第57話 傭兵達と模擬戦闘




 衝動に駆られ、俺は伊達眼鏡を外した。

 この礼儀知らずの傭兵達に一発かましてやろうと思った瞬間。


「――皆さん、相当腕に自信があるとお見受けする」


 いきなりレクシーが切り出してきた。


「なんだい、金髪のネェちゃん?」


「……私はレクシー・ガルシア少尉。正規のパイロットっと言いたいが……歴戦の勇士である貴方達に比べれば、ヒョッコのような存在でしょうか」


 妙にかしこまって、やたらと連中のことを持ち上げている。

 レクシーの性格上、てっきり真っ先にブチギレるかと思ったけど……。


「んで、少尉殿が俺らになんの用っすか?」


 気を良くした、ゲイソン曹長は品のない口調で聞く。


「はい。是非に皆さんの胸をお借りして、どうかヒヨッコの我らと、この“デュミナス”機で仮想訓練戦シミュレートの模擬戦闘を行ってほしいのですが?」


 またもや思わぬ提案をしてくる、レクシー先輩。

 俺を含む、その場にいる誰もが言葉を止め硬直した。


 束の間、ゲイソン曹長が口を開いた。


「……俺達と仮想訓練戦シミュレートだと? あんたと、そこにいる三人の訓練生とか?」


「ええ、そうです。我ら四人と貴方達二十人全員が参加する模擬戦闘です」


「おいおい冗談はやめてくれ。たった四人で俺ら全員をいっぺんに相手するなんて、いくらなんでも話にならんだろ?」


「そうでしょうか? 私達なら10分もあれば快勝ですが」


「なんだと?」


 挑発的な口調に変わるレクシーに、ゲイソン曹長は眉を顰める。


「臆しましたかな、曹長? ヒヨッコの我らに負けてしまったら、傭兵としてのプライドに傷がつきましょうか?」


 レクシーの煽りに、ゲイソン曹長は強面の顔を歪め激昂する。


「上等だ! その勝負乗ってやるよ! 後で泣くんじゃねぇぞ、コラァ!」


 案の定、挑発に乗ってきた。


 しかし、レクシーの奴……直球型の性格だと思っていたけど、案外心理戦もいけるんだな。

 あるいは、これが狡猾で知られるガルシア家流のやり方なのか。

 イリーナが毛嫌いしつつも認めているだけあり食えない女子だと思った。


 そんな彼女は俺に近づいてくる。


「すまんな、カムイ。予定を変更して、連中の鼻っ柱をへし折り、ハヤタに勝たせるぞ」


「予定を変更って最初はどうするつもりだったんですか?」


「うむ。本来カムイには、私達ごとハヤタを完膚なきまで叩き潰し、AGパイロットとして自分に何が不足し、如何に甘えていたのかを知らしめるつもりだった……まぁ、私自信もキミの本気というモノを体感したいという思惑もあったけどな」


「はぁ……でも、それってやっぱり逆効果じゃありません? 余計、ハヤタ君が塞ぎ込むんじゃ……」


「そこまで軟な男じゃない。前に言ったろ、馬鹿だが見込みはあると……奴は変にちやほやするよりも叩いてやったほうが成長するタイプだ」


 なるほど、教育係のレクシーだからこそ理解するハヤタの気性ってわけか。


「だけど、どうして急にあんな傭兵達と模擬戦なんて……」


「古鷹艦長に対する連中の無礼な態度に、はらわたが煮えくり返ったからだ。カムイ、キミだって激昂しかけて何か仕掛けようとしていただろ?」


「うっ……どうしてそれを……気づいていたんですか?」


「まぁな。キミは周囲が思うほど冷たい男クールな男じゃない。仲間思いで胸に秘めた熱いモノを宿している……そこにも惹かれているんだがな」


「え? 先輩、最後の方なんて言ったんです? 整備員達の声もあって、小声すぎて聞き取れなかったんですけど?」


「き、気にするな! では皆、早速始めよう!」


 レクシーは顔を真っ赤にして、声を張り上げて全員に呼び掛けた。

 何がなんだかさっぱりわからん。


 桜夢とセシリアはさっきからジト目でこっちを見ているけどな

 女子には雰囲気的に何か通じることがあるのだろうか?


 それからセシリアの許可が下りて、ならず者の傭兵部隊と俺達は“デュミナス”機を使用して模擬戦を行うことになった。

 整備兵の協力を得て、各自の機体調整が行われている。



「弐織、どうしてアストロスーツを着るんだ? 実際に宇宙に出るわけじゃないから不要じゃね?」


 着替えを終えてヘルメットを被る俺を見て、ハヤタが訊ねてくる。


「人より興奮しやすい体質でね……本気を出すにはナノマシンの制御が必要なんだ」


「へ~え、見かけによらねぇな。実はそういう部分もあったんだな」


 同じカースト上位でもアルドと違い、陰キャ扱いされる俺に対して見下さず偏見を持たない、ハヤタ。

 こうして少し腹を割って話すと、案外いい奴かもしれない。

 俺も以前はやさぐれて見ていた部分があったからな。


「桜夢は大丈夫か? 話の流れで思いっきり巻き込んでいる形になっているけど……」


「うん、大丈夫だよ。わたしも、あの人達のセシリアさんに対する態度に、同じ地球育ちとして恥ずかしいと思っているからね。それに……」


「それに?」


「レクシー教官には負けたくないから……」


 え? レクシーだって? いや戦う相手は傭兵達じゃね?

