第二章

第47話 プロローグ - 賢者会議




 刻は地球時間で深夜となるだろう。


 現在、国連宇宙軍と政界の選ばれし有力者トップのみで開催される、「賢者会議」というリモート会議が開催されている。


 政治・経済・軍事などあらゆる面から支配する彼らは、『賢者会』という決して明るみになることはない闇の組織に属しており、事実上地球を含む太陽系を管理し支配する者達で創設された秘密結社であった。




『――まさかFESMフェスム側があのようなモノ・ ・を導入するとはな』


堕天使グレゴリルの“ベリアル”ですな。明らかに、あのAGアークギアを意識して創られたと思われます』


『……“サンダルフォン”か』


『まったく、ヘルメス社のヴィクトル氏と、その小娘が余計なモノを持ち出すから……』


『だが我ら国連宇宙軍の地位を維持するには必要な機体ではありますな』


『しかし、あのAGアークギア……本体は100年前にもろ鹵獲したアレ・ ・だろ?』


『実は奴らはアレ・ ・を回収したいんじゃないのか?』


『その為のベリアル戦だったとでも?』


「――かもしれませんね」


 場にそぐわない甲高い綺麗な声と共に、パッと各代表者が映し出されるモニターから別のウィンドウが開き、そこから美しい白き少女の顔が浮かび上がる。


 イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナである。


 突然、「白き妖精」の登場に会議場が異様にざわつく。


 彼女は毅然とした表情で軽く咳払いをして場を治めた。

 たかだか14歳の少女に、人類の最高トップ達が一斉に静まり返る。


 イリーナは「では」と前置きをして見せた。


「この度の“ベリアル”の件は想定内です。“デュナミス”も試作段階ですし、今回の件で一定の成果と戦闘データが得られたことでしょう」


『スターリナ嬢、確かそうだが……我々としてはFESMあちら側とは今の距離間が丁度いいと思っている』


『人類の天敵がいるから、今の国連宇宙軍が存在する価値があるのだからな』


宇宙そらから地球を見下ろす優越感、このヒエラルキーを維持するために……』


「……貴方がたの欲望に興味はありませんわ。私は父の意志を継いで、ヘルメス社を維持し“サンダルフォン”の導入に至っているのですから。我が社はあくまでもFESMフェスム殲滅をモットーとします」


『わかっている……スターリナ嬢。連中・ ・の正体を知れば、否応でもそうなるだろう』


『だからこそ、キミの父上とヘルメス社には感謝しているつもりだ』


『こうして「賢者会」に、キミを会員メンバーとして招いているのも、その誠意のつもりなのだが?』


「そうですね……そこは感謝しております。しかしFESMフェスムはあくまで人類にとっての敵であり、私達の戦いはあくまで『聖戦』であること。個人の私欲に駆られて、それを忘れてしまっては滅びますよ」


『……聖戦か』


『スターリナ嬢の言う通り、太古の支配者が送り込んだ監視者である「FESMフェスム」にとっては、我ら人類は地球を蝕む「バクテリア」のような存在』


『――100年前。FESMフェスムが地球から追い出せたのも人類が勝利したからではない。FESMフェスム自ら地上から出て行ったのだ』


『その通り。人類を狩り尽くし、地球環境が保全できると見込んだまでのこと……』


『確かに大勢の人口を失った。おかげでピーク時に比べれば地球の環境も良くなっただろう』


『……だが我ら人類は諦めなかった』


『特にキミの父親はね……イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナ』


 イリーナは力強く頷いて見せる。


「そう、『太陽系境界宙域防衛計画』も父が立案した計画。禁断の果実知恵の実を持った我ら人類を軽視したFESMフェスムという『支配者の手駒』の侵入を断絶させるためです」


『そして案の定、我らが宇宙へ上ったこと……また地球上の復興が進むにつれ、再び汚染が進むと考えた奴らが再び太陽系に現れたか……』


「はい、しかし時すでに遅し――今度は我ら人類が進撃する番だと思っております! それが父の亡き意志であり継承されし《記憶》なのですから!」


『継承されし《記憶》……知識ダアト地区エリアに宿る《知恵の実》か。先人のヴィクトル氏といい、キミらスターリナ家がこちら側・ ・ ・ ・に来てくれたおかげで、我ら人類は戦う術が得られたようなもの……今でも謝恩の念でいっぱいだよ』


