第63話 進化する人類と敵




「各機に告ぐ! そのFESMフェスムはこの黒騎士が仕留める! 今すぐ退け! これは特務大尉としての指示だ!」


 俺はAG部隊の隊長機に向けて指示を送る。

 AGアークギアに搭乗した際、特務大尉としての指示は中佐並みの発言権を有した。


『黒騎士殿……しかし!』


「その代わり、周囲のFESMフェスムの掃討を頼むぞ! 何人たりとも俺に近づけさせるな! いいな!」


『りょ、了解!』


 隊長機が応答し、残りのAGアークギア部隊の後退の指示を送った。

 各機は牽制しながら、奇態FESMフェスムから離れていく。


 これで無駄に味方を失うことはないだろう。

 だがどういうわけか、レクシー機だけが俺から離れようとしない。


「何やっているんですか! レクシー先輩もですよ!」


『悪いが、私はここに残る!』


「なんだって?」


『カムイ、キミを一人で戦わすわけにはいかない!』


「俺なら問題ない! もうわかっているでしょ!?」


『……いいや。いくらキミでも、“サンダルフォン”でない限り、単機であのバケモノには敵わないのではないか? だからこそ私は応戦するぞ! たとえ命令されてもキミを見捨てて逃げるような真似などしないからな!』


 まったく強情な先輩だ……けど彼女の言うことも一理あるか。

 正直、“サンダルフォン”の機動力と火力じゃないと不安が残る。


 それに少し嬉しいかもな……。


「ありがとう、レクシー先輩……じゃあ、バックアップを頼みます」


『わかった、任せてくれ! 決してキミの足を引っ張ることはない!』


「信頼してますよ。それに俺、無策ってわけじゃないですから」


 俺はバイザー越しでニッと微笑みながら、試作兵器である「ジャイアント・ガトリング」に武装切り替えセレクトをする。

 主力武器の霊粒子小銃エーテルライフルを放棄し、六連装の長砲を持つガトリングガンを左右のマニピュレーターで固定装備した。


『初めてみる武器だが、それならあの巨漢でも斃せそうだな?』


「はい、霊粒子エーテルが内蔵された実体弾を数千発も高速で射出することができます……ただ難点として、射撃時に安定した姿勢が必要なので一瞬でも動きが止まってしまうことです」


『そこを私がフォローすればいいんだな。了解した、キミの背中は私が守ろう!』


「預けますよ、レクシー少尉!」


 各僚機のAG部隊が後退したと同時に、俺は漆黒の“デュナミス”を駆り突撃を慣行かんこうする。

 こちらに注意を引き付けて味方を逃がすためと、可能な限り近づいた方が無駄弾なく命中精度が上がる。そう判断したからだ。


 狙い通り、奇態FESMフェスムは突進する俺に標的を定める。触手をうねらせ複数の霊粒子破壊砲エーテルブラストを撃ち放つ。


「始まったか――ホタル、再び《EXMエクストリームモード》発動ッ!」


『COPY! ジェネレーター回復済、システム起動可能!』


 俺は脳をフル稼働させ、全神経を極限まで研ぎ澄まさる。

 全攻撃の軌道の先を見極め、加速と減速を繰り返した。


 漆黒のAGアークギア“デュナミスJBカスタム”は機敏な動きで、閃光の間を縫うように飛翔する。


「危険だが、もう少し近づくぞ! そうすれば霊粒子破壊砲エーテルブラストは撃てなくなる筈だ!」


 回避を繰り返し、距離を詰めて行く。

 すると奇態FESMフェスムは攻撃手段を変える。無数に漂う太く隆々とした触手は高速に撓り、巨刃の如くこちらに襲い掛かってきた


 しかし遠くで霊粒子小銃エーテルライフルを構えていたレクシー機が、それらを狙撃して突破口を開いてくれる。


『星月ほど狙撃の腕はないが、あれだけ大きな的だ! 逆に外す方が難しいぞ!』


 敵に対して皮肉めいた声が無線を通して響く。


 その台詞に俺は思わず笑みが零れる。

 同時にレクシーに背中を預けて正解だったと思った。


 全ての触手群を突破し、機体は足を止める。

 “デュナミスJBカスタム”は両腕でジャイアント・ガトリングを構え、銃口を奇態FESMフェスムの中心に向けた。


「――食らえ!」


 照準をロック・オンし、俺はトリガースィッチを押した。



 ヴヴヴヴヴヴヴ――ッ!!!



