第27話 グイグイくる艦長
カムイ達が喫茶店を後にした頃。
別の席では、二人の少女が紅茶を嗜んでいた。
つばの広いレディースハットを深々と被り、サングラスにマスクを着用している。
一人はヘルメス社の代表取締役社長こと、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナ。
もう一人は
どうやら変装しているつもりのようだ。
しかしながら明らかに他の客達より浮き、逆に目立つ格好で周囲から注目を浴びていることに、当人達は気づいていない。
「――カムイ様達が出て行かれたようです、イリーナ様」
「そのようね、リサ。しかし危なかったわ……セシリア艦長が出てこなかったら、私が飛び出していたところよ。だから軍の上層部に連絡し、今回の戦闘の件を不問にしてやったのよ。彼女へのご褒美ね」
「イリーナ様ってば、相当苛立っておりましたからね」
「……リサ、おだまりなさい。でも報告してくれた貴女にも感謝するわ。まさかガルシア家の令嬢が、よりによって私の所有物に目をつけていたなんて……しかもカムイもなんか初告白されたと勘違いしていて舞い上がちゃぁって、もう! そうよね、ホタル?」
イリーナは言いながら薄く透明なタブレット端末を開くと、美しい妖精の少女の姿をしたAI『ホタル』が出現する。
『イエス、オーナー。マスターの脳内で神経回路が活発化し、基準値を大幅に上回るドーパミンが分泌されてイマシタ』
「ほらね。油断も隙もあったもんじゃないわ! 忌まわしきガルシア家め!」
「いえ、油断と隙だらけなのは、あくまでカムイ様です」
「……だとしてもよ。カムイは誰にも渡さない……私の、私だけのモノなんだから……」
「それほどまでお慕いしているのなら、いっそ告白してお付き合いされてはいかがでしょうか? 養子ではなく婿として」
「なっ!?」
リサが言った途端、イリーナは椅子からずり落ちそうになる。
その勢いでサングラスとマスクが外れてしまうが、本来の神秘的ともいえる美麗ぶりが、すっかり破顔していた。
「リ、リサ! 何をまた……そ、そんなの恥ずかしくて、できるわけないじゃない! 仮に断られたらどうするのよぉ! スターリナ家末代までの恥だわ!」
「そこまでには至らないかと……素直に告白するのが怖いと仰ったらよいではありませんか?」
「はぁ! 怖い!? この私が!? 私に怖いモノなんてないわ! なんだったら今すぐ、カムイを呼び出して……呼び出して……こ、告、告白……くぅ~」
突如、涙目となり鼻先と耳元が真っ赤になってしまう、イリーナ。
カムイは疎か他者では決して見せることのない少女の一面。
唯一、彼女が心から信頼を寄せる、リサ以外は。
そのリサは、イリーナの隣に座る。
そっと抱き寄せて、優しく頭を撫でた。
「……イリーナ様、申し訳ございません。些かイジメすぎました(イリーナ様、めちゃかわいい~、ガチでラヴ♡)」
「……くすん」
「大丈夫です。このわたくしが必ず、お二人を導きましょう(イリーナ様の幸せこそが、わたくしの幸せなのですから……)」
イリーナに対して若干奇態な性癖のある
**********
あれから俺は、セシリアに誘われてカラオケに行かされる。
レクシーとオリバー副艦長も一緒だった。
『イェ~ッ、アレ~ッ、カーニバル~♪』
セシリアが変なテンションで踊りながら、妙に明るい歌謡曲を熱唱している。
なんでも「セフィロト祭」で披露する催し物で「マッケン・カーニバル」という歌らしい。
彼女の上官であるマッケン提督は大の
名目はパワハラ提督の趣味ではなく、市民への奉仕活動の一環だとか。
そして上級士官であるセシリアも、ダンサーの一人として強制参加させられると愚痴っていた。
もうやばくね、ゼピュロス艦隊。
てか、大変だな士官って……出世するのも考えものだな。
「――もう、あたしこの歌嫌い! 何よ、カーニバルって!? もろサンバ的な20世紀のジャパニーズソングのパクリじゃない! オリバーくん、続き歌ってぇ!」
セシリアも最初はノリノリで歌っていたが急に素に戻ってブチギレてしまい、ついにはオリバー副艦長に向けてマイクを放り投げた。
艦長故の激務もあるのか、彼女は情緒不安定なところがあるようだ。
おまけに「マッケン・カーニバル」とやらも、10分以上にもなる長い楽曲のようで、大抵は最後まで歌いきれず途中で飽きてしまうとか。
