第56話 ブチギレ寸前エースパイロット




 レクシーの提案でひょんなことから仮想訓練戦シミュレートで対戦することになってしまった。


 一体何を考えているのやら……。

 まぁ、ハヤタが俺達と外に出るようになったから、まだ良かったけど。


 移動中、レクシーが俺に近づいてくる。


「すまんな、カムイ。強引に事を進めてしまって……ハヤタには口で説得するより、行動で示した方が早いと思ったんだ」


「いえ、俺はいいですけど……でも俺との勝負って、もしハヤタ君が負けたら逆にショックを受けたりしません?」


 ハヤタとて成績一位のプライドはあるだろうし。

 得体の知れない俺に負けたら、今度は引きこもるじゃ済まなそうだ。


 俺の懸念を他所に、レクシーは柔らかい笑みを浮かべる。


「……問題ない。だから絶対に手を抜かないでほしい。ハヤタのこと思うのなら頼む。キミのことは、私が責任を持ってきちんとフォローするからな」


「わかりました。そこまで言うのなら、俺は先輩を信じます」


 どうやらレクシーには何か考えがあるようだ。

 彼女は信頼できるし、俺は素直に従うことにした。


 ん? なんか進む方向違うぞ?


「レクシー姐さん、どこに行くんだよ? 仮想訓練戦シミュレートで対戦するなら、コクマー学園だろ?」


 ハヤタが聞いてくる。

 俺もそうだと思ったが、レクシーは首を縦に振るう。


「いや、モノレールに乗ってケテル王冠地区に行く。仮想訓練戦シミュレートとはいえ、この面子で“エクシア”機は物足りないだろ?」


 そう説明を受けて、俺達は高速モノレールで目的地へと向かった。



 ケテル王冠地区は軍の駐屯基地があり、ゼピュロス艦隊と連結されている最重要区域エリアでもある。


 本来なら訓練生が気軽に行ける場所ではないが、今のレクシーは正規軍人であり、俺も特務大尉なので端末による身分証を提示するだけで入ることができた。

 そういや、ハヤタと桜夢も前回の出撃から学徒兵(准尉)扱いだから問題なかったようだ。



 駐屯基地から専用のエスカレーターに乗り、主力戦艦“ミカエル”に乗船した。


 レクシーの案内でAGアークギアが保管されている格納庫ハンガーに着く。

 かなり広々としている空間で、整備機械が密集して設置されている。

あらゆる場所から整備兵達の威勢のいい喧騒が聞かれていた。


 俺達は数段に枝分かれした廊下を渡っていく。

 天井には幾つも巨大なクレーンがぶら下がり、壁側には追加された40機のAGアークギア“デュミナス”が背を預けて佇んでいた。


 すると、


「やっほーっ! カムイく~ん、癒して~!」


 突然、艦長姿のセシリアが現れ癒しを求めてくる。

 