『だが勝てるのかね? スターリナ嬢……相手は本物の「神の使い・ ・ ・ ・」だぞ?』


『左様……我らは皮肉って艦隊名やAGアークギアに「天使・ ・」の用語を用いられているが、あっち側が本家本元だろ?』


「問題ありません!」


 イリーナはきっぱりと言い切る。

 その鮮やかな赤い瞳は確たる自信と決意を宿らせ輝いていた。

 彼女の脳裏にはある男の姿が浮かんでいる。


 この世で最も信頼し、そして愛する者――


 イリーナにとって唯一無二の存在。


「そのための最強AGアークギア、堕天使“サンダルフォン”! その機体を操る、『弐織カムイ』という最強のエースパイロットです! 必ずや私達人類が『神』との戦いに勝利をもたらしましょう!」






**********



 リモートを切り、「賢者会議」が終えた。


「……ふぅ、もう明け方ね」


 イリーナは溜息を吐き、革製の椅子の背にもたれかかる。

 背後の大開口窓ガラスから疑似太陽に照らされた朝陽が注がれている。


「このまま休むと、またカムイに『お寝坊さん』扱いされてしまうわ……」


『おはようございます、イリーナ様』


 デスク上に立体映像上として忠実な近侍ヴァレット、リサ・ツェッペリンの顔が浮かぶ。


「おはよ、リサ……私はこれから寝るけどね」


『「賢者会議」ですね。夜通しお疲れ様です』


「大したことないわ。それより、年寄り達は緊張感がなさすぎて呆れちゃう。中にはFESMフェスムの存在を軽んじ、自分らの権威と保身しか考えてない者もいるわ……この戦いで国連宇宙軍が敗北すれば、今度こそ人類が滅びるというのに……何が『賢者』よ。バカばっかね」


『……イリーナ様は亡き旦那様の意志を引き継ぎ、彼ら・ ・をどう導かれるのですか?』


「あんな俗物共を導くなんて不可能よ。私はお父様と違って、人類に対してそこまで寛容ではないわ……寧ろ思考は奴らFESMフェスムに近いかもしれない」


『イリーナ様……』


 投げ遣りな主の言動に、リサは悲しそうな表情を浮かべる。


 イリーナは姿勢を正し、フッと気丈に微笑んで見せた。


「安心しなさい、リサ……私は全ての人類を見限っているわけじゃないわ。中には守る価値に値する者もいると思っている、まぁ千差万別ね。それに好きな人間もいるわ……貴女にサクラ、古鷹艦長、一応はガルシア家のレクシーも入れておくかしら……それにカムイ。だから私は戦う、自分にとって大切な者と居場所を守るためよ。そのためにお父様の《記憶》を受け継いだのよ」


『はい……(けどほとんどカムイ様を中心に動いているようですけどね)』


「だから近日中に禁止区域に行くわ。準備して頂戴」


『禁止区域、ダアト知識区域ですね。神の真意こと「禁断の実」を意味し、《知恵の実》が宿る場所……』


「そっ、久しぶりにお父様・ ・ ・に会いに行くわ……これから“サンダルフォン”を強化させるためにね」


『はい……“ベリアル”戦で、カムイ様はさらに進化を遂げたようです。通常状態の“サンダルフォン”では、最早あの方の反応速度についていけないようです……恩寵ギフトとはいえ脅威としか言えませんが』


「私のカムイだからね、当然よ。けど例の《ヴァイロン・システム》も使えるようで諸刃だってことが判明したわ……だからこそ、全体的な性能の底上げが必要なのよ」


 イリーナは端末機器に映し出された、とある図面ファイルを見入っている。


 どうやら新型機と思われる、AGアークギアの設計図のようだ。



 ――【HXP-007-2:サンダルフォンMk-Ⅱ 開発計画】



 そう表記されていた。



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