さらにどうでもいい情報だが、作詞・作曲は例のマッケン提督本人らしい。
「え、ええ……僕だってダンサーさせられるんだから歌詞なんて覚えてないよ。ったく、しょうがないなぁ」
オリバー副艦長は不満げに言いながらも、マイクを受け取って続きを歌い出した。
なんだかんだ、セシリア艦長に甘いようだ。
そんなセシリアはニコニコと微笑みながら、俺の隣にどさっと座り密着してくる。
豊満な胸が二の腕に当たるんですけど……す、凄く柔らかい。
「えへへ~、弐織くん。癒してぇ~」
「癒すって……いつも言ってますけど、僕からは何もしてあげれませんよ。それに古鷹さん……そのぅ、近いです」
「いいじゃない、こうして傍にいてくれるだけでいいんだからぁ。それに、こんなチャンス滅多にないも~ん。それと、あたしのこと『セシリア』って呼んでよ~、ね? あたしも、『カムイくん』って呼んでいい?」
「……えっ、まぁ……いいですよ、セシリアさん」
「きゃ、やりぃ♡ 一歩前進ッ!」
セシリアは柔らかく可愛らしい笑顔を向け、より胸を二の腕に押し付けてくる。
同級生の間で「天才美少女艦長」と言われているだけあり、ふわふわして可愛くて綺麗だと思う。
おまけのこの密着具合、おそらく彼女は無自覚なんだろうけど……超やばい。
あまりにも素敵すぎる感触に、脳が異様に熱くとろけそうになる。
「ゴホン! ゴホン! この部屋、些か空気が悪いですな! そう思わないか、弐織ッ!」
反対側の隣で、レクシーが不快そうな顔を浮かべ、さもわとざらしい咳払いを何度もしてくる。
普段、真っすぐで清い彼女だが、相手は大佐の艦長様なので正面きっては言えないようだ。この辺りが縦社会である軍人の悲しい性ってやつだな。
てゆーか、どうして俺を名指しすんの?
『イェ~ッ、アレ~ッ、カーニバル~ってオイ! キミ達ぃ、くっつきすぎだろ! まだ学生だろ、早いだろ! クソッ、弐織めぇぇえ、コラぁああッ!!!』
オリバー副艦長がマイク越しで指摘しながら怒鳴り散らしてくる。
ところで、あんたまでなんで俺ばかり名指しするんだ?
これ全部あんたの艦長が招いている事態だろうが! まず艦長を止めろよ!
その元凶であるセシリアは一切気にせず、満面の笑顔で俺をじぃ~と見つめている。
他の二人も殺気が込められた眼差しで俺の方をじぃ~と睨んでいる。
何、この甘々&ヘイトのスパイラル空間……早く帰りたいんですけど。
やたら殺気が籠っているだけに、脳が活性化している俺にとってストレスでしかない。
「それじゃ、カムイく~ん! また学園でね~、バイバ~イ!」
カラオケ終了後。
セシリアは満足した笑顔を見せて、元気に手を振りながら帰って行った。
オリバー副艦長には最後まで睨まれたまま……何もしてないけど完全に嫌われてしまったようだ。
「……では、弐織。私も失礼する。さっきも言ったが、また連絡する」
「は、はい、レクシー先輩」
「それとだ……」
「はい?」
「……あまり、そのぅ。女子と……羽目を外すのはどうかと思うぞ」
「え? は、はぁ……すみません」
俺、なんで謝ってんだろう……別に微塵も悪くないのに。
悪いのは全部セシリアじゃん。
けど、レクシーがどこか悲しそうな顔をしていたから、つい……。
何、変な気を遣ってんだ、俺は。
そのレクシーは俺の謝罪に気を良くしたのか、薄く柔らかい微笑を浮かべる。
つい胸の奥がぎゅっと絞られ疼いてしまう。
レクシーも普段は毅然とした威圧的でおっかない教官に見えるけど、ふと見せる緩んだ表情は凄く素敵で美人だよな。
性格も真っすぐで裏表のない女子だし……だから邪険にできないんだと思う。
レクシーは「ではまた」と言い残し、一人で歩いて行く。
よく目を凝らすと、奥側の方でヘルメス社に負けない豪華なリムジンが待機している。
そうか……確か、レクシーも相当なお嬢様だったな。
すっかり忘れていた。
こうして、俺は一人とぼとぼと学生寮に帰る。
その筈だったが――
キィィィィィ!
突然、謎の車が俺の前に停止した。
光沢を発した赤い塗装が目立つ、高級そうなスポーツカーだ。
運転席の窓が開き、艶っぽい大人の女性が顔を覗かせる。
「あら、カムイ君。今から帰り?」
普段は学園の校医であり、俺の専属の担当医でもあり、しかも密かに貞操を狙っている疑惑もある。
セクシー女医こと『
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