第58話 ヒヨッコ(訓練生)の無双
『あの機体……識別だと、あの金髪の少尉か!? いくら正規パイロットとはいえ、あんなネェちゃんが嘘だろ!?』
無線越しで流れる、恐慌したゲイソン曹長の声。
先程まで威勢のよかった強面男の滑稽さに、俺はバイザー越しでニヤリと口角を吊り上げる。
ちなみにレクシーの配慮で、俺が操縦する“デュミナス”は彼女が乗っているように偽装してくれているらしい。
初対面だし、俺の機体はあちら側との回線を切っているので、そう簡単にはバレない筈だ。
そして俺は、さらにアクセルを踏み込む。
“デュミナス”に搭載されたシステムこと《
精密に操縦桿を捌くことで機体はドリフトを繰り返しながら弧を描いた。あらゆる攻撃を確実に避けて地表を華麗に滑っていく。
刹那と思わせる速さで、敵陣営の懐に飛び込む。
相手の“デュミナス”機の後方に回り、
無論、あくまで
但し整備兵の遊び心で、撃破時にコックピット内を激しく揺らすなどの演出が施され、『MX4D』並の臨場感はあるだろう。
どちらにせよ、ゲームオーバーに違いない。
『今の弐織の動き……AG杯の執事とくりそつじゃねぇか!? まさか、あの時の執事って……』
どうやら以前対戦したことのあるハヤタは、俺の動きを目の当たりにして正体に気づき始めている。
不本意だが、今はレクシーの言葉を信じ黙認しょう。
まぁ、いざとなったらイリーナに頼んで奴の記憶処理を……あくまで最終手段だ。
今は戦いに集中しよう。
『クソッ! 何をやっているぅ、う、撃てぇ! 誰かそいつを止めろぉぉぉ!』
『バカ、撃つな! この距離じゃ同士討ちになる!
『クソォッ! こいつ速すぎ――ぐあっ!』
『エ、エースかよぉ!? うおぉぉぉぉぉ……』
俺が次々と撃破する度に、傭兵達の阿鼻叫喚に似た叫び声が響く。
その予想外を超える猛撃により、連中の隊形を崩されて完全にパニックを起こしている。
こうなってしまえば、最早この手の奴らなど訓練生以下だ。
あっという間に7機を撃破させるという無双ぶりを発揮した。
既に3機を大破させたので、たった俺が駆る“デュミナス”1機で傭兵達は半分の10機を失ったことになる。もう完全なオーバーキルだ。
『クソォッ! お前ら散れ! とにかくそいつから離れろぉぉぉ!』
ゲイソン曹長は指示を出し、残りの10機が急速にブーストを吹かしてバラバラに離れていく。
「なるほど。距離を置くことで時間稼ぎと体制を整えようとしているのか。戦い慣れしているだけに思いの外、戦術的じゃないか?」
『マスター、間もなく《
「わかっているよ。だから掃滅せず、あえて半分残して仲間の
言いながら俺は“デュミナス”を後退させようと動いた。
『隙あり! もらったぁ、金髪の少尉殿ォ! おぐぅ――!』
背後に回っていた傭兵が
撃ったのは、桜夢が乗る“デュミナス”だ。
彼女は初試みで狙撃用のロングバレル型ライフルを装備しており、精密射撃で長距離から見事にヒットさせた。
思った通り、彼女には狙撃の才能がある。
そういや他人より視力や聴力も優れているようだしな。
「サンキュ、桜夢。おかげで助かったよ」
『うん、カムイくんなら大丈夫だと思ったけど、一応ね。わたしも頑張らないと……』
どこまでも謙虚で頑張り屋の子だ。
だから俺も放って置けないのだけど。
『よし、ハヤタ! 私達も前進するぞ! 品性の欠いた傭兵共など敵ではないと知らしめてやろう!』
『お、おう! 任せろ、姐さん!』
レクシーの指示に、ハヤタが普段の調子で答えている。
あれだけ自信喪失していたのに、ようやくその気になったようだ。
