第59話 呼び出された者達




「……まさか勝てるとは思わなかったなぁ。凄ぇ楽しかったわ、弐織ありがとうな!」


 ハヤタは隣に立ち、ニッと白い歯を見せてきた。

 すっかり立ち直ったようだ。


 俺はヘルメットを脱ぎ、ポケットから伊達眼鏡を取り出して顔に掛ける。

 照れくさいというより、今更だが気まずさの方が大きい。


「別に僕は……ハヤタ君、今日のことは内緒にしてくれよ」


「なんでだよ? それだけの実力があれば学年、いや艦隊のエースになれるし、アルドなんかに二度とイジられなくて済むじゃねぇか?」


 そういう問題じゃないっつーの。


 俺の正体はヘルメス社の極秘事項だ。いたずらに知られるわけにはいかない。

 それに目立つとストレスになるし……。


 傭兵達との一件で、自分が抑えられない部分があると実感した。

 イリーナが懸念する通り、俺の脳は相当ヤバイ状況なのかもしれない。


 ……これ以上の不安材料をなくすためにも、このお気楽男のハヤタをどうするか。


「ハヤタ、私からも頼む。カムイのことは黙っていてほしい。彼もお前を信頼し、本来隠すべき力を披露したのだからな」


「え? 力を隠す? なんで弐織が……って、まさかお前、あの漆黒のAGアークギア“サンダルフォン”の――」



 ブブブブブッ



 ハヤタが言いかけた瞬間、同時に俺が着用しているアストロスーツのウェアラブル端末が鳴り響いた。


「はい」


『――私よ』


 イリーナの声だ。

 きっとホタルを介してハッキングして通信してきたのだろう。

 周囲の目もあるからか映像は映し出されていない。

 

 しかし、これは渡りに船だ。

 もうほぼ、俺の正体がバレかかったこの状況では……。


 俺はみんなから距離を置き通信を繋げる。


「イリーナ、丁度いい。実は相談が……」


『知ってるわ。明日、そのハヤタって少年を連れてきなさい』


「連れて行く? ヘルメス社にか?」


『その必要はないわ。放課後の「芸能科」で十分よ。私も登校するからね』


「いいけど、ハヤタをどうするつもりだ? 脳を解体して記憶を改竄するのか? それとも洗脳か?」


『……そうね。面談してから決めるわ。念のため、シズ・ ・には話を通しておくわ』


「わかったよ。けど、あまり手荒なことは控えてくれ……憎めない奴なのは確かだからな」


『珍しいわね。男に情を寄せるなんて……てっきり好みの美少女限定だと思っていたけど』


 なんて人聞きの悪い言い方だ。

 こいつ、普段から俺のことどう思っているんだ?


