第48話 戸惑う環境の変化
イリーナから指示を受け、立体映像の
『御意、すぐに準備いたします。それと「星月 桜夢」の件ですが……』
「ええ、『宇宙アイドル・プロジェクト』ね。午後の放課後コクマー学園に行くわ、プロデューサー
『……わたくしもですか?』
「そうよ、サクラ一人じゃ不安でしょ? 貴女も器量は素敵なんだから選抜した他の子と共に、しばらくユニットを組んでもらうわ」
『ぎょ、御意』
イリーナに命じられ明らかに嫌な顔をする、リサ。
「まぁ、これもサクラをアイドルとして導くためよ……あの子、とても素直でいい子だけど同時に一番の脅威でもあるわ……あんなカムイの優しい笑顔、私にだって滅多に向けてもらえないのに……」
要するに桜夢を監視しろという意味らしい。
やはりイリーナにとって人類の存続云々より、あくまで『弐織 カムイ』を中心に動いているようだ。
**********
「おはよう、カムイくん」
「おはよう、桜夢」
早朝、俺はコクマー学園に通学するため歩いていると背後から声を掛けられた。
「このまま一緒に学園に行こう」
「え? う、うん……いや、そのぅ」
つい曖昧な返事で誤魔化してしまう。
本心では一緒に登校したいのは山々だけど、桜夢はその華やかさから目立ちすぎる。
ガチでアイドル並だからな。
朝から二人っきりで歩いていると絶対に他の生徒達に見られ、変な勘繰りがされかねない。
特に同じクラスのアルド辺りから……「陰キャの癖に~」ってな感じで。
そうなれば、また俺のストレスになってしまう。
でも無碍に断るのもな……なんか違うと思う。
そう迷走してしまった感じの返答だった。
けど、桜夢は勘の良い子だ。
俺の曖昧な反応で「ハッ」と口元を押さえている。
「ご、ごめんね……わたしったら何も考えないで、つい」
「いや、桜夢は全然悪くないよ……俺の問題だから、どうか気にしないでくれ」
「……うん」
桜夢は頷くも、しゅんと俯き寂しそうだ。
やばい……久しぶりの罪悪感で胸が締め付けられる。
これはこれでガチストレスなんだ。
俺もいっそ周囲なんて気にしなきゃいいのに……いくらメンタルは強くても脳が、それを受け付けない。
特にナノマシンを注入してない素の状態だと余計に。
あの“ベリアル”と戦ってから、さらに機敏に酷くなったような気がする……。
シズ先生にも「落ち着くのが早くなった分、逆に脳波が激しく乱れやすくなっている」と診断を受けているんだ。
そう俺が戸惑っている中、誰かが近づいて来た。
「おはよ~、カムイく~ん! 桜夢ちゃんもおはようサンキュー!」
セシリアだ。陽気な声で近き挨拶をしてくる。
ところで、ここは「おはようサンキューって何よ?」と、ツッコむべきか。
にしても普段は軍用車での通学なのに徒歩とは珍しい。
ん? よく見たら、セシリアが歩いて来る背後の方に、一台の軍用車が停車している。
そうか、きっと俺の姿を見て、わざわざ降りて来たんだな。
しかも運転手は、副艦長のオリバー中佐だ。
ウィンドウを開けて、相変わらず俺の方を睨むようにじっと凝視している。
あの副艦長、どういうわけか、俺のことを毛嫌いしているんだ。
オリバー中佐は俺をガン見しながら、ウィンドウを閉めて軍用車を走らせていなくなった。
もうなんなのよ? さっぱり意味わからん……マジ勘弁してほしい。
「おはよう、セシリア」
気を取り直して挨拶をする。
「えへへ、朝からカムイくんに会えて嬉しいなぁ。ねぇ、三人で一緒に登校しょ、ね? いいでしょ、桜夢ちゃん」
「えっ……?」
桜夢は「いいの?」と訴える眼差しで、俺の方を見つめている。
その仕草に胸の奥がきゅっと絞られつつ、笑顔で頷いて見せた。
セシリアが普段から俺に対して何かとちょっかいかけていることは、同じクラスの連中なら誰もが知っていることだからな。
たとえどんな生徒だろうと、現役の主力戦艦“ミカエル”艦長であり大佐である彼女に誰も文句は言えない。大抵は見て見ぬ振りだ。
したがって目立つ桜夢との三人なら、俺はいい感じで存在が薄れるってものさ。
そう思惑を抱き了承する俺の返答で、桜夢の表情は花が咲いたように明るくなる。
「うん! ありがとう、セシリアさん!」
「そ、そう? なんかこっちからお願いしているのにお礼言われるのも違和感あるけどね……まぁ、桜夢ちゃん可愛いからいいか~」
