第32話 余韻と揺れ動く心境
俺の駆る"エクシア"が急発進する。
すかさず
『――なっ!?』
奇襲を受けたアルドは声を上げ、崩れるように機体は倒れた。
判定ブザーが鳴り、これで奴はリタイアとなる。
『アルド!?』
「あと一人――」
俺はさらにアクセルを踏み込み、巧みに操縦桿を動かしていく。
瞬く間に、ハヤタ機の背後へと回った。
『な、何ッ!? 嘘だろ!?』
ガシュ!
ハヤタの"エクシア"が振り向いたと同時に、俺は武装を
『うわぁっ!』
ハヤタの悲鳴と共に機体はバランスを崩し、アルド機と並ぶ形で倒れた。
同時にブザーが鳴り勝敗は決した。
けど、あれ?
なんでアナウンスが流れないんだ?
俺は集中を解き、周囲を見渡してみた。
会場にいる全員が、ぽかんと口を開けて見入っている。
あ、あれぇ? もしかして……俺、やっちゃいました?
『し、しぃ、しょ、勝負あり――勝者、ガルシアチーム!』
絞り出すようなカミカミ口調で流れるアナウンス。
途端、観客席か人々が立ち上がりスタンディングオベーションと共に大歓声が沸いた。
ようやく俺達の勝利が確定したようだ。
それから表彰式が行われる。
優勝者である、俺とレクシーは表彰台に立たされた。
幸いアストロスーツを着用したままなので素顔を晒さずに済む。
適当にインタビューに答え、とっとと賞金を受け取り、俺は会場を後にする。
控室で着替えている途中、準優勝のハヤタとアルドが称賛したいのか、俺に声を掛けてきた。
正体がバレたくない俺は、サングラスを掛けたまま顔を伏せて手を振って、なんとかその場をやり過す。慌てすぎて、もう何を言われたのか覚えちゃいない。
廊下を出ると、マスコミと軍人達で溢れていた。
なんでも、優勝を果たした俺にもう一度インタビューをしたいとのこと。
またあわよくば正規パイロットとして引き抜きたいらしい。
俺はまだ自分だとバレてないことをいいことに、「へ~え、まだ控室にいるようですよ」と誤魔化してその場を後にする。
それから浴衣姿に戻ったレクシーと合流した。
現在は人混みを掻き分けながら、できるだけ人通りの少ない通路を歩いている。
すると、
「弐織、よく頑張ったな。ほら」
彼女は笑顔を向けて、俺に封筒を渡してくる。
中には賞金が入っていた。
「レクシー先輩、これって……」
「優勝できたのはキミのおかげだ。それに私には不要だからな」
まぁ、彼女は大富豪の令嬢だからな。賞金目当てで戦ったわけじゃないのはわかる。
けど決勝戦まで勝ち上がったのは紛れもないレクシーの活躍だけどな。
一応、受け取ってはおくけど……。
しかし彼女、レクシーをどうする?
さっきの戦いで、つい本気を見せてしまったからな……もう誤魔化しようがない。
けど誰かに広められるわけにも……口外しないよう頼んでみるか。
「先輩、ありがとうございます……あのぅ、僕についてなんですが」
「無理に答えなくていい。私はもう満足した……十分に見極めさせてもらったからな。もう追及しないから安心してくれ」
え? どういう意味だ?
「……そ、そうですか」
「ああ、それと弐織……一つ頼みがある」
「はい?」
俺が聞き返すと、レクシーは頬を染めて身体をもじもじとさせた。
初めて目の当たりにする純真な姿に自然と胸が高鳴ってしまう。
「こ、こからは名前で呼んでいいか? カムイっと……」
「え? ええ……構いませんよ」
「ありがとう、カムイ。これからもよろしく頼む」
柔らかく優しい微笑を浮かべる、レクシー。
決して他者には見せたことのない、俺だけに向けられた笑顔だと思う。
おかげで胸の奥側が妙にむず痒い。
なんだよ……さっきから。
レクシー先輩、超反則っす。
「それではカムイ、私はこれで失礼する。今日は楽しかった――」
そう言い残すと、レクシーは足早に去って行く。
行先には例のリムジンが待機しており、それに乗って彼女は帰った。
俺は立ち止まったまま、ぼーっと見送る。
どう捉えていいのやら……。
正体がバレたようで、バレてないような……いや、きっと見逃してくれたんだろう。
俺の立場を考慮して……いい先輩だな。
前から見どころのある教官だったけど、今回のことで見方が変わってしまった。
なんていうか……優しくて綺麗で可愛らしい。
イリーナがよく毛嫌いする「強欲な一族」ではない。
少なくても、レクシー・ガルシアはそういう女子ではないと思う。
「――随分と楽しそうね、カムイ」
突如、背後から声が聞こえた。
チラッと振り返ると、浴衣姿のイリーナが両腕を組んで立っている。
「うおっ! イ、イリーナ!?」
「勘の鋭い貴方が私の存在に気づけないってことは、それだけ浮かれていたってことね……あのガルシア家なんかと!」
