第52話 マルファス戦




 かれこれ数日前になる。


「――カムイくん、以前より脳内ホルモン、特に神経成長因子NGFタンパク質の分泌値が異常ね。通常なら脳内物質のバランスを崩して、日常生活に影響を及ぼしているけど……キミを見ているとその兆候はないようだわ」


 ケセド慈悲地区の軍事病院にて、俺は専属医である「長門ながと しず」こと、シズ先生に精密検査を受けている。


 あの“ベリアル”戦に勝利し、凱旋を果たした後――。


 シズ先生に誘導され、俺は半ば強引に病院へ行かされた。

 その時の先生は、普段に見られない血相を変えた表情だったのを覚えている。

 なんでもホタルから、俺のメディカルチェックの結果を聞いて酷く驚愕していたようだ。

 俺は彼女に「至急検査の必要があるわ」と強い口調で言われた。


 シズ先生曰く、あの戦闘後から俺の脳内は大変なことになっているらしい。


「先生、俺……どうなっちゃうんですか?」


「以前も説明したけど、精神が安定できなくなり攻撃性が高まったり、不安やうつ、パニック障害などの精神症状を引き起こすことになるわ。普通なら即入院レベルね」


「じゃあ、入院ですか?」


「……う~ん、必要ないかしら。NGFが分泌され、脳内が常に活性化することで興奮しやすい分、逆に落ち着くのも早いのよね……まだ、女を知らない筈なのに」


 いや、シズ先生がそういうこと言うから変な意味で興奮しやすいんじゃね?


 シズ先生は「わかったわ!」と言いながら、検査ベッドに寝そべる俺の手を握ってきた。


「……カムイくん、キミはやっぱり童貞を捨てるべきね。今すぐ入院よ。先生が個室用意しておくから安心して、絶対誰にも言わないから」


「け、結構です。もう帰らせて頂きます……すみません、はい」


 安心できるわけねぇじゃん。

 冗談でも勘弁してくれよ……いや、先生の目はガチだ。真剣に俺の貞操を狙っている。


 身の危険を感じた俺は、こっそりと検査室を抜け出した。


 ホタルに頼みイリーナにリムジンで迎えに来てもらう。

 イリーナは事情を知ると、凄い剣幕で「あの痴女がぁぁぁ!」とブチギレていた。


 シズ先生は医師としてはとても有能で、女性としても綺麗だしセクシーでおまけに優しいけど……やっぱり痴女なんだ。



 ――っとまぁ、そういう出来事があった。


 どうやら俺はあの戦い以来、脳内で何かが変わってしまったようだ。


 言われてみれば、前より感覚が鋭敏になった気がする。

 けど、シズ先生の診断どおり比較的に気持ちが落ち着くのも早いし、学園の環境も良くなったからか、大したストレスにはならなかった。


 まさか、最も信頼する最強AGアークギア“サンダルフォン”を操縦した状態で、それ・ ・を痛感させられてしまうとは――



『マスター、もう一体の“マルファス”が突撃をしようと徐々に距離を縮めて移動中……ここはオーナーの指示通り《ヴァイロン・システム》で挑むのもアリカト』


 ホタルは俺の違和感を感じ取ったのか、切り札である超高機動モードの使用を提案してくる。


 俺は首を横に振って見せた。


「――いや、たとえ2体の堕天使グレゴリルが相手だろうと、“サンダルフォン”ならノーマルでも十分に勝てる相手だ。それに《ヴァイロン・システム》は使用後に60秒間の強制冷却により行動が取れなくなってしまう……そのリスクの方が大きいだろう」


