第53話 回収された愛機
今回の戦いで、ゼピュロス艦隊は善戦し勝利を収めた
ほとんど死者を出すことなく、
これも“サンダルフォン”で迎撃した成果だと評価している。
やっぱり二体の“マルファス”を撃破して正解だったようだ。
戦艦“ミカエル”に帰還後――。
専用の
別に不機嫌とか怒っているわけじゃない。いつも威風堂々としている彼女の癖だ。
「お疲れ様、カムイ。流石ね」
“サンダルフォン”のコックピット・ハッチから降りてくる俺に向けて、イリーナが言葉を掛けてきた。
「ありがとう……わざわざ出迎えてくれたのか?」
「そうよ。でもそれだけじゃないわ。今回の出撃に関して貴方に言いたいことがあって来たの」
「言いたいこと? 特にヘマはしてないぞ」
「違うわ」
「じゃあ何だよ?」
「ホタルから今回の戦闘データを見させてもらったけど……カムイ。貴方、今の“サンダルフォン”にストレスを感じているんじゃない?」
「え? まぁ、ちょっとだけ。でも《ヴァイロン・システム》を使えば問題ない……今回だって、別に苦戦なんてしてないだろ?」
「確かにね。一見して普段通りの戦いに見えたけど、カムイらしくない違和感も覚えたわ」
「違和感ね……シズ先生の診断通り、以前より俺の脳内も変化があるらしいからな……きっとそれだろ。休めば良くなるさ」
「日本人は勤勉すぎるから駄目なのよ! はっきり言いなさい、今の“サンダルフォン”じゃ不満だと!」
いきなりブチギレてくる、イリーナ。
なんだってんだ、一体。
「不満って言ったって……これ以上の
「戦闘力の話をしているわけじゃないわ! 貴方の状態を危惧しているのよ! 前回だって、ナノマシンでも抑えられなかったでしょ!?」
ん……言われてみればだ。
前回の戦いで“ベリアル”に翻弄され、パニックを起こしトランス状態に入ってしまった。
考えてみればそれからか。俺の脳に変調をきたしたのは……普通なら即入院レベルらしい。一応、落ち着くのも早いから、その必要もないし実感が湧かずに過ごせている。
要するに、イリーナは俺のことを心配して言ってくれているようだ。
けど何も怒鳴ることないのにな……このツンツン対応が俺だけじゃなく周囲に対しても誤解を生むってことを知ってほしい。
「イリーナ、心配してくれてありがとう。俺のことは大丈夫だ。“サンダルフォン”は無敵だ。どんな
「ふぅ……もう堂々巡りね。私も遠回しにきつく言い過ぎたわ、ごめんなさい。“サンダルフォン”、しばらく返してもらうから使っちゃ駄目よ」
「え? どういう意味だ?」
「言葉のままよ。要するに強化改修するため、しばらく
「強化改修だって!? あんなオーバースペックの機体に、まだ手の施しようがあるってのか?」
「それを知るために後日、『
「ダアト?
「――禁断の実、《知恵の実》よ」
「《知恵の実》?
「そうよ。そもそも“セフィロト”自体、ヘルメス社で保有しているようなものだから、国連宇宙軍の中でもごく一部の上層部にしか知られてないわ」
「相変わらず何でもありの会社だな。まるで国連宇宙軍を裏で操っている秘密結社っぽいぞ」
「……悪かったわね」
「そのダアト地区で“サンダルフォン”を改修するのか?」
俺が尋ねると、イリーナは赤い瞳を反らした。
何か言いづらそうに見える。
「……違うわ。《知識》を貰いに行くのよ。だから私が最も信頼できる、カムイに護衛を頼みたいってわけ。他の者には頼めないわ……」
知識を貰いに行くだと? 誰に?