「ち、違う! 別に浮かれていたわけじゃ……俺の正体が公にならずに済んだから、つい安心して気が抜けただけだ!」
「……そっ、信じてあげる」
「ありがとう……って、なんでイリーナは浴衣姿なんだ?」
「貴方に見せるために決まっているじゃない。浴衣、好きなようだから……どう、似合う?」
イリーナはくるりと回り、赤色で華やかな浴衣を見せてくる。
普段、真っすぐに流れている白髪を綺麗に編み込み後ろで結っていた。
はっきり言ってめちゃくちゃ似合っている。
普段から「白き妖精」と謳われている子だから、和の装いはより幻想的に見えてしまう。
「凄く綺麗だよ……」
思わず本音がぽろり、恥ずかしくて反射的に唇を押えた。
イリーナもストレートに言われたからか、白肌が耳元まで真っ赤に染まっている。
「んんっ! うん……ありがと。今の言葉で今回の件は不問にしてあげるわ」
「今回の件? AG
「ほんと鈍い男……もう、それだけじゃないでしょ!」
「え? 何?」
俺の問いに、イリーナは深く溜息を吐きながら細い首を横に振るう。
懐から薄く透明のタブレット端末を取り出した。
「もういいわ……疲れてくる。サクラ――カムイはここにいるわ。これ以上、悪い虫がつかないよう一緒にいてあげて」
「桜夢? 彼女と一緒だったのか?」
「そうよ。アルバイトとはいえ、彼女も立派な社員だからね。今後について色々と打ち合わせをしていたのよ」
「打合せ? 桜夢に何をさせるつもりだ?」
「そのうち教えるわ……ほら来たわよ」
イリーナが指を差した先に、桜夢が手を振って走ってくる。
しかも桜夢まで浴衣姿だ。
ピンク色で彼女のイメージ通りの可愛らしい柄で、結って編み込んだ黒髪も艶やかで普段と印象が異なる。
やっぱ大和撫子だけあり、凄く清楚感が溢れて似合っていると思う。
「カムイく~ん!」
「やぁ、桜夢……どうしてキミまで浴衣なんだ?」
「え? あっ、これね……社長が『ガルシア家に負けたくなかったら、これを着なさい』って貰ったの」
負けたくないって何?
レクシーも浴衣だったからか?
桜夢の話によるとイリーナに呼び出され、打ち合わせをしている最中に例の
そしてホタルのナビでコミュニティドームまで来たのはいいけど、人混みで俺の位置がわからず、こうして二人手分けして探していたようだ。
おまけに捜索中、見知らぬ男達にナンパ目的で声を掛けられ、より難航して大変だったとか。
「……そうなんだ。なんか心配かけたようで、ごめん」
「ううん、いいの……カムイくんのこと信じているから」
「え?」
「なんでもない……」
大きな瞳を反らしながら、柔らかく微笑んで見せる、桜夢。
なんだろう。桜夢の健気さに、また胸の奥がムズ痒くなってしまう。
不快やストレスじゃなく別な意味で頭がくらっとしてきた。
「……それじゃ、カムイ。私は急用があるから行くわね。サクラ、彼のサポートをお願い。いい、くれぐれも良識の範囲よ!」
「は、はい……わかりました、社長」
やたら念を押すイリーナに、桜夢は尻込みしながら頷く。
年下なのに、流石はカリスマ社長だ。
「イリーナ、急用って仕事か?」
「そうよ。例の試作型
試作型のAGか。そう言うわりには歯切れの悪い言い方をする。
他に何かあるのか?
「じゃあね、カムイ。お祭り楽しんで――」
イリーナは急ぐ形で俺達の前から去って行った。
あの様子から相当切羽詰まった感じだ。何か緊急事態が発生したように見える。
などと思っていたら、俺は桜夢と二人っきりになっていることに気づいた。
「……それじゃ少し出店を回ってから帰ろっか?」
「うん、そうだね。嬉しい」
「そういや、桜夢ってセフィロト祭は初めてだもんな」
「うん、
「お、俺と?」
「なんでもないよ……早く行こ、ね?」
桜夢は頬を染めて、上着の袖を引っ張ってくる。
他所から見れば付き合って間もないカップルのようだ。
カップル? 俺と桜夢が……やばい、また胸がドキドキしてきた。。
しかしさっきまでレクシーに胸を高鳴らせて、イリーナを綺麗だと思って、今は桜夢か……。
可笑しいぞ、俺……今日は特にだ。祭りだからか?
まったくらしくない……けど、なんだか嬉しくて心が躍る。
こうして俺と桜夢とは最後まで祭りを楽しんだ。
ちなみに、桜夢からイリーナと「今後について打ち合わせ」をした内容を聞いてみたが、彼女もよくわからないとのことだ。
なんでも体力測定をしたり、身体のスリーサイズを測ったり、画像を撮られたり。何故か発声練習もさせられたとか。
イリーナは桜夢に何をさせようとしているんだ?
そして翌日の朝。
学園では国連宇宙軍の第二艦隊『ノトス艦隊』が、
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