第39話 女子達の想いと憂鬱




「そ、そうですか……それは良かったです」


 レクシー先輩からさりげなく感謝され、つい気恥ずかしくなってしまう。


 俺は頭を掻きながら照れていると、、ぎゅっと隣の桜夢が制服の袖口を摘まんできた。


「桜夢?」


「……なんでもないもん」


 何か唇を尖らせ、少し怒っているように見えた。


 一体どうしたんだ?


 急に不機嫌になった桜夢。

 いつも優しく性格が良い子なのに珍しいと思った。


 今はこれ以上言及しない方が良さそうだ。

 病人の前でもあるしな。


「レクシー先輩、怪我の状態はどうなんです?」


「ああ、問題ない。5日寝ていれば退院できる。少しリハビリが必要だが一週間あれば復帰できるだろう」


 良かった。

 彼女も俺も状況が悪化しないよう適切に対応したのが功を奏したようだ。


 100年前なら結構な大怪我だが、現代の医療なら比較的に軽症の方らしい。

 たとえ手足が切断され欠損しても再生治療で回復することができた。

 反面、元の状態に戻るのに相当なリハビリが必要であり、面倒な場合は機械義体を組み込むことで問題なく早期に復帰するというAGパイロットもいる。


「しかし、キーレンスが……」


「キーレンス教官がどうしたんですか?」


「……カムイも聞いているかもしれんが、キーレンスはもう駄目らしい。重度のPTSDというのか……もうパイロットとしてはやっていけない。この度やらかした逃走も、あの状態では軍法会議にかけるまでもないとのことだ。彼の状態が落ち着き次第、地球に降ろされると知らせを受けた」


「そうですか……残念です」


 敵前逃亡に特務大尉の上官である俺の指示を無視し、負傷したレクシーを見捨てたのは確かだ。

 たとえ正気だとしても罰せられて当然の行動だといえる。

 どの道パイロット適正としては不合格、事実上の追放されたことと同様の処分だろう。

  

 俺にとって、『キーレンス・ブリストル』は決して良い先輩や教官ではなかったけど……知り合いが脱落するのは決して良い気分じゃない。


 少し辛いよな……。


 レクシーも奴とは同期だったから、異性としてなんとも思ってなくてもどこか寂しそうに見える。


「……とにかく、レクシー先輩が無事で何よりです。では俺達、帰りますね」


「ああ、カムイ。わざわざ来てくれてありがとう、星月もな」


「「はい」」


 こうして、俺達は病室を後にする。


 一応、案内してくれた医院長にキーレンスの面会は可能か聞いたが、薬物による昏睡状態なので丁重に難しいと言われた。




「……キーレンス副教官は残念だったけど、レクシー教官は元気そうでよかったね」


 病院から出た帰り、桜夢は言ってきた。

 さっき少し不機嫌っぽかったけど、今は普段通り優しい笑みを浮かべている。


「うん、そうだね。桜夢、さっきどうしたの?」


「何が?」


「いや、なんていうか……ちょっと怒っていたみたいだから気になって」


「え? ひ、秘密だよ。でも、わたしのこと気に掛けてくれてありがと、カムイくん。うふふ」


 なんでお礼言われるんだろう、俺?

 でも機嫌が良くなったようだし、まぁいいか。 


『マスター、もう少し女性心理を学ぶべきでショウ』


 腕時計型のウェアラブル端末から、ホタルが指摘してくる。


「何が言いたいんだ、お前?」


『……別にデス』


 それ以上、ホタルは何も言わない。

 成長型AIであり、また最近バージョンアップしたこともあってか、俺のメンタル管理以外でも時折やたら感情的な物言いになっている。

 別にAIの癖になんて思わないけど、理知的なホタルのふとした変化に戸惑いを抱いてしまう。

 

 イリーナといい、なんなんだまったく……。



 気づけば辺りは暗くなり街灯が点々と照らし始めている。

 時間感覚を調整するための疑似的な夜だ。


 人通りの少ない通路を歩く中、桜夢はふと足を止めた。


「ねぇ、カムイくん……」


「なんだい、桜夢?」


「あまり無茶して背負おうとしないでね」


「え?」


 彼女からの思わぬ言葉に、俺も立ち止まり振り向いた。

 その綺麗で真っすぐな黒瞳が真剣に俺の方を見つめている。


「“セフィロト”に戻ってから、ずっとみんなの仇を取ってやると思ってない?」


「そ、そりゃ……次こそ決着をつけてやりたいと思っているさ。あの“ベリアル”って奴のせいで、ロート少佐や有能なパイロットを失ったんだからな。レクシー先輩やキーレンス教官のことだってそうさ」


