第28話 ハニートラップ




 思わぬところで、シズ先生と遭遇してしまった。

 スポーツカー越しだが、普段のドクターコート白衣は羽織ってなく、如何に帰宅しますという服装だ。

 ブラウスから豊満な胸の谷間が開いた、なんとも艶めかしい格好である。


「あらカムイ君、今から帰り?」


「はい、シズ先生。これから寮に戻るだけです。先生もお仕事終わりですか?」


 考えてみれば、シズ先生は国連宇宙軍に所属する軍医だ。

 軍属が多いビナー理解地区に自宅があっても不思議じゃない。

 まぁ、実際はヘルメス社から派遣された工作員なんだけど。


「まぁね。これから夕食でも一緒にどう?」


「いえ……今日は色々あって疲れてしまって。これからコンビニで何か買って部屋で食べようかと……一人の方が気も楽ですし」


 朝から晩まで、レクシーとセシリアに振り回されてしまったからな。

 何故かオリバー副艦長に嫌われてしまったようだし。

 早く帰って、脳を休ませたい。


「じゃあ、私の家に来ない? 脳の神経を落ち着かせる料理を振る舞ってあげるから」


「え? 何ですか、それ?」


「秘密よ。ついて来てくれるなら教えてあげる」


 パチッと片目を閉じてウインクしてみせる、シズ先生。

 流石、数多くの学園男子を虜にするマドンナ……実に色っぽい。

 

 それにしても、脳を落ち着かせる料理か。

 悪くないかも……コンビニ弁当より遥かにましだよな。


「行きます」


 そのワードで俺は速攻で食いついた。


「決まりね。それじゃ、カムイ君、助手席に乗ってね」


「わかりました。お言葉に甘えます」


 俺は促されるまま、ドアを開けて助手席へと座り込む。

 シズ先生は「それじゃ」と言いながらアクセルを踏んだ。


 赤く派手なスポーツカーは、ギュルルルとタイヤを回転させながら急発進して加速していく。

 先生ってば、思いの外運転が荒い。つーか実はスピード狂なのかもしれない。


 そう思っている間に、超高層マンションに着いた。

 なかなか立派な所に住んでいるんだな……ヘルメス社の恩恵も受けているとはいえ、軍医って儲かるのかな。


 車から降りた俺は、シズ先生に案内されるまま最上階の一室に入る。


 ここが、先生が住んでいる部屋……玄関先から既にいい香がするぞ。


 ――ごくり


 自然と生唾を飲んでしまった。


 今更思ったけど、シズ先生と二人っきりか。

 保健室と同じ……いや明らかに状況が異なる。


 あれなんだ?

 急にドキドキしてきたぞ。


「カムイ君、上がって」


「うん、お邪魔します」


 促されるまま、部屋へと入る。

 広々としたリビング。目立った飾りっけがなく、高そうな家具類が規則正しくセンス良く置かれている。

 ぱっと見はシンプルであまり生活感がない光景。

 だけど如何にも頭の良い女性が一人で暮らしている清潔感がある。


「今、用意するから適当にくつろいでいてね」


「わかったよ、シズ先生」


「それとシャワー浴びてきていい? 少し汗ばんじゃって……すぐ準備するからね」


「う、うん……いいよ」


 なんだろう?

