第41話 慕われるエースパイロット




 午前の授業が終わり、午後の操縦訓練科の授業は中止となる。


 俺はすぐにメールで、桜夢を人気のない裏校舎に呼び出した。



「ごめんよ。呼びつけて……どうしても聞きたいことあって」


「ううん。いいの、わかっているから……パイロットの応募に志願したことでしょ?」


「うん……俺としては、そのぅ、辞退した方がいいというか……今回ばかりは相手が悪いというか……」


 駄目だ、上手く説明できない。

 正直に力強く「やめろ!」と言ってやりたい。

 

 けど、今の桜夢を見て既に察したんだ。


「ありがとう、カムイくん。わたしのこと心配してくれて……でもね、わたしは逃げるために宇宙に上がったわけじゃないから。お父さんのように人類のために戦うと決めて、ここにいると思っているから」


 そうだ。

 彼女は中途半端な気持なんかじゃない。


 桜夢の真っすぐな黒瞳は力強い意志を宿し、頑なに秘めた決意と覚悟の眼差しだった。


 同じパイロットとして、俺は彼女を止められない。


 それなら――


「わかったよ、なら俺が守ってやる。共に戦おう!」

 

「カムイくん、ありがとう」


 優しい微笑を浮かべて見せる、桜夢。

 

 あの“ベリアル”さえ斃せばなんとかなる筈だ


「それじゃ行こっか?」


「……うん」


 俺は背を向け歩き出そうとした瞬間だ。



 ふわっ



 いきなり背中に温かな温もりを感じた。


 すっと細く華奢な手のひらが俺の胸に添えられる。


 え? え? な、何?


「……ごめんね、カムイくん。ちょっとだけ……ちょっとだけでいいから、このままいてもらっていい?」


 耳元からか細く聞こえる、桜夢の声。


 俺ぇ……今、彼女に後ろから抱きつかれているのか?

 

 まさかエースパイロットと呼ばれる俺があっさりと背後を取られてしまうとは!?

 いや驚くところ、そこじゃないよな。


 なんだろう、まただ……また頭が熱くなってきた。

 どんな状況なんだ、これ?


 頭痛じゃない……なんかほわんほわんするんだ。

 

 何か脳内で分泌して、気持ちがいいのに心臓が異常なほどバクバクしている。

 一体、俺の脳はどうなってしまったんだ?


 最近の俺は可笑しいぞ。

 

『マスターの神経伝達物質セロトニンが分泌され異常増加中。生体リズムの活性に支障アリ……』


 ホタルが俺の脳内状況を知らせてくる。

 心なしか口調が不機嫌っぽい。


 セロトニンだと? 

 確か幸せホルモンとかで、心と身体を安定させて幸せを感じやすくさせる働きを持つとか?


 しかも俺の場合、脳内の異常活性化でスッキリするどころか、より支障をきたす形で身体に影響してしまっているようだ。


 要するに俺は物凄く幸せを感じている……桜夢にこうして抱擁されていることで?


 桜夢だけじゃない。セシリアの時もそうだったし、レクシーと祭りで一緒にいた時だって同じ感じだった。


 ……よくわからない。


 一体、俺は何に幸せを感じているっていうんだ?


「う、うん……わかったよ」


 俺が渋々了解したようにみせる。


 きっと桜夢は不安なんだ。

 自分で決めた事とはいえ、戦場に赴くことに……これが普通なんだ。


 だから誰かに寄り添いたい……それがたまたま俺なだけであって。


 そう自分に言い聞かせる。

 

 けど、なんだろう……。


 ぎゅっと心が絞られる。

 嬉しさと切なさが入り混じってしまう。


 気がつくと俺は自分の胸に添えられた桜夢の手を握りしめていた。



「あ、ありがとうね……大分、落ち着いたみたい」


 間もなくして、桜夢はゆっくりと俺から離れていく。

 後ろをチラ見すると、彼女は俯き耳元まで顔を赤く染めていた。


 俺も身体中が火照ってしまい恥ずかしくて何も言えない。

 

 お互いの間に妙な空気が流れ、しばらく無言だった。


「そ、それじゃ……またね、カムイくん」


「う、うん……じゃあ」


 先に桜夢は別れを告げ、俺も目を合わせることなく手を振った。


 なんか気まずい……変に意識してしまう。

 

 と、とにかく気持ちを切り替えなきゃな。


 独りぽっつんと佇みながら、気合いを入れるため自分の両頬をペシッと叩いた。





 それから俺は準備を整えてケテル王冠地区へと向かう。

 目立たぬよう裏ルートから入り、主力戦艦"ミカエル"へと乗り込む。



 俺が特務大尉用の控え室で漆黒のアストロスーツに着替えている中、"ミカエル"艦は“セフィロト”との連結を解除し、再び絶対防衛宙域へと出航した。


 ヘルメス社専用の格納庫ハンガーに行き、愛機である“サンダルフォン”の状態を確認する。



『――機体状態オールグリーン。問題ありまセン。100%修復されてイマス』


 コックピットのシートに座り、ホタルから報告を受けた。

 ちなみにまだ緊急待機状態ではないので専用のヘルメットだけは被らず、シートの脇に置いた状態である。


「流石、ヘルメス社の整備員は手早いな。これで思う存分戦える……次こそ勝つ」


『そう願いたいものね、カムイ』


 イリーナの声が響く。

 モニターで彼女の居場所を検索サーチすると、意外にも格納庫ハンガー中にいる。

 しかも、“サンダルフォン”のすぐ真下だと?