『イエス、マイ・マスター。敵、もう間もなく来マス――』


 俺はメインモニターに集中した。

 その身体から溢れる蒼白き光跡を残し、1体の “マルファス”が突撃を仕掛けてくる。


 冷静に脳をフル活動させ未来予測し、その進路方向に照準を合わせ、二連装式ツィンタイプ霊粒子小銃エーテルライフルを撃った。


 しかし“マルファス”も先を読んでいたのか、身体を傾転ロールさせ、二つの霊粒子エーテル弾をすれすれで回避する。

 AGパイロット達から「カミカゼ」と異名で呼ばれている通り、このまま突撃してくるかと思ったがそうではなかった。


 突進しながら“マルファス”は開かれた大口から高出力の霊粒子破壊砲エーテルブラストを発射させる。


 俺はアクセルペダルを蹴り、機体を半回転させ完璧に躱した。


「ぐっ!」


 が、つい声が絞り出てしまう。

 これは敵の攻撃に意表を突かれたとか、手強さを感じたからではない。


 事前に狙撃方向を察知してカウンター攻撃に備えるため、寸前で回避しようと操作するも、コマンド入力した時と実際の機体反応との微妙なズレを感じてしまう。

 他所から見れば完璧な回避に見えても、俺にとってはコンマ数ミリの遅れが苛立ちとストレスの苦渋へと繋がっていた。


 しかし“サンダルフォン”は他のAGアークギアと比べ、操縦設定も俺仕様で相当ピーキーに調整された筈なのに……それでも機体追従性に不満を感じてしまう。


 やっぱり俺が問題なのか?


「どちらにせよ、まず1体だッ!」


 俺は気持ちを切り替え、トリプルカウンターの霊粒子エーテル弾を放った。



 ドォウッ!



 今度は確実に“マルファス”を捉える。体内の『星幽魂アストラル』を貫き、撃破に成功した。


「残る1体は!?」


『たった今、軌道を変え逃走しマシタ! 他のFESMフェスムと交戦している、AGアークギア部隊がいる方向へ移動中!』


「なんだと!? クソッ、“サンダルフォン”を諦めて、一人でも多くの人間を仕留めようとしているのか! 奴を追うぞ、ホタル! AGアークギア部隊と接触する前に始末する!」


 俺は無傷で快勝したが、あくまで“マルファス”は爵位FESMロイヤル級の《堕天使グレゴリル》に識別される強力なFESMフェスムだ。

 

 並のAGアークギアとパイロットでは歯が立たない。

 必ず多くの機体が餌食となるだろう。

 でなくても前回の戦闘で有能なパイロット達を多く失い、ゼピュロス艦隊は人員不足だっていうのに……。


『しかし、マスター。大分距離が離れてしまってイマス。90%の確率でAGアークギア部隊との接触は免れないと予想されマス』


「まだ手はある!――ホタル、《ヴァイロン・システム》発動ッ!」


『COPY! VAIRON SYSTEM START UP――』


 俺の意志に反応し、“サンダルフォン”のデュアルアイが赤く発光する。

 漆黒の外部装甲が次々と展開され切り離パージされていく。


 無骨だった外装から、すらりとした六枚の翼を持つ“漆黒の熾天使セラフ”へと変貌を遂げた。


 制御リミッターが解除され、各部の関節部分と軽装甲の溝部分から、赤光の霊粒子エーテルが眩く輝き昇華され蒸着される。


 ――《ヴァイロン・システム》を発動させた、最大稼動モードの“サンダルフォン”。


「GO!」


 俺はアクセルペダルをベタ踏みし、測定不能レベルの最大出力で、逃走した“マルファス”を追跡する。


 機体は流星の如き神速で直線状の赤い軌跡を描き、あっという間に“マルファス”に追いた。


 そして奴の頭上へと迫る。


「逃がすかァッ!」


 武器の切り替えセレクターを行い、霊粒子刀剣セイバーブレードに持ち替える。

 そのマンタのような平べったい体躯に目掛け、袈裟斬りに振り下ろした。


 硬いかに見えた“マルファス”の甲殻が『星幽魂アストラル』ごと、果実の如く鮮やかに切断される。



 ドウッ!



 血飛沫を彷彿させる蒼白い霊粒子エーテルの散開と共に、“マルファス”は消滅した。


 撃墜に成功した俺は、“サンダルフォン”を停止させる。

 機体は強制冷却モードに移行された。


「……ふぅ。なんとか戦線に入られる前に仕留めたか。身動きがとれない冷却中でも、この距離ならそう狙われることもないだろう……」


『イエス、マスター。AG部隊も健闘し、FESMフェスムを殲滅しておりマス。“サンダルフォン”が先陣を務めた影響は大きいデス』


「……そうか、それは良かった。じゃあ、任務終了だな。動けるようになったら帰還しよう」


『COPY。お疲れ様です、マイ・マスター』


 ホタルから労われた後、冷却モードが終了する。

 本機は主力戦艦“ミカエル”に帰還した。



 ちなみに切り離した外部装甲は、戦闘終了後に回収隊が拾ってヘルメス社に届けてくれるだろう。

 特に絶対防衛宙域である太陽系は汚さない。それが国連宇宙軍の良いところでもある。


 しかし今回の戦い……特に大きな損傷はなかったものの。


 俺と“サンダルフォン”にとって大きな課題を残したようだ。



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