 ガトリングガンの長大な砲身が回転し、六連装の銃口が火を吹いた。

 蒼白い閃光を炸裂させる。


 猛烈な弾丸が奇態FESMフェスムを襲い、巨体の中心部を穿うがつ。

 同時に内蔵された霊粒子エーテルが起爆し誘爆し合うことで、異形の外殻だけでなく内部に至るまで、多大な損傷を与える。


 それは心臓部であり中枢とされる『星幽魂アストラル』を完全に破壊し、コアを失った醜悪な肉塊を崩壊させ、最後は泡状となり胞子を飛ばすかのように散華した。


 奇態FESMフェスムの撃破に成功し、同時にガトリングガンが沈黙する。

 数千発もあった弾薬が切れた。


『――敵、FESMフェスム消滅ロストを確認。《EXMエクストリームモード》解除しマシタ』


「よし、他の戦況はどうなっている?」


『マスターの配慮が功を奏し、あれから僚機を失うことなく戦果を挙げてイマス。間もなく宙域全てのFESMフェスムを殲滅することでショウ』


「……そうか。イレギュラーな展開もあったが、セシリアの作戦が成功して良かった。ん? 機体の調子が可笑しいな……ホタル、診てくれ」


『COPY。“デュナミスJBカスタム”、操縦系統と駆動回路にオーバーヒートによる動作不良がみられマス。この状態で殲滅及び掃討戦参加は難しいデス』


 そうか。つい“サンダルフォン”のノリで操縦したからな。

 おまけに試作兵器のジャイアント・ガトリングも、予想以上に機体の負荷が掛かったようだ。


「この機体はもう限界ってことだな……了解した。直ちに“ミカエル”に帰投しよう」


『COPY。お疲れさまデス、マイ・マスター』


 ホタルに労われている中、レクシー機が俺の身を案じて近づいてきた。


『カムイ、大丈夫か? 目立った損傷はないようだが、何やら動きが可笑しいぞ』


「大丈夫です。無茶しすぎたら故障したみたいで……なんとか自力で戻ることはできます」


『それこそ無茶をするな。戦況も落ち着いたようだし、私が護衛として安全圏まで付き添おう』


「……すみません。ではお言葉に甘えます」


『いや、礼には及ばない……本当によく頑張ってくれた。キミのおかげでパイロット達も命を失わずに済んだのだからな』


 レクシーから優しい口調で感謝されると気恥ずかしい。

 けど、何か誇り高い気持ちになる。


「だといいんですけど……しかし今回のFESMフェスムは初めてみるタイプでした。まさか融合して大型FESMマラーク級並み、いやそれ以上の存在になるなんて……」


 おそらく爵位級FESMロイヤル級の戦力はあったのではないかと思う。


『私はよくわからないが、人類側がAGアークギアを得て対等以上に戦えるようになって、FESMフェスムも進化しようとしているかもしれないな……』


「進化……ってことは、今回の戦いは敵にとって戦闘テストみたいなモノなのか?」


 FESMフェスムは組織的であり、それなりに高い知性と知能があるとされている。

 以前の奇襲戦法が得意だった“ベリアル”もそうだが、“マルファス”も二体で連携を図りながら引き際を見極めて戦っていた。


 レクシーじゃないが、敵も人類との戦い方を変えてきているのかもしれない。



 それからレクシー機の付き添われる形で、“デュミナスJBカスタム”は“ミカエル”艦へと帰還した。


 専用の格納庫ハンガーに戻りAGアークギアから降りると、最近定番となりつつある、イリーナが両腕を組んで仁王立ちで立っていた。


「お疲れ様、カムイ。随分とボロボロね」


「俺は何ともない。ボロボロなのは機体の方だ。けど頑張ってくれたと思う……イリーナとヘルメス社に感謝だ」


「そっ。わざわざカスタマイズした甲斐があったわ。それよりも予定変更して、明日行くことにしたから学園休んでね。単位は理事長を脅す……いえ、お願いして水増しさせておくから安心して」


 唐突に言い出してくる、イリーナ。

 しかも地味に学園の理事長を脅して不正を働こうとしている。


「行くってどこだよ? 俺をそちら側に巻き込むの、やめてくれる?」


「もう、約束したじゃない! 一緒にダアト知識区域エリアに行って護衛してくれるって!」


「ああ、そのことか……確か《知識》を貰いに行くんだったよな?」


「そうよ。今回の戦いでFESMフェスムも人類抹殺のため強化を図っていると確信したわ……もう一刻の猶予もないわ!」


 イリーナは力説し焦燥感を露わにしている。


 ダアト知識……コロニー船セフィロトの禁止区域か。



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