第60話 社長の思惑とユニット名




「弐織様にセバスキー様。まずは、お二人から教室にお入りください」


「あの方がお待ちしております」


 アギョウとウンギョウが厳つい見た目とは裏腹に、とても丁寧な口調で案内してくる。


「に、弐織……怖ぇよ。これぇなんだよぉ? オレぇどうなるんだよ~? シャオって女子が言う『白いの』って悪魔かよぉ?」


 ハヤタは俺の背に隠れて怯えている。この状況なら仕方がないかもしれない。


 プシュっと扉が開かれ、誘導されるまま入室した。


「――よく来たわね、カムイ。それにハヤタ・セバスキー。会いたかったわ」


 制服姿のイリーナが両腕を組み、高圧的な雰囲気を醸し出して立っていた。


 ハヤタは「白いの」こと「白き妖精」と呼ばれる少女を始めて目の当たりにし、身体の震えを止めて見入っている。


「だ、誰だ……この子、めちゃ可愛い……いや凄ぇ綺麗だな」


 普段、口にしなさそうな感想を漏らした。


「私は、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナ。ヘルメス社の代表取締役よ」


「ヘルメス社? 代表取締役……って、こんな子があの超大手軍需企業の社長だっていうのか!?」


 ハヤタの疑問に、隣に立つ俺は包み隠さず頷いた。

 ここまで話が進んだら、俺が否定する理由もない。


「そうよ。ハヤタと呼ばせてもらうわ。この私がカムイ以外の男子と、こうして直に話すことは滅多にないから光栄に思いなさい」


「小柄なのに超態度デケェ……けど威圧感も半端ねぇ。これが社長オーラなのか、なぁ弐織?」


 いちいち俺に振るなよ。知るか、そんなもん。

 この子は最初からこういう子だ。その若さで国連宇宙軍の上層部から他ライバル企業、自分の部下に至るまで牛耳る剛腕ぶりから、「悪役令嬢」と揶揄されてないさ。


 俺は伊達眼鏡を外して素の状態になる。


「それで、イリーナ。ハヤタをどうするつもりだ? 昨日もお願いしたが、あまり手荒なことは避けてくれよ」


「おい、手荒なことってなんだよ!? 弐織、お前また雰囲気が変わったぞ!? まさか、オレをハメたのか!? なぁ、おい! 答えてくれよぉぉぉ!!!」


「うっさいわね、お黙り!」


「はい!」


 イリーナにブチギレられ、ハヤタは背筋を伸ばし直立する。

 彼女は深い溜息を吐きながら、「だからカムイ以外の男子って嫌いなのよ……」と愚痴を零した。

 そういや、イリーナの奴。自分の配下と取引相手以外の男はNGだったな。

 特に近い年代じゃ、俺以外は受け付けない。「その価値に値しないから」と言っていた。


「……話を進めるわよ。ハヤタ、貴方はこちら側・ ・ ・ ・の事情を知り過ぎたわ。最初にきっかけを作ったのは、レクシーガルシア家だけど関係ないわ。カムイはね、我が社にとって超重要機密事項なのよ。今日クラスで迂闊に彼に近づかず、ボロを出さなかったことは一定の評価をしているわ」


「に、弐織がヘルメス社の超重要機密事項だって? やっぱりそうか、お前が“サンダルフォン”のパイロットだったんだな?」


 ハヤタはようやく全てを理解する。

 俺はどう返答するべきか、イリーナに視線を向けて確認を仰いでみた。

 彼女は軽く頷いて見せる。


「……その通りだよ、ハヤタ君。けどヘルメス社の秘密だけじゃなくて、俺の身体的な事情もあって目立たないよう、ずっと隠していたんだ」


「身体的? そういや、昨日の模擬戦でも一人だけアストロスーツを着ていたよな? クラスでもみんなと距離を置いているようだし……それと何か関係があるのか?」


「流石、レクシーガルシア家の弟子ね。勘の良さは師匠譲りかしら? けどそれ以上、カムイへの詮索は認めないわ。貴方が信頼に値する人間か、私が確かめてあげる。そのために、わざわざ時間を割いたんだからね」


「信頼だって? なんの?」


「これから三つ選択肢を与えるからどちらか選ぶのよ。一つ、我が社が誇る最新の記憶改竄及び洗脳手術で脳を改造し全て忘れて廃人になるか。二つ、私の権限で強制的に地球に左遷させ闇市で男娼として売られるか。三つ、私の配下となり工作員スパイになるかよ――さぁ、選びなさい!」


「何が、さぁ選べだよ!? どう考えたって、三つめしか選択肢ねーじゃんかぁ! なんだよ、綺麗な子だと思ってたのに撤回するわ! レクシー姐さんより、とんだ鬼畜じゃねぇか! なぁ、弐織ッ!?」


