第49話 教官からの無茶ぶり
「……ねぇ、カムイくん。今、呟いた人って……」
隣席のセシリアが制服の袖を引っ張ってきた。
どうやら俺の独り言を聞かれてしまったようだ。
「ああ、ハヤタのことだよ。あいつ、ずっと休んでいるから、つい……ね」
きっとセシリアも優しい性格だから奴のことが気掛かりなのだろう。
「ハヤタって誰? あたし、その人知らないんだけど~」
ええ!? 艦長ってば、もろクラスメイトだろ!?
しかも学園の女子人気三位の男だぞ!?
古鷹セシリアは自分の興味がある相手以外は一切記憶に残らない艦長なのだと、俺はこの時初めて知った。
「星月ちゃ~ん、セシリアちゃ~ん、おはようサンキュー!」
アルドが腰を振りながら近づいてくる。
ところで「おはようサンキュー」って流行っているのかよ?
しかしこの野郎……ハヤタが居ないことをいい事に、自分が学年カースト一位になったと思い込み、最近益々調子に乗っている。
以前よりも、やたらと自分を売り込むようになった。
「おはよう、アルドくん。もうじき授業が始まるから早く席についた方がいいよ」
桜夢は礼儀正しい日本人らしく建前上の挨拶をしつつ、何気に塩対応だ。
遠回しに「あっちに行け」と言っている。
「貴方のことは覚えているわ。いつも騒がしく鬱陶しい人だからね。名前は忘れたけど、思い出すだけ脳細胞の無駄ね」
セシリアに至っては言動や態度共に悪意だ。
俺ならこんな美少女達に冷遇を受けた日には、確実にメンタルをやられるだろう。
「二人共きちぃ~なぁ。俺ぇ、アルド・ヴァロガーキ様だよぉ? 今じゃ学年トップの英雄だよぉ、なぁ、ユッケ?」
「ん? あ、ああ……そうじゃね」
イキるアルドに反して、後ろに立つユッケは冷めたような返答をしている。
以前はノリノリだったのに、辛うじて一緒につるんでいるってように見えた。
嘗て三バカトリオの一人、カッズを失ってからすっかり二人の関係性がぎくしゃくして、寧ろ悪くなっているようだ。
まぁ、アルドは然程気にしてない様子だけどな。
一方の桜夢とセシリアは「へ~え」と言いながら、それ以上は無視と決め込んだ様子だ。
「……まぁ、いいや。んじゃねぇ~、星月ちゃんにセシリアちゃ~ん♪」
アルドはくねくねと腰を振りながら、自分の席に戻って行く。
以前は去り際に俺のこと睨んでいたが、今はそれがない。
きっと自称カースト一位になったとことで、俺なんかに関わっていられないと思ったのだろう。
それはそれでストレスにならず有難いことか。
午前の授業が終わり、午後の専修科目である操縦訓練となる。
レクシーが教官として教室に入ってきた。
以前は副教官としてキーレンスも一緒だったがリタイアしたことで、今は彼女一人で切り盛りしている。
傷は癒えたとはいえ忙しそうで大変だ。
「皆、集まっているな……ハヤタは今日も休みか」
レクシーはタブレットで出席を確認して呟く。
一応、教育係として師弟関係を持つからか、どこか寂しそうに見える。
そして整列する俺達、第102期生も若干数が減っていた。
前回の戦闘で学徒兵として志願した生徒のうち何名か戦死したからだ。
人類側の勝利とはいえ、快勝したとは決して言えない。
戦場である以上、誰かが散り誰かが生き延びる。
それが
桜夢じゃないけど、いつまでも学生気分でいると生き延びることはできない。
ようやくそのことに気づき始めたのか、殆どの生徒が真剣に
奴以外は……。
「やりぃ、俺ぇ、またハイスコアで1位~! 超余裕ッ!」
アルドはガッツポーズで訓練装置から出てきた。
「うむ、
レクシーは称賛しつつ皮肉を交えて評価している。
まさにその通りだと思った。
以前なら拍手喝采で一緒にはしゃいでいた連中も、今では冷めた眼差しでパチパチと手だけは叩いている。
仲間であるユッケに関しては「チッ」と舌打ちしていた。
俺は相変わらず手抜き戦法で
成績は25位、真ん中辺りで狙い通りだ。
既にレクシーには俺の正体が知られているので、何も問われることなくスルーしてくれている。
いつもなら嫌味なことを言ってくるアルドも、自分の順位に酔いしれているのか無視された。
ふむ、少し複雑な気持ちだけど……静かなのは良いことだ。
案外、俺にとっては環境が改善されたかもしれない。