「いや本当助かったよ、セシリア……俺も目立つと色々困るからさ」
「カムイくんまで? そう言えば前々から聞きたかったんだけど、どうしていつも人目を避けてきるの? あの悪役令嬢(イリーナ)の命令?」
セシリアは不思議そうに首を傾げている。
そういや彼女は、俺が“サンダルフォン”のパイロットであること以外の事情は知らなかったんだ。
別に言うべきことでもないしな……。
「まぁ、色々あって……あのクラスに馴染めないのもあるけど、陰キャぼっちだし」
「ふ~ん。でも今は『ぼっち』じゃないでしょ? あたしや桜夢ちゃんもいるんだし、ね?」
「う、うん……ありがとう、セシリア」
本当に前向きで性格の良い艦長だ。
俺の苦しい言い訳にも細かく言及せず受け止めてくれる。
思わず感謝だな……あっ、俺、初めて戦闘中以外でセシリアのこと見直したかもしれないぞ。
そんなセシリアになら、俺がストレスを溜められない事情を話していいかもしれない。
けど彼女は一応、“サンダルフォン”の出撃発令要請権を持つ艦長。
俺の症状を知ったら、いざって時も出撃要請を躊躇したり、何かと気を遣われてしまいそうだ。
そこはドライに割り切ってほしいのが本音だな。やはり伏せておいた方がいいだろう……。
などと考えながら、三人で歩き出した。
「そう言えば、桜夢。あれからイリーナから何か言われてないか?」
「ん? カムイくん、なぁに?」
「いや、ほら例の『宇宙アイドル』なんちゃらってやつ」
「うん、今日の操縦訓練科が終わったら、そのまま芸能科の教室に来なさいって言われているの……」
芸能科か……以前から何気にしれっと存在する謎の学科だったけど、まさかイリーナが理事長を脅して無理矢理に設立させていたとは思わなかった。
まったく何を考えているのやら……。
「そうか。なんだったら、俺も付き添っていいか? 下手なことされそうだったら止めに入るから」
不安そうな表情を浮かべる、桜夢に対して提案してみる。
俺のことに関しては世話になっている手前、イリーナには何も言えないけど、桜夢に関しては話が別だからな。
いざとなったら、ガッツンと言ってやる……っと思う。
「ありがとう、カムイくん。初めてだし、傍にいてくれると嬉しいなぁ」
「じゃあ、決まりだな」
「あのぅ、カムイくん……」
不意にセシリアが声を掛けてくる。
「なんだい?」
「あたしも
「いや無理だし……逆に俺が返り討ちにされるだけだよ。ゼピュロス艦隊を指揮する艦長なんだから、そこは気合い入れて頑張らないと……」
俺の否定的な言葉に、セシリアはぷくぅと頬を膨らませる。
「もう、いいよ! だったら傷ついた時、あたしを癒してよ!」
「……いつものノリでよければ、はい」
「きゃ、やりぃ。えへへ~、やっぱカムイくんは優しいな~」
不機嫌だと思ったら急に上機嫌になる、相変わらず感情の起伏が激しい艦長だ。
「いいなぁ、セシリアさん……」
いや桜夢、羨ましがるところじゃないぞ!
セシリアの癒しは、ただ俺を観賞植物の如くガン見するだけだからな!
ところで彼女達は俺に何を求めているの?
こうして密かにだが、少し前では考えられないほど、俺の取り巻く環境が変わってきている。
戸惑いもあるけど悪い気はしない。寧ろ嬉しいと感じてしまうわけで……。
けど環境が変わったのは、俺の身の回りだけではなかった。
学園に登校した俺達は、そのまま教室に入り自分の座席へと座る。
何気に周囲を見渡した。
「――今日もハヤタは休みか」
つい小声で呟いてしまう。
学年カースト一位だった「ハヤタ・セバスキー」は、例の“ベリアル”戦以降すっかり自信を無くしてしまい塞ぎ込んでいる。あれからずっと学園を休んでいた。
かれこれ一週間は経つだろうか。
このまま休み続ければ、いずれ単位が取れなくなり、キーレンスのように地球へ強制送還もあり得る。
まぁ、あんな無駄な熱血野郎なんて友達でもなんでもないからな。
正直、俺には関係ないし、どうにかできるような関係性もない。
けど、これまで歯牙にもかけられなかったこともあり、特別あいつに嫌なことをされた覚えもないのも事実だ。
しかし俺はさっきから何を気にしているんだ?。
ただ俺は、クラスメイトの不調に懸念しているだけで……。
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