「んなわけないだろ! それより“サンダルフォン”はどうなっているんだ?」


工場ドック入りしてバラしているわ……例の「ダアト知識区域エリア」に行く件、今度の休日にセッティングしておいたから忘れないでよね』


「了解した。しっかり護衛してやるからな、安心してくれ」


『……ん、ありがと。じゃ明日ね』


 イリーナは通信を切った。

 何故か声が弾んでいたような気がする。


 まぁ、いいやと俺はみんなの所に戻った。


「……カムイくん。今の社長?」


 事情に詳しい桜夢の問いに、俺は無言で頷いた。

 そのまま、ハヤタに視線を向ける。


「ハヤタ君、僕のことについて明日の放課後に、ある人から説明してくれるから一緒に来てほしいんだ」


「え? 放課後……いいけど」


「助かるよ。それまで僕のことは黙っていてほしい」


「ああ、わかったよ。にしても弐織、なんだかすっかり雰囲気変わったな。そっちの方がカッコイイぜ」


 まさかハヤタにカッコイイと言われる日がくるとはな。

 しかし能天気な奴だ。場合によっては無理矢理に拉致され頭をイジられるかもしれないってのに……やっぱ、それは可哀想だ。


 レクシーが「ふむ」と何やら納得した様子で頷いている。


「どうやらカムイの件は、雇い主・ ・ ・の方でなんとかしてくれそうだな。見ての通りハヤタはこんな馬鹿だが、あまり手荒なことはしないよう言ってくれよ」


「酷でぇ、この姐さん……てか弐織、オレ誰かに何かされるのか?」


「ねぇ、カムイく~ん。あたしも癒してぇ~♪」


「セシリア艦長、艦内で不謹慎です!」


 熱血脳筋のハヤタは脳内で「???」が蠢き、セシリアはひたすら俺に癒しを求め、桜夢に咎められている。

 何やらカオスな展開になってきたな……。


 俺はこの状況をまとめる自信がなく、「……着替えてから帰ります」と告げて更衣室へと向かった。


 制服に着替えながら、ふと考える。

 何気にハヤタが発した言葉が過った。


「――楽しかったか。そういえば、そうだったな……」


 慣れない感情に戸惑う、俺。

 友達と遊ぶとは、こういう気持ちなのだろうかと思っていた。





 次の日、ハヤタはコクマー学園に登校した。

 しばらくぶり学年カースト一位の姿にクラス中が騒然となる。


 特に女子達は「わぁ! ハヤタく~ん、久しぶり~!」と、黄色い声を発していた。

 相変わらずのモテぶりだな。この女子達に奴の昨日まで引きこもっていた有様を見せてやりたい。

 


 当然ながら、この男も動揺している。


「……ハ、ハヤタ!? テメェ、復活しやがったのか!?」


「アルド……オレがいない間、随分とイキっていたようだな? まぁ、もうどうでもいいや。好きに一番やってくれ」


「な、なんだと? それはどういう意味だ、ああ!?」


「今のオレはお前とは別次元にいるって意味だ。本当に凄ぇを間近で目の当たりにしたら、人生観が変わるってことよ」


 ハヤタは言いながら、席に座る俺の方をチラ見しているのがわかる。


「……ああ? こいつ何、言ってんの? 休みすぎて頭がイッちゃったんじゃね、ギャハハハハ!」


 アルドはいつもの調子で挑発するかのように嘲笑うも、ハヤタは動じない。

 自分の席に座り「構ってられねーや」と一言だけ呟いて無視している。

 その冷めた姿に女子達は「きゃ、クール」と高評価し、アルドは「ぐぬぅ……」と奥歯を噛み締めている。

 

 おかげで普段と変わらないようで、教室内が若干静かなような気がする。

 俺的には、こちらの方が断然いい。


「ハヤタくん、すっかり立ち直ったみたい。それに落ち着きもあって変わった気もする……きっと、カムイくんのおかげだね」


 隣席の桜夢が小声で耳打ちしてくる。

 確かにガラにもなく、少しお節介を焼いてしまった。


 けど立ち直るかそうじゃないかは本人次第だ。

 レクシーが言うように、ハヤタはそこまで弱い奴じゃなかったってことだろう。


「はぁ~、カムイく~ん。やっぱ癒されるわ~」


 さらに反対隣では、セシリアが俺をガン見しながら恍惚の笑み浮かべ、深い溜息を漏らしている。

 寧ろハヤタより、この子の方が落ち着いてほしいと願った。




 そして放課後となり、約束通り俺と桜夢はハヤタと合流し「芸能科」の教室へ向かう。


 渡り廊下を歩いていると、クラスメイトで整備機械科の『リズ・フォックス』と出会い、桜夢が声を掛けて共に目的地に行くことになる。


 しかし視界に入るまで、リズの気配に気付かなかった。

 無口で控えめな性格もあるからか、自然に気配を消すのが上手いのかもしれない。


 そんなリズは、どこか安心したような柔らかい微笑を浮かべている。


「……みんなに会えて嬉しい。私一人じゃ、あんなところ不安でしかないから」


「そういや弐織、どうして星月とフォックスも一緒なんだ?」


「桜夢とリズさんも芸能科に入っているからだよ……一応、もだけどね。そこは他の専門学科と兼務可能だから」


「芸能科か……名前だけは耳にしたことはあるけど、まさか本当に機能しているとはな」


 ハヤタが疑念を抱くのも当然だ。

 何せイリーナが理事長を脅して無理矢理に設立した専修科目だからな。


 校舎から最も外れた教室、そこに芸能科はあった。


 前回と同様、教室の扉前では黒服のサングラスにスキンヘッドの屈強そうなボディガード、「アギョウ」と「ウンギョウ」が立っている。


 さらにもう一人、中等部の後輩こと『シャオ・ティエン』もいた。


「こんちわ先輩……今日も脅迫されて来させられたヨ。あの『白いの』、本当ムカつくネ」


 出会った早々、独特の訛り口調で不満を漏らすシャオ。

 前にも言ってたけど、彼女は一体何を脅迫されているんだろう?


「ティエンさん、どうして教室に入らないの?」


「シャオでいいヨ。あの『白いの』に命令されたネ。弐織先輩とそこのセバスキー先輩の二人が先に面談するから、ここで待機してろって……もう帰りたいヨ」


 彼女の言う「白いの」とは間違いなく、イリーナのことだ。

 年下だし超強引だから、他者から何かと顰蹙ひんしゅくを買いやすいからな。


 彼女も俺と同様、案外人付き合いが下手なのかもしれない。



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