第24話 呼び出されたエースパイロット




 翌日の朝。


 普段通りコクマー学園に行き教室に入ると、セシリアが不在なことに気づく。

 なんでも上層部から今回の訓練生に実戦をさせたことについて、最終的な許可を下した艦長責任として大量の始末書レポートを書かされているらしい。


 おまけに正規パイロットを1名失っているからな。

 反面、学徒兵も含め訓練生には死者が出なかったは幸いの奇跡だと言える。


 最も貢献したのは他でもない――。



 クラス内でも早速その話で持ち切りだ。


「“サンダルフォン”が来なければ危なかったんじゃないか?」


「にしても凄かったよな……あの漆黒のAGアークギアが来た途端、戦況が一変したんだ」


「無人機だと思っていたけど、無線越しでパイロットの声が聞こえたぞ。加工されていたけどな」


「一体、誰が乗っているんだろ……カッコイイ」


「憧れちゃうね~!」


 実際に目の当たりにした生徒達から、羨望の溜息を漏らして噂話をしている。


 俺も抜群に聴力が良いだけに嫌でも耳に入ってしまう。

 なまじ自分のことだけに聞いていて恥ずかしくなる。

 まぁ、普段通りに知らんぷりだけどな。


「俺からすりゃ余計な真似だったな。あんなFESMフェスム一匹、俺らだけで充分だったしょ?」


 今ビックマウスを叩いたのは、やっぱりアルドだ。

 何言ってんのお前? あの時一番パニックになっていたじゃねーか?


「ハヤタだってそう思うだろ?」


 アルドは不意に、学年のカースト一位に向けて話を振った。


「ん? ああ、まぁな……もう少しってところだったな」


 おいおい、ハヤタくん。

 あの残弾が切れ掛かった状態でか?

 言っとくけど、あのまま放置していたら間違いなく、レクシー機が撃破されていたぞ。


 ったく、こいつら……。

 強がるのは結構だが、あまりにも根拠のない自信過剰ぶりに、当事者として飽きれを通り越してムカついてきたわ。


 お前ら実戦ナメんなよって感じ。


 なまじ話友達であるセシリアが、こんな半熟な連中のために始末書レポートを書かされて休んでいるだけに……余計だ。


「おはよーっ!」


 桜夢が登校してくる。

 普段通りに明るく爽やかで可愛らしい。


 当然、アルド達が黙っていない。


「おっ、星月ちゃん! 大丈夫だった~?」


「え? うん……大丈夫だよ。漂流していたところ、“サンダルフォン”ってAGアークギアが助けてくれたからね」


「パイロットを見たのかい?」


 ハヤタが興味深そうに聞いてくる。


「ううん、見てないよ。何も言わずに、私と弐織・ ・くんの機体を回収してヘルメス社のドックに連れて行かれたから。その後、病院で検査してから寮に帰ったんだぁ」


 桜夢は席に座り、隣にいる俺の方をチラ見しながら説明している。

 嘘が苦手そうな彼女にしては、マニュアルに則ったようなしっかりとした返答で誤魔化してくれている。

 アルバイトとはいえ、彼女をヘルメス社の工作員として雇ったイリーナの目は確かかもな。


「そっか~、無事で何よりだったぜ~。やっぱ俺が囮役を引き受ければ良かったな~。弐織なんかと違い機械トラブルで戦線離脱しなくて、しっかり星月ちゃんを護れたのによぉ~」


 アルドはシャドウボクシングを見せながら言ってくる。

 確かAGアークギアを操縦しながらも、それやってたな?


「まぁ、アルドじゃないが自分から威勢よく買って出たわりにはってところはあるわな。レクシーあねさんも推していたから、もしやと思ったけどよぉ。結局、姐さん一人の負担になっちまったよな」


 普段、俺を歯牙にもかけないハヤタが珍しく批判めいたことを言ってくる。

 おそらく自分が慕っている、レクシーが何故か俺を評価しているから面白くないんだろう。


 だけどそもそもだ――。


 お前らがビビッてたりテンパってパニックを起こしたことが、無駄な危機を招いた発端だからな!

 ちゃんと言われた通りにやってたら、わざわざ“サンダルフォン”を出さずに済んだんだぞ!


