第50話 宇宙アイドルユニット




 俺の主張に、レクシーは困ったような表情を浮かべる。

 世話になっている先輩だけに、少し胸がズキッと疼いてしまった。


「……わかった。無茶を言ってすまない。私もこういう性格だし家柄もあるから……頼れる人間はそういなかったものでな。どうか許してほしい、星月もな」


 レクシーは頭を下げて謝罪してくる。


 確かに美人だし誰もが憧れる先輩だからな。

 おまけに今じゃ正規軍人の少尉として扱われている。現役の学生じゃ異例の出世だろう。

 その背景もあり、誰かに頼られることがあっても、彼女から頼れる生徒はいなさそうだ。


 あと家柄って「ガルシア家」か?

 確かヘルメス社と並ぶ軍需産業で有名な大企業であり、彼女は財閥の令嬢らしいからな。 


 それにレクシー自身も、他人に弱味を見せるような女子じゃない。

 いつも凛として毅然に振舞う騎士のような先輩であり教官だ。


 きっとレクシーの無茶ぶりは、唯一俺だけに見せる弱い部分であり、それだけ俺を頼りにしてくれているってことだろう。

 そういや“デュミナス”で実戦に赴く前も、こうして相談されたっけな。


 ……仕方ないかな。


「わかりましたよ、レクシー先輩。付き添うって形なら、俺で良ければいいですよ」


「本当か? 助かる……ありがとう、カムイ」


 レクシーは柔らかく微笑み、青い瞳を潤ませている。

 ほんのりと頬を染めて、他の男子生徒には絶対に見せない表情。


 うっ、可愛い……この先輩、こんな表情もできるのか。


「わたしも絶対に行きますからね!」


 桜夢は頬を膨らませながら語気を強めて言い切る。

 さっきまで控え目に言ってたのに、やたらその気になっていた。

 心なしか怒っているのようにも見えるのだが……なんか俺に対して。


 はっきり言って気乗りしないが、次の日にハヤタの様子を見に行くことになった。



 それからレクシーと別れ、俺は桜夢と共に芸能科がある教室へと向かった。

 当然、初めていく所であり何故か緊張してしまう。


 途中、廊下で何人かの男子生徒と通り過ぎる。

 やたらハイテンションに会話しているのが気になった。


「あの真っ白い子、誰!? 凄げぇ綺麗で可愛かったな!」


「この制服着ていたから間違いなく、この学園の生徒だろうけど……あんな神秘的な子、いたっけ?」


「やべぇ、俺ぇ、絶対にファンになっちゃう!」


 真っ白い子? 神秘的? 誰のこと言っているんだ?


 彼らは陰キャの俺と桜夢が二人で歩いているにもかかわらず、目もくれず去って行く。

 

 まぁ、いいか。関係ないし。

 そう割り切ることにした。


「確か芸能科って校舎の外れの教室だったよな?」


「うん、この辺りだと思うけど……カムイくん、あれ」


 桜夢がある教室に向けて指を差した。

 奥側の教室であり、扉の前に黒服の男が二人、腕を後ろに組んで立っている。

 スキンヘッドにサングラスを掛けており、大柄で屈強そうな男達。さもプロのボディーガードって感じだ。


 つーか、あの人達って……。


「――ヘルメス社のボディガードだ」


 何度も顔を合わせたことのある俺が真っ先に気づいた。

 確か「アギョウ」と「ウンギョウ」って名前らしい。


「これは弐織様、お勤めご苦労様です」


「お待ちしておりました。ささ、こちらの方へ。星月殿も、あの方がお待ちです」


 見た目は厳ついのに、とても丁寧な口調と対応で中へと通される。

 にしても「あの方」ってやっぱり……。


「待っていたわよ、サクラ。それに、カムイ」


 イリーナだ。

 何故か、コクマー学園の制服を着て椅子に座って堂々とふんぞり返っている。


「……イリーナ、どうして学園にいるんだ? それにその格好は?」


「私も今日付けで、この学園の生徒になったのよ。古鷹艦長と真逆の感じでね。つまり、午後限定の生徒ってわけ。それと芸能科のプロデューサー兼教育係でもあるからよろしく」


