第45話 失うモノ、得るモノ




「ハァ、ハァ、ハァ……やった、のか?」



 宿敵のFESMフェスム、“ベリアル”を斃した後。



 《ヴァイロン・システム》の作用で“サンダルフォン”は60秒の強制冷却モードに入った。

 この間、機体を動かすことはできない。


 未だ戦いは続いている。


 しかし左腕も斬り落とされ、武器も全て使い切ってしまった。

 まともに戦えるか微妙ってところだ。


 いや、それよりも――


「桜夢! 桜夢は!?」


 レーダーを展開させると、すぐに桜夢が搭乗する“デュナミス”を発見した。


 直撃は免れた筈だが機械故障でもしたのか。

 あるいは衝撃で意識を失っているのか。

 無防備に漂っているように見える。

 

 冷却モードが解除され、動けるようになった“サンダルフォン”で桜夢機に近づく。


「桜夢ァ、無事か!?」


『うん、カムイくん……“ベリアル”から受けた攻撃でシステムがダウンしたみたいなの』


「そうか……無事ならいい。とにかくここから離れよう」


 俺は“デュナミス”を回収して戦域から離れていく。



「ところでなんで戻って来たんだ? ハヤタは?」


『ハヤタくんは他のAGアークギアに任せたわ……ごめんね勝手なことして、どうしてもカムイくんのことが心配で……』


「いや、もういい……とにかく無事で良かったよ」


『また迷惑かけちゃったね……ごめんなさい』


「約束したろ、必ず俺が守るって」


『うん、うん……カムイくん、ありがと』


 無線越しで聞こえる、桜夢の涙声。

 俺は軽く呼吸を整え、安堵しシートにもたれた。


 見事というか、辛うじてというべきか。


 任務を果たした“サンダルフォン”は、主力戦艦“ミカエル”に帰還を果たした。






**********



 この“ベリアル”撃破を機に形勢は逆転される。


 セシリア艦長の采配で全艦隊が突撃に入り、一気に畳み掛ける形でFESMフェスムの大軍を殲滅していく。


 結果、被害を最小にして人類側が勝利したのであった。




「うぉぉぉぉ! 勝ったぞぉぉぉ!」


「我ら人類の勝利です!」


「やりましたね、古鷹艦長ッ!」


 “ミカエル”艦内のブリッジから歓喜する大歓声が湧き上がる。


「流石、セシリア。見事な陣頭指揮だったよ」


 副艦長のオリバーは微笑を浮かべ、艦長席に座る少女を見つめた。


「……見事なのはあたしじゃないよ、オリバーくん」


「え?」


「サンダルフォンよ……ありがと、カムイくん」


 セシリアは軽く首を横に振るい、最後は小声でそう呟いた。

 艦長席のサブモニターに映し出される、格納庫ハンガーに収納されていく“サンダルフォン”に優しい眼差しを向けながら。




 一方、"ミカエル"艦に増設された、ヘルメス社が所有する格納庫ハンガーにて。


「……脅威ね、サクラ。常に私が稼いだポイントの上を行く……いい子だけど忌々しいわ」


 イリーナは格納庫ハンガー内が一望できる大きな窓際に立ち、親指の爪を噛みしめる。


 “サンダルフォン”から降りてきたカムイの姿を眺めていた。

 彼女の背後には忠実な近侍ヴァレットである、リサ・ツェッペリンが姿勢よく佇んでいる。


「やはり、このまま彼女を野放しにするのは危険でしょう」


「そうね。もう、一刻の猶予もないようだわ……リサ、早急にあのプロジェクトを発動よ!」


「わかりました、イリーナ様」



 こうして全ての戦いが幕を閉じたのであった。






**********



 それから二日ほどが経過した。


 “セフィロト”にて、今回の戦いで戦死した者達の合同葬儀が行われる。

 俺達訓練生も参列し哀悼の意を捧げた。


 特に戦闘に参加した同じ学園の同級生が亡くなったことは、訓練生達にとっては衝撃的だったようだ。

 これまで呑気にスクールライフを満喫していた連中も、ようやく自分達が置かれる立場を認識し緊張感が芽生えたように感じる。


 そして、俺のクラスも若干だが環境が変わってしまった。


 ハヤタは己の無力さに塞ぎ込んでしまい、あれからずっと学園を休んでいる。


 アルドは取り巻きの一人を失うも普段通りのようだ。

 だが以前のような勢いを感じられない。

 度々生き残ったユッケとぎくしゃくした雰囲気を見せていた。 



 矜持プライドや仲間。


 みんなそれぞれ何かを失っている。


 戦いとはそういうものだ。



 でも、そんな中でも大切な何かを得る場合もある。

 

