第2話 ぼっちストレス




 っと、まぁ。


 昨日はそんなこともあり、俺が乗るサンダルフォンが出撃したことで、損害の多かった戦況を打破することに成功した。

 ゼピュロス艦隊もそれ以上、AGアークギアを失わずに勝利を収めることができたというわけである。




 昼食時。


「おい、あいつ、また一人で飯食ってるよ。マジ、ぼっちだな」


 アルド達、三バカトリオがゲラゲラと俺を嘲笑っていた。

 一応は周囲に配慮しているのか、遠く離れた位置でのこそこそ話のようだが、耳の良い俺には丸聞こえである。


 特に陰口ほど敏感に聞こえてしまうものだ。


 友達を作ろうとしない俺にも問題があるが、だからってこれまで誰かに迷惑をかけた覚えもない。

 寧ろ周囲の空気を読んで、ずっと黙りを決め込んでいるのに。


 なまじ人と違うから……。


 そう思うと情けなくて涙が出てくる。


 本当なら、学校なんて行きたくない。


 しかし、俺のような宇宙育ちは成人か軍人になるまで、国連宇宙軍が提供する公的機関で教育を受けなければならない。


 所謂、義務教育というわけだ。

 なので中途半端に学校を辞めてしまうと、奨学金を返済しなければならなくなり、多額の借金を背負ったまま地球へ強制異動させられてしまう。

 

 特に国連宇宙軍養成所であるコクマー知恵学園の高等部で専修科目である『操縦訓練科』は、AGアークギアの予備パイロットとして軍所属扱いであり、成績が優秀なパイロットは『学徒兵』として任命され、補充パイロットとして戦場に立つこともある。


 それは凄く名誉なことであり、国連宇宙軍から将来性を期待されると同時に周囲からも非常に重宝される。

 

 クラスメイトである、ハヤタのようなカースト一位も夢じゃないってわけだ。


 けど、俺はそんなの目指してはいない。

 目指す理由もなければその必要もない。


 高等部を卒業するまでの三年間、空気として我慢しようと思った。

 卒業したら軍に所属せず、一般民として目立たずひっそりと暮らせればいいんだ。



 ふと、俺は左手首に視線を置く。


 腕時計型の「ウェアラブル端末」が点滅していることに気づいた。


 立ち上がり、そのまま一人でトイレに向かう。



 誰もいないのを見計らい着信に出た。


「どうした、ホタル?」


 俺の呼び掛けに腕時計型のディスプレイから、極小さな美少女が浮かび上がってくる。

 癖ッ毛のある菫青色アイオライトの長いツィンテール、青いミニスカート型の衣装に身を包み、その背中には羽根が生えている。


 電脳妖精ホタル。


 サンダルフォンの専属AIであり、俺の相棒でもある。


『マスター、オーナーからメッセージが届きマシタ。至急、マルクト王国地区のホテルに来いとのことデス』


「オーナー? イリーナからだと……午後は専修科目がある。単位を落とすわけにはいかないから、午後の授業が終わってからにしてくれ」


『っと、マスターは仰ってマスガ……イエス、オーナーが直接話がしたいそうデス』


 すると、ディスプレイからホタルの姿が消える。


『――カムイ、私の誘いを断るとはいい度胸ね?』


 甲高く高圧的な少女の声。

 イリーナが、ホタルを介して直接通信してきた。


 俺は、やれやれと溜息を吐く。


「理由は今言った通りだ。最近ストレスが原因で早退続きなんだ……これ以上は単位に響いてしまう」


『では学園など辞めてしまいなさい。大体、貴方にパイロット訓練など必要ないでしょ? “サンダルフォン”のエースパイロットさん』


 イリーナの言葉に、俺は誰にも聞かれていないか周辺を意識する。

 誰もいないとわかり、ほっと胸を撫で下した。


 いきなりぶっちゃけやがって……その事を秘密にしろって言ってきたのはお前だろ?


 最新試作鋭機えいき“サンダルフォン”の機密を守るためと、俺が専属パイロットであることで、周りから余計な注目を浴びてストレスにならないよう配慮してだ。

 

 まったく何を考えているんだと思いつつ、けどイリーナには頭が上がらない。

 

 何故なら彼女は、俺の雇い主であり“サンダルフォン”の所有者だからだ。


 ああ見ても彼女は国連宇宙軍に幅を利かせる、大手軍需企業ヘルメス社の若き代表取締役社長、


 イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナ


 っという少女なのだから――。



 俺は深呼吸を繰り返し、なんとか気持ちを落ち着かせる。


「そうしたいのは山々だが、俺はおたくと違って貴族じゃない。セフィロト居住コロニーの規則で軍に貢献するべく義務教育が定められている以上、庶民の俺に例外は認められないんだ。下手したらコロニーから退去させられ、地球に強制異動されてしまうだろ?」


