第38話 インターバルと教官の容態




 それから間もなく。


 国連宇宙軍の判断で、ゼピュロス艦隊の被害規模が配慮された。

 特に戦艦“ミカエル”は多くのAGアークギアを失ったこともあり、これ以上は絶対防衛宙域での警邏巡航は難しいと判断される。


 幸いにしてノトス艦隊の主力戦艦“ラファエル”が健在ということもあった。

修復作業を行いながら他の艦隊と戦線宙域を維持することになる。


 そして“ミカエル”は一度負傷者を引き取り、別の安全宙域で待機させている残りのゼピュロス艦隊がいるコロニー船“セフィロト”に戻って、新たな人員と部隊の再編制を行うことになった。


 俺としては、ちょっとしたインターバルが与えられた形となる。


 その間、損傷した“サンダルフォン”も修理されることだろう。





 ようやく“セフィロト”船に戻った後、負傷したレクシーは棺桶のような生命維持カプセルに入れられたまま病院へと搬送され即入院となった。


 どういうわけか無傷の筈であるキーレンスも同様のカプセルに入れられ搬送されている。

 なんでも恐怖のあまり発狂して精神が病み、手に負えない状態で眠らされているとか。

 小心者だと蔑んでいたが、ここまでメンタルが弱い先輩だとは思わなかった。





 翌日。


「……おい、聞いたか? 昨日の救援作戦で、新型AGアークギア部隊が全滅されたってよ……あのロート少佐や他のエースパイロットが何十人も戦死したって……しかも相手はたった1体の新種のFESMフェスムらしい」


「あれ? でも、レクシー教官は生きているんでしょ? キーレンス教官も?」


「レクシー教官は戦闘中に酷い負傷をおってしまい入院中よ。キーレンス教官は心的外傷後ストレス障害でパニックを起こし治療を受けているわ……唯一、機体は無傷で敵前逃亡したんじゃないかって」


「うわっ……パイロットとして一番やっちゃいけないパターンじゃね? キーレンス先輩、終わったな……」


「仮にも正規パイロットだからね。下手したら軍法会議……地球へ強制送還だね」


「それって、もう二度と宇宙に上がれないって意味だろ? やべぇじゃん。そこへいくと、やっぱ“サンダルフォン”は凄ぇよ。なんでもたった一機で、その新種のFESMフェスムを圧倒して追い返したって話だぜ。そのパイロットにレクシー教官も救われたらしいぞ」


「ヒュー、流石ぁ。やっぱり憧れちゃうな~」



 俺は普段通り教室に入った途端、その話題で持ち切りだった。


 数時間前の出来事なのに、やたらと情報通の連中ばかりだと思ったが、軍宣伝部からあえてリークされたようだ。

 外敵であるFESMフェスム相手に隠し事しても仕方ないからな。

 また訓練生もある程度の覚悟を持たなければ、これから生き残ることはできない。


 戦場の恐さを知らずに、妙な虚栄心やプライドばかりでパイロットしていれば、いざ直面した際にキーレンスのように壊れてしまい兼ねないからだ。

 

 でも流された情報に若干の尾ひれはひれがついているのは、軍宣伝部らしいやり方だな。

 悪い情報をさらりと流し、良い情報は大いに盛って伝えるってやつ。


 圧倒して“ベリアル”を追い返したわけじゃなく、実際は辛うじて追い返すことができたんだけどね……。




「カムイくん、おはよ」


 桜夢が教室に入り、自分の席へと座る。

 いつも通り、俺に配慮しての小声での挨拶だ。


 ちなみに、セシリアは昨日の戦闘後処理で休みである。

 艦長だから仕方ないけど。


「うん、おはよう」


「……昨日、大変だったみたいね。レクシー教官も……」


「そうみたいだね。でも命に別状ないようだから……放課後、一緒に見舞いに行く?」


 周囲に聞かれないよう、最後の言葉だけ超小声で聞いてみる。


「うん」

 