何はともあれ荒療治が功を奏したってやつだな。
それからは勢いづいた、俺達チームが圧倒した。
後退した俺はレクシー機とハヤタ機に合流し、三人で連携を組みながら残りの各機を撃破する。
元々エース級の腕を持つレクシーは当然だが、ハヤタも学年の成績一位は伊達でなく、戦いなれした傭兵だろうと気負いすることなく撃ち破っていく。
ハヤタ本人は気づいてないが、“ベリアル”戦で死にかけた教訓は確実に活かされていると俺は評価した。
一方の傭兵達は、俺が機先を制したことで、すっかり尻込みしている。
おまけに逃げようとすれば、桜夢機が遠距離から狙撃してくるので、必然と八方塞がり状態だ。
そして――。
『な、なんだ……これ? 一体、どうなってんだ、おい?』
最後にゲイソン曹長だけ残った。
俺達4機は、奴の“デュミナス”機の周りを囲み、ライフルを構える。
『まだ続けますかな、曹長?』
レクシーが無線で問い質した。
『ま、待ってくれ! 悪かった、俺達が悪かったから降参するよ!』
ゲイソン曹長の乗る“デュミナス”は武器を捨てて両腕を掲げる。
降伏の意志を見せた。
別に
最初の威勢だけで、ダッセぇ奴。まるでアルドを見ているようだ。
まぁ、勝ったからよしとするか。
こうして俺達の完全勝利が確定した。
俺達チームは意気揚々とコックピットから降りた。
「おっしゃぁぁぁ! 勝ったぞぉぉぉ!」
熱血を取り戻したハヤタは拳を掲げて真っ先に叫ぶ。
すると、セシリアが近づいて来た。
どうやら、ずっと俺達の勝負を見守っていたようだ。
「お疲れ~、カムイくん。それに、桜夢ちゃんにレクシー少尉。あと……キミ、誰だっけ?」
「古鷹艦長、酷でぇ! 俺、同じクラスのハヤタ・セバスキーっすよ!」
「ごめんねぇ~。あたし学園の男子って、カムイくん以外はみんなアウトオブ眼中なのぅ~」
セシリアが一番最悪な毒を吐いているような気がする。
ところで、アウトオブ眼中ってどういう意味だよ? 眼中にないとか?
「……はぁ」
ゲイソン曹長達、傭兵部隊の連中もコックピットから降りてくる。
最初の威勢のよさはすっかり消失しており、全員の表情は青ざめており憔悴していた。
「どうでしたかな、ゲイソン曹長? 我らヒヨッコの実力は?」
「よく身に沁みました……すみません。ゼピュロス艦隊のAG乗りはレベルが高いと聞いてましたけど、これほどまでとは……特に先陣を切ったあんた、いえレクシー少尉殿には感服いたしました」
すっかり丸くなってしまった、ゲイソン曹長は深々と頭を下げて見せる。
他の連中もそろってお辞儀をして、レクシーと俺達に敬意を示していた。
てか先陣を切ったのは、俺なんだけどね。今更どうでもいいことか。
「私のことはいい。だが今後、古鷹艦長に対する無礼だけは絶対に許さんからな。他の上官に対しても今後は慎めよ。我らは軍隊であり、組織である以上、階級への敬意は絶対だ。上下関係が厳粛に確立しない軍隊は、決して強くなれんからな」
「はい。古鷹艦長、どうもすみませんでした……」
「最初から気にしていませんよ。私達は共に
セシリアの心中はどうあれ、その寛大な言葉にゲイソン曹長と傭兵達は涙ぐみ感極まる。
全員が整列し、ビシッと敬礼をして見せた。
「ハッ! ありがとうございます、古鷹艦長! それでは我らはこれで失礼いたします!」
性根を叩き直された傭兵達は、とても行儀よく足並み揃えて去って行った。
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