 桜夢ってば何に負けたくないと思っているんだ?



 調整が完了し、各自“デュミナス”のコックピットに入った。


 ハッチが閉められ、起動した直後にメインモニターいっぱいに仮想戦闘バーチャル空間が広がる。


 戦闘舞台は月面であり重力下の戦いらしい。


「……確か地球の1/6だったな」


 俺は操縦桿を握り、初めて乗る機体の感触を確認する。

 “サンダルフォン”が回収され、しばらくは俺専用の“デュミナス”が用意されているらしい。

 今から試しで操縦するのもありだと思った。


 するとコンソールのメインモニターから小さなウィンドウ枠が開かれ、レクシーの顔が映し出される。


『地球育ちの相手に合わせて、あえて重力下の月面領域フィールドに設定してもらった。これで負けても連中は言い訳ができまい』


『いや、レクシー姐さん。どうみても俺達の方が圧倒的に不利じゃん……相手は戦いなれした傭兵達、しかも20機もいるんだぜぇ。一体どうするんだよ?』


 別ウィンドウが開かれ、ハヤタが顔を見せる。


『ふん。あんな無法者、本来ならカムイ一人で十分だ。そうだろ?』


『姐さん、どれだけ弐織を高く評価してんだよ!? 無謀じゃねぇか! 弐織からもなんとか言ってやれよ! この鬼教官、ガチでお前を特攻させようとしているぞ!』


 二人のやり取りに、俺はフッと笑みを零す。


「じゃあ、教官のお望み通り――弐織カムイ、これより突貫いたします!」


 俺も悪ノリし、モニターに向けて敬礼して見せる。


『え? 弐織?』


『よし、カムイがその気になれば負ける要素はない。安心しろ、整備兵に頼んでその機体は私が操縦しているよう偽装してある……だからとはいえ、我らも遊んでいるわけにはいかんぞ。先陣を切るカムイが撃ち漏らした敵を、私とハヤタで叩き潰す! 星月は狙撃手スパイパーとして、後方からカムイを援護してくれ!』


『了解しました、教官』


 桜夢もウィンドウを開き、吹き出しそうな笑みを浮かべている。


 模擬戦とはいえ、随分と和やかな雰囲気に包まれていた。


 けど嫌いじゃない。


 先程まで苛立ち荒んでいた気持ちが、すっかり落ち着つきを見せている。

 気分が良く脳がリラックスしているのがわかる。

 きっとアストロスーツから注入されたナノマシンの効果もあるけど、それだけじゃない楽しさを感じている。


 俺は“デュミナス”を動かし、先陣に立つ。


「――ホタル、確か“デュミナス”って《ヴァイロン・システム》を模した《EXMエクストリームモード》っていう機能があったよな?」


『イエス、マスター。機体安定のため調整された霊粒子推進機関エーテルエンジンを一時的に制限リミッター解除させるシステムデス。《ヴァイロン・システム》と異なり霊粒子動力炉エーテルリアクターを暴走させることはないので、強制冷却モードもありマセン。ただ連続使用ができない程度デス』


「じゃあ早速、使用してみよう。それで相手の出鼻を挫いて、各個撃破だ」


『COPY』



 そして模擬戦スタートの合図が発せられた。


『《EXMエクストリームモード》起動――制限時間タイムアップまで、残り180セカンド


「了解」


 俺は“デュミナス”を急発進させ、敵陣営へと突っ込む。


『特攻だと!?』


 傭兵隊はいきなりの襲撃に驚きつつも、揃って霊粒子小銃エーテルライフルとセレクトしたバズーカやミサイルランチャーをぶっ放してくる。

 流石は「ならず者」、そう簡単に臆することはない。


 ――だが相手が悪い。


 俺は直感力をフル稼働させ、攻撃の軌道を先読みしながら的確に回避していく。

 

『なんだ、あいつ!?』


『何故、当たらねぇ!』


『嘘だろ、おい――うわぁ!』


 驚愕し戦慄する傭兵達に、俺が駆る“デュミナス”は高速に動きながら霊粒子小銃エーテルライフルを構え、カウンターで霊粒子エーテル弾を連続して浴びせる。



 ドウッ、ドウッ、ドウォォォン!



 速攻で3機を撃破した。


『バ、バカな!?』


 今のは、ゲイソン曹長の声だ。



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