 桜夢は思いの外嬉しそうに微笑んでくれた。

 あまりにもかわいらしく素敵な笑顔を向けられたので、周囲に気づかれてしまったら間違いなく嫉妬されそうだ。


 けどこの時、俺は気づかなかった。


 クラスの連中が固まって噂話に花を咲かせている中で、カースト一位のハヤタ・セバスキーだけがただ一人、俺の方をじぃっと見つめていたことを――。





 放課後となり、俺と桜夢は待ち合わせして、そのままケセド慈悲地区へと向かった。


 ケセド慈悲地区には軍事病院や退役した軍人用の養老院など公共施設が点在する場所である。

 ちなみにセフィロト船に住居する市民達は全員が準軍属扱いとなるので、たとえ正規軍人でなくても施設を利用できたり、また双方向け専用の施設も存在していた。



「ここがレクシー先輩の入院している病院だな」


「でもカムイくん、ここって国連宇宙軍の専属病院だよ……学徒兵のわたし達じゃ入れないみたい」


 高層ビルのような大きな建物の前で、桜夢は不安気に言ってきた。

 言われてみればだな……俺、一応は特務大尉だけど正規の軍人じゃないし。



「――軍の関係者以外に情報は教えられません」


 案の定。ロビーにて、受付嬢に冷たく拒否されてしまった。

 どうしたものか……。


「あら、カムイくんじゃない?」


 途方に暮れそうになる俺達の背後から、艶っぽい女性の声で名前を呼ばれる。

 振り返ると、俺の専属医であるヘルメス社の工作員こと『長門 静』先生であった。

 そういや、シズ先生は兼務でここの病院でも勤務していたんだっけ。


「こんな所で何しているの? その子は……あ~あ、私と同じ子ね。星月 桜夢ちゃん?」


「は、はい、こんにちわ。よろしくお願いします」


 桜夢は丁寧に頭を下げている。

 アルバイトとはいえ同じ工作員として、シズ先生は先輩にあたるからな。


「こちらこそよろしくね。ところでカムイ君とどこまで進んでいるの?」


 いきなり変な質問をしてくる、シズ先生。

 純情な桜夢は「え?」と瞳を見開いて、きょとんとしている。


「ちょ、やめて! シズ先生、今はそれどころじゃないんだけど!」


「どういうこと?」


 俺は一通りの内容を説明してみる。

 シズ先生は両腕を組み、張りのある両胸を強調させて「そうなの……」と理解を示した。


「ねぇ、貴女。今すぐ、カムイ君達を病室まで案内しなさい」


 シズ先生は強い口調で指示する。

 受付嬢は「え? ですが……一般人は」と困惑すると、シズ先生は彼女の耳元で何かを囁き始めた。

 

 すると、


「弐織特務大尉! 失礼いたしました! どうかご無礼をお許しください!」


 いきなり受付嬢は立ち上がり敬礼をして見せてきた。


 まさかシズ先生、俺の正体を喋ったのか!?


「……大丈夫よ、カムイ君。この病院は、私が掌握しているようなものだからね。いざって時は、催眠療法から外科的手術で記憶を消すこともできるから安心してね」


 などと、俺に小声で物騒なことを説明している。

 とても安心していい内容じゃない。

 シズ先生はイリーナ並みに危険だと思った。

 まぁ、俺的には大事にならなければいいんだけどね。


「それより、レクシー・ガルシア少尉がどの病室にいるのか教えて頂けませんか?」


「はい! 即、医院長をお呼びいたしますので少々お待ちを!」


 いや、普通に病室を教えてくれよ。

 何わざわざ医院長を呼ぶの?


 数分後、本当に医院長が来た。

 おまけに他の医師と綺麗系な看護師さんまで大勢やってくる。


 え? な、何? 俺ってどんな扱い?


 “サンダルフォン”に乗ってなきゃ、ただの大尉なのに……どしてVIP扱いなの?

 いや中佐でもこんな待遇は受けないよね!?


「それじゃ、私はこれで……カムイ君、またね♡」


 シズ先生は色っぽくウィンクしてから、ロビーから去って行った。

 助かったけど、これでいいのかなぁっと思えてしまう。


 それから医院長自らが俺と桜夢を病室へと案内してくれる。

 他のスタッフも後ろでついて来て、なんだか大名行列の総回診のようなノリだった。

 

 俺と桜夢の二人は医院長の背後で恥ずかしそうに俯き、終始無言であったことは言うまでもない。


 レクシーは最上階の個室で入院していると言う。

 そういやガルシア家のお嬢様だった。

 

 さらに相俟って、極秘裏である“サンダルフォン”のパイロットが内密に訪れたのだから、つい病院側も身構えてしまうのは無理もないのかもしれない。


 けどただの面会だし、過剰にもほどがあるけどな。



 さも立派そうな扉の前に立たされる。

 自動に扉が開き、俺達二人のみが室内へと通された。


 広々とした病室。清潔感が漂いつつ高級そうなインテリアが揃っている。

 一目見て、もう超高級ホテルじゃんと思った。


 室内でポツンと置かれたベッド。


 イリーナが寝ているのと同様の天蓋付きでエレガント風のアレ。

 俗に言う、お姫様ベッドがある。

 てか絶対に病室じゃねーだろと思った。


 そこに、レクシーが病衣を着て横になっている。

 頭部には包帯が巻かれ、左腕と右足にギブスが装着されている。

 確か肋骨も折れていると聞く。痛々しい姿には変わりない。 


「やぁ。カムイ、それに星月も、よく来てくれた。んっ……痛ぅ」


 レクシーは目を覚ましており、俺達の姿を見るなり身を起こしてきた。

 折れた肋骨の痛みが生じ、苦痛で顔を歪めている。


「どうか無理しないで寝ていてください、先輩」


「すまない……思いの外、複雑に折れているらしい」

 

「レクシー教官、よくご無事で……安心しました」


 心優しい桜夢は自分のことのようにホッと胸を撫で下ろしている。


「うむ、“サンダルフォン”が助けてくれたからな。本当に感謝している……私は心からそう思っているぞ、カムイ」


 レクシー先輩は言いながら上半身の力を抜き臥床する。

 俺に向けて微笑を浮かべていた。

 普段の凛とした感じとは違い、力が緩み少し弱々しくも見える。

 けど綺麗だな。素直にそう思えた。


 それに、俺に対し礼を言っているように聞こえる。

 やっぱり全てを知った上で黙ってくれているようだ。



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