 このまま見殺しにしときゃよかったかなっと、たとえ冗談にせよ思ってしまった。


「そんな言い方ないと思う! カムイくんだって――」


 桜夢もムキになり何か言いかけるも、俺は首を横に振って制止を促した。

 物分かりのいい彼女は渋々頷き、口を閉ざして俯く。


 彼女の気持ちは嬉しいけど、こいつらに何を言われようと俺は気にしない。

 ストレスになるだけだからな。

 それより変に正体がバレることで注目を浴びてしまい、ややっこしくなる方が余程のストレスだ。


 ふと教室の扉が開かれ、誰かが入ってくる。

 いやに雰囲気オーラのある生徒なので誰なのかすぐにわかった。


 レクシー・ガルシアだ。


 彼女は凛とした口調で、周囲の生徒に向けて「失礼する」と言い、そのまま真っすぐに俺の席へと近づいてきた。


「弐織、放課後に話がある。少し時間をくれないか?」


「……は、はい」


 毅然とした態度で言われ、俺は身構えながら返事をする。


 レクシーは軽く頷き「では後で連絡する」とだけ言い、颯爽と教室から出て行った。


 しばしの沈黙後。


「……どうやら、レクシー教官も相当、弐織に怒っているようね」


 外野の女子生徒の誰かが呟く声が耳に入る。


 確かに凛然とした佇まいといい、そう見えても可笑しくない。

 普段から何を考えているかわからない先輩でもあるからな。

 言われた俺でさえ、どう捉えていいのかわからなかった。

 

「そりゃそうだろう。星月さんはしゃーないとして、あいつはただ機械トラブルによる戦線離脱だからな」


「その後だって、自力で帰れず黒騎士・ ・ ・の情けで帰還してんだろ? 出撃前に機体チェックを怠った奴のミスだ」


「情けねぇ奴。前々回の順位だって、きっとまぐれだろーぜ」


 他の連中も便乗して言いたいことを言ってくれる。

 なまじ聴力が良いから、聴こえなくていいことまでつい入ってしまう。


「カムイくん……」


 唯一、桜夢だけが心配してくれる。

 俺は頷き「大丈夫だから」と意思表示をして見せた。

 

 もし桜夢がいなかったら、俺はまたストレスで保健室直行していると思う。

 そう思うと、本当に彼女の存在は有難かった。






**********



「――わかったわ、リサ。報告ありがと」


『はい。それと例の工作員000-9トリプルゼロ・ナインこと星月が上手く機能し、カムイ様の精神安定が図られている様子です』


「そう、雇った甲斐はあったようね……けどイコール、カムイが彼女に特別な信頼を寄せている可能性が高いわ。ホタルから得た精神状態メンタル・ステイトデータからも、疑わしい脳内物質値が分泌されているようね……危険な存在に変わりないわ」


『わたくしも傍で見ていて、イリーナ様の仰る通りかと……やはり、こちら側に取り込んだのは正解でしたね』


「ええ、たとえ害虫でも取り込む以上は最大の武器に変える――それが、スターリナの家訓よ。それよりも、リサ……カムイが向かう場所はわかっているの?」


『はい、000-Xトリプルゼロ・エックスであるホタルから既に入手済みです』


「わかったわ。私も行くからね」


『イリーナ様、自ら?』


「当然よ、相手が相手だけに場合によっては全面戦争よ!」


『……わかりました。では後ほど』


 コクマー学園に潜伏している忠実な近侍ヴァレットである、リサ・ツェッペリンから通信が切れた。


 ヘルメス社、社長室にて。


 イリーナは革製の椅子から立ち上がり、寥廓りょうかくなる窓際に向かい独り佇む。

 広大な景色を見つめながら両腕を組み、端正な眉を顰めた。

 絶景な眺めとは裏腹に、その心中は決して穏やかではない様子だ。


「――ついに動き出したわね、強欲なガルシア家め! 私のカムイに手出しさせないんだから!」


 親指の爪を噛み締め、イリーナは呟いた。





───────────────────


《設定資料》


〇ヘルメス社:工作員(スパイ)


 超大手軍需企業ヘルメス社の代表取締役社長イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナから直に雇われ、密かに国連宇宙軍やライバル企業などに潜入し諜報活動を行う者達である。


 内容は情報収集以外にも敵対する組織の活動を阻害や攪乱などの任務もあり、政治と経済、軍事科学や技術に至るまで多岐にわたっていた。

 その構成員は先代のヴィクトル・スターリナから受け継がれており、またイリーナが個人で雇用した者達もいる。

 したがって正社員からアルバイト感覚で雇用契約を結ぶなど、幅広く起用し採用されていた。


 ちなみに各工作員にはコードネーム番号が与えられ、普段は番号で呼ばれることが多い。

 中でも「000(トリプルゼロ)」と与えられた工作員は、極秘エースパイロットの「弐織 カムイ」を支援するために集められた構成員であり、カムイ自身も認知していないメンバーが多く存在する(はっきり言うとイリーナの私的にて、カムイを監視目的で置かれたスパイである)。


000トリプルゼロのメンバー》


 000-1 リサ・ツェッペリン


 000-2 長門 静


 ~


 000-9 星月 桜夢


 000-X ホタル



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