『そんなこと、私がさせないわ。だったら、カムイ。貴方がスターリナ家の養子になりなさい。そうすれば……』


「社長、前にも言った筈だ。俺は貴族って柄じゃない……不要なストレスを抱えたくないんだ」


 俺の言葉に、イリーナは「んぐっ」と言葉を詰まらせる。

 基本わがままな娘だが、俺の事情を知る数少ない人物だけに無理強いはしない様子だ。


『……わかりました。では授業が終わったら必ず来るのですよ、カムイ』


 急に口調を変えてくる、イリーナ。


「それはヘルメス社の社長、雇い主としての命令か?」


『そうです』


「わかった。従おう」


『約束よ、カムイ』


 俺の返答に気を良くしたのか、妙に声を弾ませてイリーナは通信を切った。


「――はぁ」


 何度目かの溜息を吐く。


『マスターのストレスホルモンコルチゾール分泌値、上昇中』


「ホタル……やめてくれ。まだ時間はあるか? 今からシズ先生に診てもらうよ」


 ちょこんとディスプレイから顔を覗かせ勝手にメディカルチェックしてくる相棒に、俺は制止を促しつつ保健室へと向かった。




 前に少し触れたが、俺の脳内はとある事件がきっかけで常にアドレナリンやドーパミンが活性化しており、その影響から五感や記憶機能が異常に発達している。

 

 それなりに有利な部分がある反面、その影響で過度のストレスやなんらかの負荷が与えすぎると、脳や精神あるいは身体に支障をきたしてしまう危険があるとされていた。


 したがって俺にとって、ストレスは最大の天敵なのだ。




「――イリーナちゃんにも困ったものね」


 保健室にて。


 『長門ながと しず』先生、通称シズ先生が問診してくれる。


 シズ先生は国連宇宙軍専属病院から臨時に派遣された学院の校医という建前だが、実はヘルメス社から派遣された俺専属の担当医だ。

 主な専門は脳外科医だが精神科医でもあり、俺のカウンセリングもてくれる。


 紺色の髪を束ね、ロータイプのサイドテールにした知的な大人の女性。

 タブー扱いだが、確か27歳だとか。


 身体の凹凸が素晴らしい抜群のプロポーションを持つ美女。

 特に唇左下のほくろが実にセクシーだ。

 その爆乳で年頃の男子達を虜にしているも、本人は無自覚である。


「まぁ、彼女だけのせいじゃないですけどね。そもそも消音イヤホンを忘れた俺が悪いから」


 一概にイリーナだけのせいじゃないので庇ってみる。


「ナノマシンでホルモン分泌を調整できるけど、規則で戦闘時以外は使用しちゃいけないのよね」


「飲み薬とかは?」


「あるわ、でも乱用したら駄目よ。必ず時間を置いてね。何かあったらホタルちゃんに相談して」


「わかりました」


 俺が頭を下げると、シズ先生は「いいのよ」と頷き立ち上がる。

 棚の引き出しから、カプセルを取り出して手渡してくれた。


「先生、ありがとうございます」


「それとカムイ君。もっともストレスを解消する方法があるわ」


「なんですか、それ?」


「――女を覚えることよ」


「はぁ?」


 突拍子もない助言に、俺は顔を顰める。


「だからぁ、私で良ければ相談に乗るわって意味よ!」


 てっきり冗談かと思ったが、シズ先生は意外にも真顔だ。


「……失礼します」


 俺は目を合わせず一礼して保健室から出る。


「……はぁ」


 自動ドアが閉まった途端、また溜息を吐いた。


 シズ先生……綺麗で優しくて、とても親身になってくれる先生だけど。


 時折、妙なことを口走るんだよなぁ。


 余計、ストレス溜まるわ。






───────────────────


《設定資料》



〇ホタル


 ヘルメス社が保有するAGアークギア“サンダルフォン”専用の人工知能(AIシステム)で、妖精型の美少女としてのホログラムを持つ。

 パイロットの支援と機体とのインターフェースの役割を担う。

 目的により他の機器にハッキングすることもできる。

 電脳という機械知性体であるも、マスターとするカムイを絶対として過保護な助言をしたり、特には他の女子を意識する言動も聞かれる(俗に言う焼き餅)。

 

※システム本体はサンダルフォンに搭載されておらず、ヘルメス社の重要機密扱いとなっている。

 また、ホタルの意志であらゆる端末に記憶データーをバックアップしているため、本体が失われたとしても別のインターフェースを介して復活することができる。




〇ウェアラブル端末


 カムイが持つスマートウォッチ(腕時計型の端末)。

 使用は通常の端末携帯と変わらない。

 但し、カムイが所有する端末は非常に高性能であり、普段は“サンダルフォン”の専属AIである『ホタル』がリンクしていたり、バックアップデーターが保存されたりする。



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