 やたらシズ先生が艶っぽい。


 ますますドキドキしてくる。

 頭がボーっとしてくるじゃないか。


 やばい、俺ってば何シズ先生を意識しているんだ。

 無理もないか……思春期の男子なら誰でも憧れる保健室の美人マドンナ先生だからな。

 しかも超セクシーだし。


 俺はちょこんとソファーに座り、そわそわしてしまう。


『マスター、アドレナリン分泌中。ストレスレベルの上昇が見られマス』


 腕時計型のウェアラブル端末から、電子妖精のホタルが顔を出してきた。

 いつも無表情なのに、やたらジト目で眼差しが冷たい。


「う、うるさいぞ、ホタル! いちいち測定しなくていいからな!」


 第一そういうストレスじゃないっつーの。


「ごめんね、カムイ君。今準備するから、もう少し待っていてね」


「構いません」


 壁越しで、シャワー上がりのシズ先生が言ってきた。

 俺は飼いならされた犬のように従順に待つことにする。


 20分後。


 シズ先生から声が掛かり、俺は食堂へと招かれる。

 テーブルに食事が用意されていた。


 ミルクスープ、魚と豚肉料理、玄米や緑黄色野菜のサラダに果物の和え物など並んでいる。

 とてもいい香り、それに見栄えも美味しそうだ。


 いや……だけど。


「カルシウムを多く含んだメニューよ。骨や歯を丈夫にするだけじゃなく緊張の緩和や血液の凝固の防止にもなるってわけ」


「は、はぁ……」


「それじゃ召し上がりましょ、カムイ君」


「はぁ……」


 シズ先生に促され、俺は曖昧な返答する。


 別にメニューに不満があるわけじゃない。

 寧ろ、俺向きに作ってくれた最高な手料理じゃないか。


 でも俺が戸惑う理由はそこじゃないんだ。


 ――ずばり、シズ先生に原因がある。


 彼女は今、シャワー上がりでガウンを羽織った超軽装の姿。

 濡れた髪を束ねて、綺麗なうなじを覗かせている。

 しかも、超豊満な胸の谷間がより露わに強調されて……てか、ノーブラじゃね!?


「どうしたの?」


「いや、美味しそうっすね。いただきます!」


 変なこと考えちゃだめだと、料理へと集中しガッついて食べる。


「どう美味しい?」


「は、はい! 絶品です!」


 本当は味なんてわからない。

 普段なら敏感な味覚も何故か麻痺してほとんどわからない。


 だ、駄目だ。

 シズ先生が微笑む度、唇下のホクロがとても色っぽく見えてしまう。

 俺ってば、完全にシズ先生を異性として意識しまくっている。


「……流石は男の子、いい食べっぷりね」


「あ、ありがと……せ、先生は食べないの?」


「うん。だって一服・ ・盛っているもの」


「え?」


 あれ?


 な、なんだ……急に眠気が……あれ?


「ごめんね、カムイ君」


「先生……何、を?」


 俺は意識を失い、椅子から崩れ落ちる。


 深い眠りに陥ってしまった。






**********



「――上手くいったわ。カムイ君って勘が良すぎるからバレちゃうんじゃないかと冷や冷やしたけどね。ホタルちゃん、黙ってくれていてありがとう」


『イエス。000-2トリプルゼロ・ツー、Dr長門。オーナーからの指示なのデ』


 静は、床で倒れ込むカムイへと近づいた。


「かわいい寝顔。このまま食べちゃいたい……」


 甘い吐息と共に、シズは艶やかに呟く。

 瞬間、AIのホタルがビーッと警告音アラートを鳴らした。


『Dr長門! マスターの貞操を無理矢理奪う行為は見過ごせマセン!』


「うふふふ、冗談よ。こう見ても医者なんだから、そんなことするわけないじゃない。この格好は彼の意識を攪乱するためのものよ。カムイ君ってば童貞だから思惑どおりに事が運んだわ……それに、私って意外と純愛ピュアラブ派なのよ」


『Dr長門の信頼度、25%』


「低いわ……けど、ホタルちゃんも、それだけカムイ君のことが大好きなのね。AIとは思えない……可愛いわよ、貴女」


ALERT緊急警報! Dr長門への不快度、85%ッ!』


「冗談よ。じゃあ、準備するわ。イリーナちゃん、いえもう一人の工作員スパイであるリサちゃんね。彼女に上手く行ったと連絡して頂戴」


『イエス、Dr長門』


「カムイ君、ごめんなさい。今度はちゃんと誘惑するからね……大好きよ」






**********



「痛てッ!」


 ビリッと電流のような何かを流され、俺は意識を取り戻した。


 何故か、黒いアストロスーツを着せられている。

 しかもAGアーク・ギアのシートに座らされているようだ。


 見慣れたコンソールパネルの光景。馴染のある操縦桿とシートの感触。


 ここは"サンダルフォン"のコックピットだ。


 しかもメインモニターいっぱいに広がる漆黒の世界。

 まさか宇宙なのか?


 俺は確かシズ先生の家で夕食をご馳走になっていた筈……。

 一体、何が起きている?



『――お目覚めね、カムイ』


 メインモニターから、イリーナの声が聞こえた。




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