「セシリア……いや艦長、どうしてここに?」


「だって、ここあたしの船だもん。いるに決まってるっしょ~。えへへ、逢えて嬉しいなぁ」


 いや、そういう意味じゃなくて……戦艦を指揮する艦長が格納庫ハンガーにいることに違和感があるんだよ。


「私が頼んだのだ。仮想訓練戦シミュレートとはいえ、AGアークギアの直接使用は艦長の許可がいるからな」


「姐さん、AGアークギアの直接使用って……まさか実機で模擬戦するつもりか?」


「いや、ハヤタ。あくまで仮想訓練戦シミュレートだ。但し、“デュミナス”機のコックピットに乗った上でな」


「……なるほど。操縦席を通して機体同士のデータをリンクさせて、仮想戦闘バーチャル空間で実戦さながらに模擬戦を行うってことですね?」


「その通りだ、カムイ」


 所謂、超大掛かりな通信対戦ってやつだな。よく考えたものだ。

 レクシーはその許可を艦長に取ったってわけか。

 そういえば以前の喫茶店後、互いにアドレスを交換していたっけ。


「だけど許可を貰うだけなら、わざわざセシリアが来る意味ないんじゃない?」


「あたしはレクシー少尉から、カムイくんも一緒だと聞いたから見学に来ただけだよ~。後、癒してもらうためぇ、えへへ」


 やめてくれ、艦長……ハヤタが見ている前で。

 それに、レクシーと桜夢の視線がやたら痛い。彼女達から沸々としたオーラが見えてしまう。

 このままだと別の意味で脳と精神に深いダメージを受けそうだ。


「だ、だけど責任者がこんなところにいて大丈夫なのか?」


「うん、艦橋ブリッジ副艦長オリバーくんに押し付けたから大丈夫~! 心配してくれてあんがと、カムイくん!」


 いや別に心配して聞いたわけじゃないんだけど……。

 しかし、セシリアがこんな感じだと、また俺はオリバー中佐に顰蹙を買われていそうだ。



「――これが、噂の新型“デュミナス”か?」


 ふと男の声が反響して聞こえてきた。


 俺達は視線を向けると二十人くらいの男女達がぞろぞろと歩いて来る。

 若そうな同年代風から中年風まで年齢がバラバラだ。


 ほぼ全員が軍服をラフなスタイルで着こなしている。

 見た目も筋肉隆々の男から、首や腕に刺青タトゥーを入れている者までいた。

 とても正規の軍人らしくない、どこかガラの悪そうに見える。


 少なくてもゼピュロス艦隊では見ない連中だ。

 けど連中の左胸に両翼を模した「AGアークギアパイロット章」バッジが見えることから、パイロットなのは間違いない。


「艦長、彼らは?」


 レクシーが聞いた。


「補充のパイロットさんだよ。今日付けで配属された人達なの」


「……正規の軍人なのですか?」


「一応ね……ボレアース艦隊の“ガブリエル”戦艦から転属した傭兵さんだけどね」


「傭兵?」


 俺の問いに、セシリアは仕方なさそうに無言で頷いて見せる。


 最近、AGアークギアのパイロット不足に悩まされている国連宇宙軍。

 苦肉の策として、とにかく地球から戦えそうな人材を宇宙へと上げているらしい。


 中には反社会系や犯罪歴のある者など、所謂「ならず者」達が多く、彼らの中には軍属入りすることで、これまでの罪状をチャラにする司法取引があるようだ。

 おまけに高額な給料も支払われるので、彼らにとっては決して悪い話ではなかった。


 早い話、士官候補として厳しい訓練と適正検査を積み上げて宇宙に来た、桜夢とは質が異なる劣化版といった軍人達である。

 したがって士官ではなく、特例がない限り下士官(曹長・軍曹・伍長)の階級しか与えられることはない。


 そんな彼らは「傭兵部隊」と呼ばれ、太陽系を巡回する四艦隊に転属を繰り返している。

 きっと前々回の“ベリアル”戦で多くのパイロットを失った、このゼピュロス艦隊に回される形で配属されたに違いない。



「これは古鷹艦長ではありませんか?」


 二十名いる傭兵部隊の前に歩く、アラサーっぽい男が声を掛けてきた。

 背が高く筋肉質の軍人。鋭い眼光した強面。長い髪を後ろに束ね、左頬に古傷が見られる、如何にも戦い慣れした屈強そうなパイロットだ。


 セシリアの話だと、彼は『ゲイソン・イドウ』という傭兵部隊の隊長で曹長らしい。


 にしても態度のデカい奴だ。

 艦長で大佐のセシリアの前にもかかわらず、ズボンのポケットに両腕を突っ込んだまま、ヘラヘラ笑っている。

 普通は上官なのだから、かしこまって敬礼するものだろ?


 しかし、セシリアも動じない。

 さっきまで、ゆるカワ系の小動物みたいな表情が、キリっと引き締まって「艦長モード」に切り替わっていた。


「ええ。ゲイソン曹長、こんばんは。どうして“ミカエル”の格納庫ハンガーに? 確か皆さんは巡洋艦と駆逐艦に配属されている筈ですが?」


「いえね、俺ら傭兵部隊は旧式の“エクシア”しか乗らせてくれないじゃないっすか? せっかく名高きゼピュロス艦隊に配属されたんだから、一目でいいから新型機を拝みたいと思いましてね。ついでに噂の“サンダルフォン”って機体にも興味あったんだけど、整備兵に聞いたら既にヘルメス社が回収したみたいでね」


「そうですか……しかし皆さんはれっきとした軍人です。いつでも出撃できるよう、持ち場で待機が規則の筈です。もしご見学に来られたいのなら艦長である私に、予め許可を求めてください」


「すみませんね、オレら所詮は傭兵ですから。なぁ、お前ら~」


 ゲイソン曹長は後ろの傭兵達に話を振ると、どいつもニヤついて「そうっすよ~美少女艦長」と嘲笑っている。


 こいつら……揃ってセシリアを馬鹿にしているぞ。

 確かに見た目はこんなんだし、普段も性癖全開でイッちゃっている部分はあるけど……だけど、彼女は誰よりも乗員とパイロット達の命を大事する艦長だぞ。


 俺の中で沸々と怒りが込み上げてくる。

 激情が激しく波を打ち、攻撃衝動が全身を駆け巡るような感覚に襲われる。


 これも脳の変化による症状だろうか。


 俺のことなら、まだ我慢できるけど……大切な人が傷つけられると思うと――


 駄目だ、自分を抑える自信がない。



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