第36話 悪天使ベリアル戦・激震




「クソォッ! ホタル、イリーナに早急に“サンダルフォン”を出撃させるよう要請してくれ! でないと無理矢理昇降口ハッチを壊してでも出るぞ!」


 俺がそう指示したと時だ。


『ひぃぃぃい! 来るなぁ、来るなぁぁあぁぁぁぁ!!!』


 無線から聞き覚えのある男の悲鳴が響いた。

 この声はキーレンスか?


 サブモニターを確認すると、“ベリアル”はキーレンスが搭乗する“デュナミス”に向かっている。

 隊列から離れた場所にいたので、狙撃手スナイパーだと認識され目をつけられたようだ。


『――キーレンス!』


 別の“デュナミス”機がスラスターを全開に移動しながら、“ベリアル”に霊粒子小銃エーテルライフルを放つ。

 39番機と識別されたAGアークギア


 レクシーだ。


 “ベリアル”は動きを止め、標的をレクシー機に切り替える。


 高速移動で接近し、刃剣ブレードを振りかざしてきた。

 レクシー機も霊粒子刀剣セイバーブレードに切り替えて応戦する。

 二回ほど打ち合ったと思ったら、気が付けば“デュナミス”の左腕が斬り落とされてしまう。


 あの“ベリアル”ってFESMフェスム、運動性も抜群に高いぞ。


 などと呑気に見入っている場合じゃない!

 このままだとレクシーが危ないぞ!


「ホタル、まだか! もう出るぞ!」


『マスター、出撃要請がでマシタ! これよりカタパルトに移動シマス!』


「急げ!」


 ガタンと機体が揺れ、メインモニター越しで昇降口ハッチが開かれる。

 出撃ランプが点滅し、カウントがゼロと表示された。


「――よし、“サンダルフォン”! 弐織カムイ、出る!」


 カタパルト射出機から、漆黒のAGアークギア“サンダルフォン”が出撃した。

 


 両翼を広げ極超音速ハイパーソニック域で移動する。

 

 速攻で、レクシーが乗る“デュナミス”へと接近した。


 “サンダルフォン”の主力武装である、二連装式の霊粒子小銃エーテルライフルを“ベリアル”に向けて撃ち放つ。

 

 高出力で発射された二つのライフル弾を、“ベリアル”は機敏な動きで旋回して“デュナミス”から離れる。

 まるで「蠅」のような素早さだ。

 それが「悪の天使ベリアル」と名付けらえた新種のFESMフェスムか。


 そのまま俺は“デュナミス”に接近し牽制する。


「レクシー、大丈夫か!?」


 俺は問うも、彼女から返答がない。


 よく見ると酷い損傷だ。

 特に胸部のコックピット付近が刃剣ブレードにより貫かれ火花を散らしている。これが原因で緊急用の脱出装置が作動してないのか?

 霊粒子動力炉エーテルリアクターまで達しており、通常なら誘爆して機体は大破している筈だが……。


 そうか、全ての機動を停止させ動力炉リアクターの損傷による爆発の確率を軽減させたのか。


 俺が助けに来ると見越して瞬時に対応したようだ。

 さすが教官、やるじゃないか。

 とはいえ、危険な状態に変わりない。他の破損が原因で誘爆してしまう可能性も高い。


 “サンダルフォン”のマニュピレーターが“デュナミス”に触れる。

 接触回線で、レクシーの状態を確認してみた。

 本来なら急いで機体から出してやるべきだが、彼女自身の状況次第では逆にコックピット内の方が生命維持できる場合もある。


 

『――AG操縦席サーチ。パイロットのアストロスーツのデータから、レクシー・ガルシアの生存確認。但し肋骨、左上腕部、右脛骨に骨折を確認。また頭部打撲により意識喪失してイマス』


 ホタルからの精査スキャン報告。

 とりあえず、レクシーは生きているけど酷い怪我を負っているようだ。


「コックピットから出せる状態か?」


宇宙ここでは無理デス。アストロスーツも破損しており空気漏れを起こしてイマス。この状態で機体が爆発する確率15%。このままミカエルに帰還した方が生存確率は高いでショウ』


「了解した。おい、そこのお前ッ!」


 俺は近くでぼーっとしている、40番機ことキーレンスに無線で呼び掛けた。


『は、はい!』


「この“デュナミス”をミカエル艦まで送り届けてくれ! お前自身も撤退できる理由になるだろ!?」


 しかも特務大尉からの指示だからな。

 キーレンスだって誰にも文句は言われないし、後々レクシーへのいいアピールになるだろうぜ。


『い、嫌だぁぁああぁぁぁぁ!!!』


 俺の呼び掛けに、何故かキーレンスは悲鳴を上げて逃げ出してしまう。


「嘘だろ、あいつ速攻で逃げやがった! どうして――うっ!」


 キーレンスは俺から逃げたわけじゃない。


 から逃げたんだ。


 

 ――“ベリアル”が襲ってきた。


 高速に突撃し、刃剣ブレードで斬りつけてきたのだ。


 

 左腕に装備された重装盾シールドで辛うじて斬撃を防ぐ。


 ビーッと今更、警告音アラートが鳴り響いた。


『マ、マスター、スミマセン。索敵が遅れマシタ……速すぎて、ツイ』


 まさか超高性能を誇るホタルでも、奴の動きに追随できなかったと言うのか?

