるわよ。他の者達はここで待機してなさい。何かあれば呼ぶわ」


 イリーナに進められるまま、俺はリムジンから降りた。

 二人で立ち並び、とりあえず周囲を見渡した。


「ここがダアト知識……禁止区域?」


「そうよ、こっちよ」


 言いながらイリーナは、何故か俺の腕を組み案内する。

 密かにぷにゅっと成長した柔らかい感触が肘と二の腕から伝わり顔が熱くなってしまう。


「お、おい、くっつきすぎじゃないか?」


「あら、私を守ってくれるんでしょ?」


「そうだけど……今はその必要はあるのか?」


「……別にいいじゃない。こういう時じゃないと二人きりになれないんだから」


「イリーナ……」


 俺は言葉を詰まらせる。

 どう捉えていいのやら……以前の頬にキスをしてきた時もそうだ。

 前は兄のように頼って慕ってくれたのに……今は別の意味が込められている気がしてならない。


 イリーナの密着案内でしばらく進んでいくと、ぴたっとある位置で立ち止まる。

 背景は以前変わらず、特別何があるわけじゃない。

 俺はイリーナに目を向けると、小さく形の良い唇を動かし何かを呟いている。


「どうした、イリーナ?」


「呪文を唱えたのよ。カムイに認識してもらうためにね。ここからの景色はスターリナ家しか見ることができないから」


「なんだって――うわぁ!?」


 刹那、ぐるりと視界が変わった。


 俺達は何故か幅の狭い橋に立たされていた。

 ようやく二人が並んで歩ける幅だ。

 橋の真下は深淵の暗闇となっており、どうなっているのかわからない。


 だからイリーナは密着していたのか……ただの甘々展開じゃなかったようだ。


 すっかり周囲の景色が変わっている。

 変わらず広々としているが薄暗く、沢山の不気味な配管やプラグ類が複雑に絡み合っていた。

 まるで脳髄のように見えてしまう。


 前方には高々と聳え立つ底面が広い円柱の塔があり、底面が俺達の立つ橋と一直線に繋がっていた。

 その底面には玉座が設置されており、天井側には全体を覆う程の巨大な逆四角錐型のクリスタルが吊るされ、先端部の尖った芯が真下にある玉座へと向けられていた。


「な、なんなんだ……あれ?」


「あれこそが我がヘルメス社の超重要機密であり禁断の果実、『知恵の実』――“パンドラ”よ」


 イリーナがそう説明してきた。



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