 うん、知っている。そういう子だからな。

 けど俺の気持ちを汲みしてくれたのか、これでもイリーナなりの妥協案だぞ。

 じゃなかったら、男子嫌いの彼女が「三つめ」を提示するわけがない。


「うっさいわね。とっとと選びなさいよ。言っとくけど、この“セフィロト”内で貴方に逃げ場所なんてないからね!」


 傍から見ても酷ぇ……完全に独裁者だ。


 ハヤタは「ぐっ」と一瞬言葉を呑み込む。


「じ、じゃあ、三つめでお願いします(この女、逆らったら姐さんより危険だ……)」


「そっ、決まりね。後で契約書を貴方の端末に転送するから今日中に承認するのよ。拒否は許さないわ」


「……わかったよ、社長」


「信頼に値する働きをしたら、カムイの事情も教えてあげる。その間、彼に聞いたり詮索したら駄目よ。クラスでもこれまで通りに接すること、サクラを見習いなさい」


「サクラ? 星月のことか?」


「そうよ、彼女も貴方と同じ立場よ。つい最近、正社員に格上げしたわ」


 桜夢を芸能科へ入れた時の強制だったよな


 するとハヤタの表情がパアッと明るくなる。


「星月と同じ秘密を共有か……なんか彼女と急接近したと思わね!?」


 ん? なんだと?

 そういや、この野郎、前々から桜夢に気があったんだっけ。


 なんだろ? なんかモヤモヤしてくる。

 やっぱり脳の改造を促せば良かっただろうか?


 イリーナはハヤタの反応を見て、密かにほくそ笑む。


「ハヤタ、どうやら貴方には色々と利用価値があるようだわ……男子側としてのカムイの支援は勿論、その他諸々ね(彼、サクラに気があるようだし面白いことになるわ。それにレクシーガルシア家を探る諜報活動やカムイの正体がバレそうだった時の身代わりにも使えるわね。案外いい手駒を手に入れたかも……フフフ)」


 よくわからんが絶対に何か企んでいるな、こいつ。

 させるかっての。特に桜夢に関してはだ。


 でも、まぁ。


「何はともあれ、イリーナ。俺のために色々と配慮してくれてありがとう……そこは素直に感謝するよ」


「構わないわ、良い買い物したから。それとハヤタ、明日から貴方も『芸能科』に入るのよ、マネージャーとしてね。ここでなら、カムイと普通に話してもいいわ」


「星月と同じ芸能科か……いいっすけど、オレぇ割と目立つところあるから、弐織の迷惑にならないっすかねぇ?」


「当面はまだ非公式な活動だから安心しなさい。万一は目立つ貴方ハヤタがカムイを庇うのよ。捏造の協力はこちらもするわ……そのための支援工作員スパイよ」


「やっぱ、この社長やべぇよ……敵に回しちゃ絶対に駄目なタイプだ。了解、従うよ」


 かくして、ハヤタ・セバスキーの工作員スパイ採用が決定した。


 桜夢のことで少し引っ掛かる部分もあるが、まぁ性根は悪い男じゃないし今はいいだろう。


「これで話は終わりよ。それじゃ外で待たせている彼女達を呼ぶわ」


 言いながら、イリーナは指を鳴らした。


 すると教室の扉が開かれ、桜夢達が入ってくる。


「……カムイくん、終わったの?」


「ああ、なんとかね。桜夢にはいつも心配かけるよ、感謝している」


 俺がお礼を言うと、彼女は優しく微笑み「そんなことないよ」と軽く首を横に振るう。


「サクラには後で私から説明するわ。それより、こうして集まってもらったのは他でもないわ――『宇宙アイドル・プロジェクト』で活動するユニットの名前を考えたから、その発表を兼ねてよ」


「なぁ、弐織……宇宙アイドル・プロジェクトってなんだよ?」


 ハヤタが俺に小声で聞いてくる。


「この芸能科の活動内容だよ……なんでも兵士達の士気高揚目的で、あの四人がアイドルをやるらしいんだ。俺とハヤタ君はマネージャーとしてここに居るわけだからね」


「……へ~え。なんか弐織の周りって色々なことがあって面白れぇな」


 面白い? これのどこが? そう捉えつつ……まぁ退屈はしてないけどね。

 そう納得してしまう自分もいる。

 ただイリーナに振り回されているだけなのに……変な話だ。


「それで、イリーナさま……ん。どんなユニット名なの?」


「言っとくけど、エッチィのは駄目ネ」


 リズはどこか言葉を詰まらせながら聞き、シャオが妙な警告を発している。


「安心しなさい、真面目に考えたわ。ユニット名は、カトリック教の『お告げの鐘』という意味を拝借して――『Angelusアンジェラス』よ」


 アンジェラス?

 あれ、なんか思ってたよりカッコよくね?


 メンバー達からも「いいね」と高評価を得ている。


 どうやら満場一致で、ユニット名は『Angelusアンジェラス』で決まったようだ。



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