一方で桜夢はステージをクリアしたものの、順位は6位だった。
「どうした星月? 随分と控えめというか……後退して遠距離攻撃ばかりしていたように見えたが?」
「はい、教官。自分なりの戦い方を模索しようと試みまして……そのぅ、狙撃なら自信があるかなっと」
確かに桜夢の射撃は正確で目を見張るものがある。
何せ、あの“ベリアル”を相手に一撃を与えたほどの精度だからな。
「なるほど
「はい!」
うん、美少女の二人だけに、なんて微笑ましいやり取りなんだろう。
周囲も桜夢を見習い、訓練を通して自分の得意な戦い方を模索するようになっている。
緊張感のある雰囲気、これが本当の訓練ってやつだよな。
いや、今までがどうかしていたんだ。
こうして訓練が終わり帰り際、俺はレクシーに声を掛けられた。
「カム……いや弐織」
レクシーは、まだ他の訓練生が居るのを見て苗字の方で呼ぶ。
「はい、レクシー教官」
「少し話があるから、残ってもらって良いか?」
「はぁ……けど僕、先約がありまして、はい」
小声で言いながら、待っている桜夢をチラ見する。
レクシーは僅かに顔を顰めながら、「……デートか。まぁいいだろう」と呟いた。
別にデートじゃないし、勘違いしないでくれよ!
「……芸能科に行くんですよ。ほら、イリーナの」
「ん? ああ『宇宙アイドル』とかいうアレか……イリーナは気まぐれだから大変だな。そのう、5分だけでいいんだが、星月が一緒でも構わない」
「うん、それならいいですけど……」
了承しながら、桜夢にアイコンタクトを送り呼んだ。
レクシーから「是非、星月にも聞いてほしい」と言われ、彼女は了承した。
それから教室には俺達三人だけとなった。
俺は伊達眼鏡を外し、素の状態となる。
「それで、レクシー先輩。俺達に話ってなんですか?」
「うむ、やはりカムイはそっちの方がいいな……実はハヤタのことなんだが、戦線から戻って来てから、ずっと学園を休んでいるのは知っているだろ?」
「ええ、クラスメイトですから」
「訓練科の担当教師から言われてな……教育係として、一度ハヤタの様子を見に行ってほしいと。このまま休んだままだと、キーレンスの二の舞となってしまうとのことだ」
あんな無駄熱血でも学年で優秀な成績を誇る訓練生だ。
教師だけでなく、軍の上官からも将来を期待されているらしい。
早い話、教育係を担っているレクシーにハヤタを説得し学園に復帰させろという命令が下ったようだ。
「それで俺にどうしろと?」
「明日にでも、私と一緒に様子を見に行ってほしい。できれば一緒に説得してほしいのだ」
「はぁ、俺がぁ?」
「そうだ。正直、私だけだと説得する自信がない。いつまでもウジウジしている態度は好きじゃなんだ。ついイラっとして、ハヤタを殴ってしまうかもしれん……だから温厚そうな星月も一緒にどうだ?」
ちょい、この先輩ってば何言ってんの?
「待ってくれよ! どうして俺が……あいつとなんて何の接点もないよ! ろくに会話したことすらないし!」
「わたしは別に構いませんが……お役に立てるかどうか。でもハヤタ君って男子寮ですよね? 女子のわたしでは入室は厳禁の筈ですけど……」
「星月よ、一応は私も女子なのだが……まぁ上官を通して入室の許可は得ている、安心してほしい。本当ならハヤタが最も憧れていたロート少佐などが適任なのだが、生憎殉職されている方だし……他にハヤタを説得できそうなエースパイロットといえば、カムイくらいしか思つかない。奴は以前から“サンダルフォン”とそのパイロットにも一目置いていたからな」
「レクシー先輩、俺が“サンダルフォン”のパイロットだって誰にも知られちゃ駄目なんですからね! それに先輩だって知っているでしょ? ハヤタにとって、俺はあくまでクラスメイトで陰キャっていう認識だ。説得も何もあったもんじゃない!」
陰キャぼっちとして認識されている俺じゃ、余計ハヤタのプライドに傷をつけてしまうかもしれない。
そもそも自分より底辺だと思っている奴に慰められて喜ぶ奴がいるか?
まったく無茶ぶりにも程があるわ!
……などと、思いながらもどこか後ろ髪が引かれてしまう俺もいた。
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