第26話 妬まれるエースパイロット




「こ、古鷹艦長……どうしてこちらに?」


 レクシーが唖然としながらも聞いている。しかもやたら畏まった口調だ。

 無理もない。

 セシリアは年下とはいえ、ああ見ても国連宇宙軍では大佐の階級で、もろ上級士官だ。

 おまけにゼピュロス艦隊を指揮する主力戦艦"ミカエル"の艦長である。

 学徒兵の准尉であるレクシーとは階級や地位に雲泥の差があるのだ。


「セシリアでいいわ! あたしもレクシーさんて呼ぶから! 一応、年上だから『さん』を付けてあげる!」


 いつもは、のほほんとしているのに、今日はやたらとご立腹だ。

 それによく見たら私服姿じゃないか。だから背景に紛れて、俺も気づかなったのか。


「セシリア、この子達は誰だい?」


 向かい側の席に座る、二十代くらいの若い男性が声を掛け聞いている。

 橙色髪の草食系っぽい優男風の兄ちゃんだ。


「あたしが通う学園のクラスメイトの弐織 カムイくんと先輩のレクシー・ガルシアさんよ、オリバーくん!」


「や、やあ、古鷹さん……そちらの方は彼氏さんかい?」


 俺が聞くと、セシリアは途端に顔中を真っ赤にして頬を膨らませている。


「違うわよ! 副艦長のオリバー・マーティン中佐よ! ここで始末書を書くの手伝ってもらっているの! 絶対に彼氏なんかじゃなから誤解しないでよね! 絶対よ、弐織くん!」


 ばっさりと否認してくる、セシリア艦長。

 その様子から照れているとかではなく、明らかに不快感を表している。


「……セシリア、何もそこまで否定しなくても」


 ショックだったのか、オリバー副艦長は俯きなんだか寂しそうに呟いている。


「「これは失礼しました」」


 レクシーと俺は席から立ち上がり敬礼して見せた。

 一応はただの学徒兵と訓練生だからな。

 クラスメイトのセシリアならまだしも、現役の軍人でしかも副艦長に対しての礼節は絶対だ。


 けどオリバー副艦長は何故か眉を顰め、特に俺の方をじっと見つめている。


「ん? 弐織 カムイ……弐織だと!? ああ! こいつか! いつもセシリアが話している、あの『弐織 カムイ』って!? クソォッ!」


「クソ?」


「い、いや……なんでもない。二人共、ここは艦内じゃないから敬礼は不要だよ」


「「……はい」」


 オリバー副艦長の変貌ぶりに、俺達は戸惑いながら席に座る。

 

 だけど、「いつもセシリアが話している」って、俺について何を話しているってんだ、艦長は?

 それに気になることは、もう一つある。

 

「……セシリアさん、始末書って昨日の戦闘の件だよね?」


「そうなのよぉ、弐織くん。端末なら早いのに嫌がらせで、ペーパーで書けって……まだこんなにあるの。丸一日はかかるわ……」


 言いながら、分厚い書類の束を見せてくる。

 三段重ねのパンケーキ以上の量、一体どんだけ書かされているんだ?


「それで艦長を支えるべく、副艦長の私が手伝っているんだよ。筆跡は問われないからね」


「どうして喫茶店で書いているんですか? 艦内で書けないんですか?」


「書けるけどぉ。本当はそこで書かなきゃならないけど……あんなむさ苦しい場所、息が詰まるっての! そう思って気分転換も兼ねて、オリバーくんのお勧めである。このお店で書いているわけよ~ん。弐織くん、こんなあたしを癒して~!」


 そうしてあげたいのは山々だが、こっちもそれどころじゃない。


「おい、セシリア……うっぐ! お、おのれぇ弐織 カムイめぇ……」


 おまけにオリバー副艦長に睨まれながら、小声で呪詛を唱えられてしまう。

 なんなんだよぉ、もう……俺、初対面のこいつに何かした?


 ったく、しゃーねぇなぁ!


「……筆跡が問われないなら僕も手伝いましょうか?」


「えっ、本当!? 弐織く~ん、やーさーしぃい! ねぇ、オリバーくんもそう思うでしょ?」


「ん、ああ……そうだな。チィッ!」


 上機嫌になるセシリア艦長と打って変わって、物凄く不機嫌になり舌打ちするオリバーくん。


「……では、セシリア艦長。この私も手伝いましょうか?」


「わぁ、ありがとう、レクシーさん――じゃなかった! 話し戻すわよ! 貴女、どさくさに紛れて何、弐織くんに告ってんのよぉ! そこだけしっかり聞こえたんだからね! んなことさせるかってのっ!」


「コクる? はて、なんでありますか?」


 レクシーは、きょとんとした表情を浮かべ細い首を傾げている。

 あれ? 何か反応が可笑しくね?