ダアト
よくわからないけど……ここでは言えない事情があるのは確かだ。
以前から何かを隠している素振りはあったからな。
けど俺はイリーナを信じている。
「そうか、そういうことならわかったよ。禁止区域なんて響きからして興味あるし、“サンダルフォン”が強化されるなら、俺にとっても万々歳だ」
「ありがと、カムイ(本当なら護衛はリサだけで十分だけど、彼とのデートにもなるしね……フフフ)」
「それでイリーナ、“サンダルフォン”が使えない間、俺はどうしたらいい?」
「一応は、カムイ用にカスタマイズした“デュミナス”を用意しているわ。万一はそれで出撃しなさい」
「わかったよ……」
相変わらず手回しがいい。
それにしても“サンダルフォン”の強化改修か……どんな
こうして俺の戦いが終わり、不安と期待を残したまま“セフィロト”へと戻った。
翌日、コクマー学園でも昨夜の戦闘で話題が持ち切りだった。
相変わらず誰もが“サンダルフォン”の活躍を賞賛し、謎のエースパイロットに憧れを抱いている。
そのパイロット、実は俺なんだよね……っとは当然言えるわけもなく。
いや言う必要もないか。
「カムイくん、昨日はお疲れ様」
事情を知る、桜夢だけがこっそりと笑顔を向けて労ってくれる。
俺にとって、それだけで十分だ。
ちなみに、セシリアは学園を休んでいる。
艦長である彼女は戦闘終了後に報告書が溜まっているらしい。
勝っても負けても中間管理職は大変なのだろう。
『マスター。レクシー少尉からメールが届いておりマス。放課後、
腕時計型のウェアラブル端末から、AIのホタルが囁いてくる。
「……わかったけど、
『ホシヅキ・サクラのコードネームデス。彼女はヘルメス社の正式なエージェントなので、オーナーより与えられておりマス』
何だって!? シズ先生と同じ、もろ工作員ってことじゃん!
あれ? でも桜夢ってアルバイトで入社したんじゃなかったっけ?
いつの間に正社員になったんだよ……相変わらずブラック企業だな、ヘルメス社。
(ん? あの子……確か)
俺は桜夢の後ろ席に座る、女子生徒に視線を向けた。
ショートヘアの赤毛で綺麗な顔立ちをした赤縁の眼鏡を掛けた少女。
名前は『リズ・フォックス』さん、整備機械科に所属している。
俺と同様、無口で大人しく目立たない子だけど、その容姿から男子に人気が高く決してぼっちではない生徒であった。
彼女も桜夢と同様、イリーナに『宇宙アイドル』として無理矢理スカウトされてしまっていた。
どこで目をつけられたのか知らないけど……ある意味、不幸と言うべきか。
あっ、そういや、俺もマネージャーとして起用されたんだっけ。面倒くせぇ。
桜夢は振り向き、リズに向けて「昨日はどうも……」と微妙な表情で挨拶をしている。
俺も挨拶をするべきか……けど彼女、俺と目を合わせてもすぐに瞳を反らしてしまうんだ。
クラスでは陰キャぼっちだから嫌われているのかもしれない。
それに彼女、不幸の元凶であるイリーナと俺がタメ口で話しているところも見ていたしな。
なんて思われているんだろう……てか、イリーナが俺についてどこまで説明しているのかわからない。
下手に話かけて言及されたら、ついボロが出してしまいそうだ。
リズに無視されているなら寧ろ好都合か。
こちらからの接触は避けるべきだろう。
(……危ない、危ない。ついカムイ様と目が合ってしまいました。まったくイリーナ様の気まぐれで、せっかく存在を消しながら監視できていたのに、すっかりカムイ様に意識されてしまうとは……。まぁ、学園中にカムイ様用の監視カメラを設置しているから問題はないんだけどね。いざとなったら、000-Xのホタルさんも味方になってくれるだろうし。我ら『
ん? なんだろう……今、背後からぞわっと寒気が襲ってくる。
まぁ、いいか。
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