「うん、そうだね。わかるよ……でも全部、カムイくんが一人で背負うのは違うと思うの」


 桜夢なりに俺のことを心配してくれているようだ。

 あくまで普通の同学年の男子として。


 素直に嬉しいなぁ。

 今までこんな子は見たことはない。

 大抵の大人達は、俺を“サンダルフォン”を操縦するパイロットとしか見てなかったからな。


 でも……。


「……桜夢、心配してくれてありがとう。でも俺にしかできないこともあるから……そのために“サンダルフォン”に乗っているから」


「うん、わかっている……ごめんね、変なこと言って……わたし、少しでもカムイくんの負担を軽減させてあげたい。でも、何もできなくて……つい」


「そんなこと……いつも桜夢には助けられているよ。最近、ストレスで頭痛がしないのも、桜夢が傍にいてくれるから安心しているわけで」


「ほ、本当?」


 突如、桜夢の表情が緩み、ぱっと晴れやかになる。


「ああ、じゃないと、とっくの前に早退しているさ」


 俺は冗談っぽく言ってみる。

 実際はガチで、彼女が転校する前は出席日数とかやばかったけど。


「……嬉しい。カムイくん、ありがとう」


 桜夢の煌めく黒瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 

 泣いているのか? どうして?


 でも悲しそうに見えなく、寧ろ微笑を浮かべている。


 嬉し泣きなのか?


 なんだろう……頭が熱い。顔全体が火照ってしまう。

 

 こういう状況に不慣れな俺は、どうしていいかわからず頭を掻いて見せるだけだった。

 脳がとろけそうで、何かが込み上げてくる感情を抑えながら……。



 

 桜夢と別れた後、俺は駐屯基地があるケテル王冠地区へと向かった。


 “サンダルフォン”の修復状況を確認するためだ。

 きっと明日か明後日には戦線に戻らなければならない。


 あの“ベリアル”と決着をつけるために――



 しばらく歩くと、街灯下で一人の女性が蹲っている。

 ぱっと見は酔っ払いかと思ったが、繁華街でないケテル王冠地区ではあり得ない光景だ。

 仮にそうだとしても、近くの基地から見回りの兵士が補導するオチだろう。


 それに随分と若い女性、いや女子か?

 よく見ると上級士官が着用する軍服を身に纏っていた。


 長くふわっとカールが巻かれた亜麻色髪に、スタイルが抜群に良い同年代風の女子である。


 あれ? あの子、もしかして……。


「――セシリアさん?」


 俺が声を掛けると女子は振り向き、目尻が垂れ下がったブラウンの瞳を向けてきた。


 やっぱりクラスメイトで艦長の「古鷹 セシリア」だ。


「カ、カムイくん? どうしてここにいるのぅ?」

 

 いや、それはこっちの台詞だけど。


「……まぁ、ちょっとこの辺りで用事がありまして、はい」


 やばいな、これ。

 流石に軍の重要基地がある地区で、俺みたいな訓練生扱いの学生が一人で歩いているのは不自然だ。

 しかも、この時間だし……言及されたらどう言い訳していいものか。


 だけど、セシリアは何も聞いてこなかった。

 虚ろな表情で「そぉ……」と言いながら立ち上がる。


 いつもは無駄にハイテンションなのに様子が変だ。


「セシリアさん、どうしたの? 僕で良かったら聞くけど」


「……うん、カムイくんなら話してもいいかなぁ」


 セシリアは頷くと瞳を潤ませながら事の経緯を話してくれた。



 なんでも上層部の指示で次の戦いでコクマー学園に所属する操縦訓練科の訓練生から実戦に参加する者を募兵すると言うのだ。


 どうやらAG部隊を大量に導入し、あのFESMフェスム“ベリアル”を迎え撃つ作戦だという。

 だが前回の戦いで、ゼピュロス艦隊は多くのエースパイロットを失い、現状ではパイロット不足に困窮しているらしい。


 応募する訓練生には「第102期パイロット訓練生」も含まれており、俺達のクラスからも召募することになるだろう。


 しかし訓練や数合わせの見学ならともかく、あくまで実戦での参加。

 否応にも戦闘は避けられない。


 セシリアとしては、仮にもクラスメイトに「死に行け」とは言えない。

 彼女は悩み、一人で基地から出て考えごとをしていたようだ。


 そして重圧と罪悪感に苛まれ、こうしてこっそりと泣いていた様子である。



「……あの、ロート少佐や熟練パイロット達でさえ歯が立たなかった相手だよ。“サンダルフォン”だって、あのままじゃ危なかった……こうして一度でも“セフィロト”に戻れたのだって運が良かったと思っているんだから……」


 確かに……あの時、セシリアの采配で戦艦“ミカエル”が主砲で援護してくれなければ、俺だって生きて戻れたのかわからない。


 それこそ運がよくて相打ち。


 もしかしたら、ここに立っていなかったかもしれない……。



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