 プシュっと機体の胸部コックピットハッチが開き、俺は身を乗り出した。


「イリーナ、どうしてここにいる?」


「別に……私の勝手でしょ」


 彼女は普段通り上質な白のワンピース姿である。格納庫ハンガー内では浮いた格好をしていた。

 デッキに立ち両腕を組みながら、こちらを見上げている。

 

 相変わらず言い方はツンツンしているが不機嫌ではなさそうだ。


 いや寧ろ……。


 コックピットから専用ワイヤーを使ってデッキに降りた。


 イリーナと向き合い、その美しい小顔を覗き込む。


「な、何よ?」


「イリーナ、疲れているんじゃないか? 寝てないだろ?」


 猫のような吊り上がった大きな瞳の下に薄く隈ができていた。

 真っ白すぎる肌だから直ぐにわかる。 


「フン! 鈍感男の癖に、そういうのは鋭いのね……やっぱり恩寵ギフト持ちだからかしら」


「絶対防衛宙域に到着するまで、まだ時間がある。少し休んだ方がいい……」


「そうね……カムイの顔も見れたし、そうするわ――あっ!」


 イリーナはその場から離れようと足がもつれ転びそうになる。


 俺はすかさず腕を伸ばし、彼女の腰元に手を回して華奢な身体を支えた。

 つい抱き寄せる形となってしまう。 

 きゅっとウェストは引き締まっているが、柔らかく肉づきが程よい。

 色々な意味で随分と成長したんだなっと思った。


「さ、流石はエースパイロットね。大した反射神経だわ」


 頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らす、イリーナ。


「そんなジョーク言っている場合じゃないだろ? 大丈夫か? 俺が部屋まで連れて行ってやる」


「ありがと……大丈夫よ、他の者に頼むから。貴方は戦いに集中して、カムイ」


「そうか、ならいい。どうか安心してくれ、イリーナの分まで戦ってやるからな!」


「期待しているわ……カムイ、一つ聞いていい?」


「なんだい?」


「どうしてそんなに優しいの? 私みたいな我儘女なんかに……」


 え? 珍しい……いや初めて聞いたぞ。

 自信家のイリーナが自身を卑下するなんて。

 どうしたんだ一体?


「イリーナの親父さん……ヴィクトルさんと約束したからな。イリーナのことを守るって」


「それだけ?」


「……いや、他にもあるよ。なんて言うか……俺の意志で傍にいたいし守ってあげたいというか……」


 それがどういう意味なのかは実はまだわかっていない。

 義理なのか恩なのか兄妹っぽく育てられた情なのか。


 あるいは――


「私は貴方を利用しているわ……恩寵ギフト持ちとして」


「その分、支えてもくれているだろ? ギブアンドテイクだ」


「そうね。ありがと、カムイ」


 イリーナは俺の首に細い両腕を回すとぎゅっと抱きしめてきた。


「イ、イリーナ?」


「これはご褒美よ」


 ちゅっ


 柔らかい唇の感触が頬へと伝わった。


 そのことで一気に俺の心拍数が上昇し、顔中が真っ赤になる。


 また例の脳が熱くなりそうだが、今回は出撃に備え予め鎮静剤を服用しているので割と平気だ。

 しかし心臓がドキドキして止まらない。


「ごめんなさい……うふふ」


 イリーナは俺から離れ一人で立ち上がると、小さな唇を押え悪戯っ子の微笑を浮かべる。

 さながら小悪魔のように見えた。


「お、おい……からかうなよ」


「どう捉えるかは自由よ。そこの貴女、私を部屋まで案内しなさい」


 イリーナは普段通り戻り、近くにいる女性整備員に声を掛けた。

 

 近づいて来た女性整備員はアストロスーツに身を包んでこそいるが、細身で抜群のスタイルなのがわかる。

 なんかこの整備員。いつも俺を送り迎えしてくれる、謎の女性ライダーに似ているぞ?


「わかりました社長、こちらへ」


 女性整備員はとても丁寧な口調でイリーナを案内する。

 声に聞き覚えがあるな……やはり同一人物か?

 

「……やったわ、リサ。私の勇姿、見たぁ?」


「はい、勿論。立派でしたよ、イリーナ様」


 去り際に、はしゃぎながら不思議な会話をする二人。

 なんか彼女ら仲良くね?


 俺は首を傾げて、まだ感触が残る頬に手を当てながら、イリーナ達の後ろ姿を見送るのだった。



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