 この俺がそうだ。




 それから翌日、レクシーが退院する日となった。


 放課後。俺と桜夢とセシリアの三人は、祝いの花束を持参してケセド慈悲地区の軍事病院へ向う。


 病院へ行くと、ちょうどレクシーは退院するところだった。

 ロビーの待ち合い室で彼女と合流し、花束を渡してから一緒に玄関を出る。

 


「皆ありがとう。わざわざ来てくれて……なんて言ったらよいか」


 レクシーは照れくさそうに微笑を零す。

 近くにはガルシア家の豪華なリムジンが待機していたが、彼女の意向で待たせている。

 退院祝いを兼ねて、これから四人でどこかで食事に行かないかという流れとなった。


「元気になって良かったですよ、レクシー先輩」


「うむ、カムイも頑張ったようだな。あの紅いFESMフェスムを撃破するとは」


「え? いや、僕はずっと“セフィロト”にいましたよ……はい」


 やばい。桜夢はともかく、セシリアにはまだ俺の正体を知られてないんだ。

 レクシーにだってバレてない設定だろ!

 頼むから、こんなところでぶっちゃけないでくれよ!


「……うむ、別にこのメンバーなら隠す必要もなさそうに見えるが」


 レクシーは意味深なことを言っている。

 まるで「もう全員にバレているじゃないか」と言いたげだ。


 すると突然、異様なカリスマのオーラを発する女子が近づいてきた。

 上質そうな白いワンピースを着用し、つば広のレディース帽子を被っている。

 絹のような滑らかな白髪、同じく露出された腕と素足も真っ白な美肌。


「レクシー・ガルシア。不本意だけど、一応は退院おめでとうって言っておくわ」


 イリーナだ。

 相変わらず口が悪い。


 そんな彼女は親指をパチンと鳴らすと、黒づくめの男達が豪勢で薔薇バラの花束を担いで来る。

 まるで開店祝いの花輪並みの大きさだ。

 あきらかに俺達が持ってきた花束が質素で霞んで見えるじゃないか。

 流石にレクシーだけでは持ちきれないので、男達は待機させていたガルシア家のリムジン車内へと積んでいた。


「あ、ありがとう……イリーナ。久しぶりだな?」


 そういや彼女達は親戚同士だったな。

 ヴィクトルさんに引き取られた当時の俺は、ガルシア家の人間とは会ったことはないけど親同士がめちゃくちゃ仲が悪かったと聞く。


 ちなみにイリーナが苦手なセシリア艦長は「なんで悪役令嬢がいるのよ!」と、半ギレしながら俺の背後に隠れている。



「……ええ、でも用があるのは、貴女じゃなくてよ。サクラッ!」


 突如、イリーナは強い口調で名指しする。


「は、はい!」


 桜夢の両肩がびくんと跳ね上がった同時に、彼女が持つ学生証(携帯用通信端末)が鳴り響いた。

 彼女は取り出し確認すると、ある内容が立体的な画像として浮き出される。

 誰か転送した内容のようだ。


 なになに……「ヘルメス社の芸能プロダクション採用通知証」だって?


 ……何これ?


「サクラ、今日から貴女はヘルメス社を代表する第一号の宇宙アイドル・ ・ ・ ・ ・ ・よ。拒否権はないから。ちなみに私がプロデューサーね」


「ええ!?」


 あまりにも急展開に驚愕する、桜夢。当然だろう。


「これはどういうことだよ、イリーナ?」


 代わりに俺が聞いてみる。


「以前から考案していた『宇宙アイドル・プロジェクト』、つまりAGパイロットや兵士達の士気高揚が目的よ。いつの時代にもアイドルは必要でしょ? 昔そういうSFアニメを見たことがあるわ」


 うん……多分、俺も知っている超有名なアニメだと思うぞ。

 けどFESMフェスムに愛の歌とか通じなくね?


「後はサクラ、明日から学園の専門学科で『芸能科』にも顔を出すようにするのよ」


「芸能科?」


「このプロジェクトのために以前から、私が強制的に脅して……こほん! いえコクマー学園の理事長に頼んで作らせた学科よ。他の専門学科と併用できるから安心しなさい」


 つまりパイロットをやりながら、宇宙アイドルとしても活動できるってことか?


 けど今、強制的に脅したような物言いだったよな?


 理事長を脅したのかよ、イリーナ……。


 ったく、なんて子だ。




 ……そういう子なのは知ってたけど。



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