 

「クソォッ、なんだってんだこいつ!」


 霊粒子刀剣セイバーブレードに武装を切り替え、“ベリアル”に斬りつけるも、また「蠅」のように旋回され逃げられてしまう。


 打ち合う気はないのか?

 あくまで、ヒット&アウェイでの戦闘スタイルらしい。


 だが今のうちだ。


「各エクシア機に告ぐ! 速やかに39番機の“デュナミス”を回収して、ミカエル艦に帰還しれくれ! これは“サンダルフォン”のパイロットである特務大尉の発言権を執行する! 急いでくれ!」


 特務大尉の発言権は二階級特進され、中佐として取り扱われる。

 腰抜けのキーレンスでなければ大抵のパイロットは指示に従わなければならない。



 案の定、数機“エクシア”が近づき、速やかにレクシー機を回収してくれる。


 よし、これで思う存分に戦えるぞ!


 その“ベリアル”は"サンダルフォン"から距離を置き、他の“デュナミス”を襲い次々と撃破している。

 まずいぞ、このままじゃ全滅しちまう!


「――させるか! 《レギオンアタック》!」


COPYコピー


 "サンダルフォン"の両肩に取り付けられている双翼のギミックが大きく展開され、小型なミサイル計40機が全弾発射された。



 ドドドドドゥ――……!!!



 一見ランダムに放たれたミサイル群は蒼い閃光の軌跡を描き、飛翔する“ベリアル”を確実に捉え追っていく。

 

 しかし敵は横滑りに回避運動を起こし、上昇や下降、旋回やきりもみ飛行など超高速で移動した。

 霊粒子エーテルが内蔵した小型ミサイルを同士討ちにさせ、また大破した戦艦の残骸を利用して追随から逃れている。


 結果、ミサイル全弾が捌かれてしまった。


 だが俺は臆さない――瞬時にアクセルペダルを蹴る。


 "サンダルフォン"は漆黒の両翼を広げ霊粒子推進機関エーテルエンジンのスラスターを全開まで吹かし飛行する。


 一気に“ベリアル”を射程距離まで追い詰めた。

 

「こっちだってスピードには自信あるんだ! いつまでも図に乗るなよ!」


 俺は脳を異常活性化させ、直感力をフル回転する。

 照準が敵を捉え定まる前にトリガーを引いた。


 その刹那だ。


 メインモニターに映る“ベリアル”の頭部、能面のような顔部分が妖しく歪む。

 ぞっとする違和感を覚える。


 こいつ……今、笑わなかったか!?

 

 俺は何故かそう見えてしまった。


 霊粒子小銃エーテルライフルが火を噴き、二つの霊粒子エーテル弾が虚空に数条の光線を描く。

 照準が定まったと同時に“ベリアル”を確実に捉えている。


 その筈だったが――


 赤い残像が霊粒子エーテル弾をかすめる。


「躱した!?」


 俺は思わぬ事態に驚愕した。

 まさか超高速機動を誇る"サンダルフォン"すら上回る、超絶スピードだというのか!?


『マスター! 後ろデス!』


 警告音アラートが鳴る隙もなく、ホタルが直接叫んだ。


 咄嗟にアクセスペダルを踏み込む。

 “サンダルフォン”はトンボ切って機体は半回転する。


 ヴォォォンと空を斬る振動音。


 いつの間にか、“ベリアル”が両腕の刃剣ブレードで背後から襲いかかってきたのだ。


 俺が……“サンダルフォン”があっさり背後を取られただと!?


 さらに、



 ドオォォン!



「うぐっ、なんだ!?」


 激しい衝撃に、俺はシートへ打ちつけられた。


ALERT緊急警報! 増加燃料プロペラントタンク、大破ッ! このままだと本機に誘爆する恐れアリ、直ちに切り捨てマス! 連結解除ッ!』 


 ホタルの迅速かつ的確な判断で最悪の事態は免れる。


 完全に躱したと思ったのに野郎、何しやがったんだ!?


 俺は振り向くと、“ベリアル”の口元部分が開かれ砲台らしき物体を覗かせている。


「《霊粒子破壊砲エーテルブラスト》を打ち込まれたのか!? この“サンダルフォン”が直撃を受けただとぉ!?」 


 こいつ、明らかに今までのFESMフェスムとは違う!


 ――強いぞッ!



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