 んな無茶苦茶な……っと言いたいが、理事長を脅して無理矢理に専修科目を作ったような子だ。

 最早なんでもありなのだろう。


「それで社長……わたしは何をすれば?」


 桜夢が怖々と聞いている。


「そうね。まずは貴女と組むユニット・メンバーを紹介するわ――出て来なさい」


 イリーナがパチンと指を鳴らすと、仕切られたパーティションから、二人の女子生徒が姿を見せた。


 一人は小柄で華奢な東洋人系の少女だ。中等部の制服を着ている。

 お団子のツィンテールで、小さな鼻梁と唇にくっきりとした大きな黒瞳が印象的だ。

 彼女の名は『シャオ・ティエン』、15歳で中等部では情報総合科に所属しているらしい。


 もう一人、ショートヘア赤毛の少女。同じ高等部で第102期生の制服だ。

 赤縁の眼鏡を掛けており、レンズ越しに綺麗な二重で茶色の瞳を覗かせている。

 すらりとした身長に、小顔で均等のとれたボディスタイル。


 この子は知っている。

 というより同じクラスの子だ。


 確か名前は『リズ・フォックス』、整備機械科の女子だ。


「……リズさんもヘルメス社の社員だったの?」


 顔も知りの桜夢が尋ねた。


「違うわ、星月さん……いきなり職員室に呼び出されたら、この白い子がいて『貴女、今日から宇宙アイドルよ。拒否権ないから』って言われたの」


 まるで悪質なドッキリだな。強引すぎて笑えもしない。


「そのシャオって子は?」


「ワタシィ、いきなり声を掛けられて秘密を強請られ……じゃなかった、誘導されて高等部に連れて来られたネ。早く中等部に帰りたいヨ」


 訛りのある独特のイントネーションでシャオは答える。

 てか、何やらヤバイ感じで強引に連れて来られたようだ。

 可哀想に、あまりにも杜撰で酷過ぎる。


「大丈夫よ、サクラ。二人の両親には説得済みよ。色々と好条件を出したら涙を流して娘達を送り出してくれたわよ」


 結局、財力でモノを言わす豪腕社長……もうヤベーよ。


「社長、二人ともわたしと違って納得しているようには見えないんですけど……」


「問題ないわ。習うより慣れろよ」


 いや、意味が違うと思うぞ。

 しかしイリーナは話を続ける。


「安心して、私も同じユニットに入るわ。まだユニット名は決めてないけど、当面は四人編成で活動するからね」


 なるほど、桜夢一人じゃなく少数のユニットを組んで、宇宙アイドル活動を行うわけだな。

 それなら彼女も安心だ……って、あれ?


「おい、イリーナ、私も同じって……お前もアイドルするのか?」


 初対面のシャオって子の前ならともかく、クラスメイトのリズさんまでいるのに、つい素で聞いてしまう俺。


「そうよ。弐織カムイ、貴方はマネージャーとして起用してあげるから感謝しなさい」


「ええ!? 嫌だよ、聞いてないよ! 勝手に決めんなよ! そもそもアイドルのマネージャーなんてやったことないんだからな!」


「別に形上だけでいいわ。この教室は基本トップシークレットで部外者の立ち入りは禁止よ。何か名目があった方が、貴方も芸能科に出入りしやすいでしょ? 誰かに何か言われたら、私に無理矢理参加させられたと言いなさい」


「……うん、まぁ形上だけならいいかな」


 やっぱり桜夢のことは心配だからな。

 イリーナの奴、何を考えているかわからないし……。


「決まりね(これでカムイと一緒に過ごせる時間も増えるし、リズこと「リサ」と共同して強者のサクラを監視する上でも都合がいいわ……フフフ)」


 やっぱり何か企んでそうだな……胡散臭いったらありゃしない。

 

 その時だ。


 左手首に装着された、腕時計型のウェアラブル端末機が激しく振動する。

 俺は彼女達から少し離れて着信に出た。

 

「どうした、ホタル?」


『イエス、マスター。戦艦“ミカエル”から要請デス。「巡視船より約1万キロ先に、ホワイトホールの反応アリ。これより戦闘態勢に入るので至急乗船して待機してほしい」とのコト』


「ん? イリーナはここにいるぞ。“サンダルフォン”は積んでいるのか? それに俺は雇用主である彼女からの指示がないと動けない」


『イエス、“サンダルフォン”修理済みであり、ヘルメス社の専用格納庫ハンガーに待機されてイマス。それに出撃要請権は未だ古鷹艦長に一方化されたままデス』


 前回の戦闘から継続されたままなのか。

 ……セシリアだから問題ないけどね。


「わかった、すぐ行くよ。イリーナの端末にも情報を送ってくれ」


『COPY』


 早速ホタルより、イリーナのタブレットにデータを転送する。

 彼女はそれを見て「そっ」と素っ気なく相槌した。


「今日は顔合わせだけだから、お開きにしましょう。弐織カムイ、貴方は私との雇用契約があるから一緒に来なさい」


「はい、わかりました」


 流石、イリーナ。こういう時は上手く締め括ってくれる。

 

 それからみんなと別れ、俺はイリーナと一緒にリムジンに乗り込み、そのままケテル王冠地区にあるドックへと向かう。




 主力戦艦"ミカエル"に乗り込み、 “セフィロトコロニー船”との連結が解除され、ゼピュロス艦隊は航行した。


 人類の宿敵FESMフェスムが出現するとされる「絶対防衛宙域」へと――。



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