「告白よぉ! 貴女、図々しく彼の手を握って言ったじゃない! 『私と付き合ってくれないか』ってぇぇぇ!!!」


「こ、告白ぅ!? ち、違います! 私は操縦士パイロットとしてAGアークギアで共に『突き合い』をしてほしいとお願いしただけであります!」


「「え? 突き合い?」」


 俺とセシリアは声を揃えて聞き返す。

 レクシーはこくりと頷く。


「今度の休日に『セフィロト祭』で行われる、『AGカップ』の模擬戦闘ですよ……シミュレーターではなく、実際に機体を動かして互いの腕を競い合うのです。その方が、弐織も本気になってくれると思ったので……彼は訓練だと実力を隠している節がありましたから」


「つ、突き合いって何よ?」


「AGカップは実際に機体を使用しますが、ライフル類は一切使いません。したがって、より実戦に近づけるためランス刀剣ブレードを使用しての格闘戦がメインです。しかも今年度からタッグ・マッチ制を導入するらしく、弐織には私と組んで出場してもらおうと誘った次第です」


 つまりアレだ。

 俺をその「AGカップ」とやらに誘いたかった……ただそれだけなのか?


「……なぁ~んだ。艦長、勘違い! テヘペロッ♪」


 セシリアはこつんと自分の頭を歩く叩き、短い舌を見せておどけている。

 その仕草は可愛いと思うが、何かイラっとしてきたのは俺だけだろうか。


 でもある意味仕方ない。


 俺も思いっきり勘違いしてしまったからな。

 あのまま真に受けて下手な返事をしていたら、今頃とんだ笑い者だった。

 そういう意味では、セシリア艦長にガチ感謝っすわ。


「っとまあ、そういうことだ。弐織よ、どうだろう? 今度の休日、私と突き合ってくれるか?」


 やれやれ。レクシー先輩も、その言い方からして大間違いだけどな。

 おまけ不用意に手まで握って懇願するんだもん……超ドキドキしたわ。


 しゃーない。あくまで模擬戦闘だ。

 命を懸ける戦いでなければ、そう本気でやることもないだろう。

 ここで拒否したらかえって疑われるし、今回みたいに付きまとわれそうだ。


「ええ、僕で良ければいいですよ、レクシー先輩」


「感謝する。後で待ち合わせの場所と時間を知らせよう」


 こうして、レクシーと休日に『セフィロト祭』の『AGカップ』に出場することになった。


 考えてみれば俺って、祭りなんて行くの初めてだな。

 しかも……女子と二人でなんて。


 やばぁ、今から変な緊張をしてきたぞ。

 何を舞い上がってんだ……ガラにもない。


 まぁいい。とりあえず丸く場を収めたのは確かだろう。


 後は、セシリアの始末書レポートを手伝うだけだ。

 少し面倒だが、普段から色々と良くしてもらって世話にもなっているし。


 そう思っていた時だ。


 セシリアが身に着けているウェアラブル端末機器から着信が入る。


「しもしも~♪ はっ! これはマッケン提督ッ! あっ、いえ、はい! はい! ええ!? いいんですか!? わ、わかりました!」


 気楽に応答したと思ったら突然、立ち上がり、何度も頭を下げるサラリーマンのようなセシリア艦長。


 提督だと?

 この「ゼピュロス艦隊」の最高責任者じゃないか?


 応答を終えると、セシリアは力が抜けたようにどさっと席に座り込む。


「セシリア、どうした?」


「……うん、オリバーくん。今回の件は不問だって……始末書はいらないって」


「なんだと? あれだけ言われたのにか? またどうして突然……」


「わけわかんないよ……また胃が痛くなってきたぁ。弐織くん、あたしを癒して~」


「いや、僕は何もできないから」


 いちいちこっちに話を振ってくるのはやめてくれ。

 その度にオリバー副艦長が鋭い眼差しを俺に向けてくるんだよ。


「じゃあ、こっちに来て何か一緒に食べよ? ついでにレクシーさんも」


「まぁ、そういうことであれば……」


「……艦長、私はついででありますか」


 こうして俺とレクシーは同じテーブルでセシリア達とランチを食べることになった。


 セシリアは向かい席に座る俺を見つめて、「やっぱ弐織くんはいいなぁ、癒されるぅ~!」とご満悦だ。


 俺としてはなんとも気恥ずかしい限りだが、何故かその都度に彼女の隣に座っているオリバー副艦長が、やたらとこちらを睨んでくる。


(おのれ~弐織 カムイめ! セシリアの好感度を独り占めしやがってぇ!! ちきしょうぉぉぉぉっ!!!)


 ガチでよくわからんが……。


 どうやら俺は、この副艦長に嫌われてしまったようだ。



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