第23話 イリーナの駆け引き




 ~イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナside



「――ご安心ください。イリーナは俺が守ります」


 3年前になる。


 父、ヴィクトルが亡くなる前に、カムイが言った言葉だ。


 その言葉に、不安でしかなかった当時の私はどんなに救われたことか――


 父からの遺言で、僅か11歳で軍需産業を支配する大手企業『ヘルメス社』を引き継いだのはいいが、その規模の大きさに私はプレッシャーで押しつぶされそうだった。


 中には私を失脚させようと目論み、実際に命を狙われたこともある。


 けど常にカムイが傍にいてくれたことで回避し、逆に私がそういった連中を追放してやったわ。

 

 恩寵ギフトを受けたカムイは、五感のあらゆる要素を脳内に取り込み、未来予知や危険察知能力に特化している。

 それはAGアークギアのパイロットとしても反映しており、常軌を逸した反射神経を持ち、さらに死角のない精密な回避術で敵の撃退と先手を打つことに長けていた。


 その力で常に誰かに狙われている、私の危機を何度も阻止したり救ってくれたりと貢献してくれる。

 反面、それらの影響で脳には常に負荷が与えられており、いずれは脳や精神あるいは身体に支障をきたす危険があるともされていたのだけど……。


 私もヘルメス社の代表取締役社長として頭角を現していくと、次第にそういう輩が減っていく。

 

 次第にカムイは私から距離を置くようになり、“サンダルフォン”の専属パイロットとして戦場に出るようになってから、私を「社長」と呼ぶようになった。


 寂しかった……以前は兄のように接してくれたのに……。


 だけと口に出しては言えない。


 私にも矜持プライドがある。

 ヘルメス社を支える社長としての意地よ。


 きっと、カムイも周囲に気を遣った上で、自分から距離を置くようになったと思うわ。

 それは、私が彼に「大丈夫だ」と認められ、成長を成し遂げたと誇れることでもあるのだけど……。


 だからしばらく、雇用主と雇われパイロットの関係でいることにしたわ。

 カムイも望んでいたことだしね。

 無茶を言って、彼のストレスになるようなことは避けたかったから。


 現にコクマー学園に入学してから、対人関係にストレスを抱くカムイは誰とも接することなく、一人でいることの多い「陰キャぼっち」を演じていた。

 視力も抜群によい癖に、黒縁の伊達眼鏡なんて掛けた上でね。


 カムイなりに学園生活を満喫するなら、私もしばらくはこのままの関係を維持しても良いと思った。


 もう少し、私が大人として成長すれば……カムイを手に入れるのは、それからでも遅くない。

 そう思っていたのだけど……。



 甘かったわ。



 人間、70%は見た目の第一印象で決まると言うから油断していた。

 

 カムイも素は悪くないけど、本人の性格もあって、どちらかと言うと暗く見える感じかしら。

 おまけにクラスから、陰キャぼっちのレッテルを貼られ、誰も近づく者はいない。


 けど、中には「本物」を見極める輩はいるようね。



 まず一人が、古鷹 セシリア。

 主力戦艦"ミカエル"の艦長よ。


 私が彼女を気に入り、軍の上層部に推したんだけどね。


 あの若さで「天才」と称されているだけあって勘が鋭い。

 どういうわけか、本能でカムイの存在に気づいたわ。


 普段から、やたらと彼に「癒し」と称して何かを求めてくる曲者よ。



 もう一人が、レクシー・ガルシア。


 我がスターリナ家とは母方の親類であり、唯一好敵手ライバルと認めたガルシア家の末娘よ。

 ガルシア家も軍需産業に手を伸ばし、戦艦の部品やAI機器のシステムに至るまで、細々と国連宇宙軍に根づく深い関わりを持っているわ。


 ヘルメス社がAGアークギアを開発して売り込まなければ、案外トップの座は危なかったかもしれないわね。


 そのレクシーが学徒兵の教官として仮想操縦訓練シミュレートを通し、カムイに目を付けてきた。

 

 強欲な血筋なだけに、優秀な素材を見極める術に長けていたようね。


 彼女自身の人柄は嫌いじゃないけど、やっぱりガルシア家の人間は好きになれないわ。

 しかも、あの両乳……セシリアもそうだけど、見ているだけでイラっとする。



 最後に、星月 桜夢。

 地球上がりのパイロット訓練生。


 虫も殺せなさそうな顔をしている割には、しっかりと信念を持って宇宙に上がって来たようね。

 見かけによらず、一目でカムイの優秀さを見抜いた中々の強者よ。


 それにカムイが気に入るだけあって、真っすぐな性格で口も堅い。

 さっきのやり取りの中で、それが良く理解できたわ。


 同時に最も脅威するべき好敵手ライバルだということも……。


 だから取り込んだのよ……ヘルメス社のアルバイト工作員として。


 危険だけど、野放しにはできない存在だとわかったから――


 あのカムイが私以外に、あんな明るい笑顔を見せる子……。




「――出る杭は打つべきね」


 入浴していた私はそう考えていた。

 そして浴槽から上がる。


 ずっと傍で見守っていた、赤毛のショートヘアで綺麗な顔立ちをしたメイドから、バスタオルを受け取る。


 最も私に忠実であり信頼のおける近侍ヴァレット


 リサ・ツェッペリン。


 彼女は頬を赤く染め、じっと私の裸体を見入っていた。

 時折、視線が怪しいけど、特に害はないから別にいいわ。


 全身が映る鏡の前で、自分のボディラインを確認する。


「悪くないわ」


 冷静かつ客観的な事実の下、そう判断した。


 生まれつきの真っ白な肌に、綺麗な曲線ラインを描いた身体つき。

 正直、もう少し肉付きが欲しいけど……特に胸の辺りね。


 小食だから仕方ないわ。

 14歳の年齢を考慮すれば、まだ成長する可能性はある筈よ。


「イリーナ様、お体を拭きましょう」


「それくらい自分でやるわ」


 私は身体にバスタオルを巻きつける。

 リサは少し残念そうな顔をしているが無視した。


 そのままパウダールームへ行き、リサに髪を乾かしてもらう。


「……イリーナ様、本当によろしかったでしょうか?」


 リサは、私の白髪をドライヤーで丁寧に乾かしながら言ってきた。


「何がよ?」


「あのような者をカムイ様に近づけさせて……」


「サクラのことね。確かにカムイにしては珍しく、あの子を気に入っているようね……他人にあそこまで気を遣う彼を見たのは初めてだわ」


「だったら尚のこと……」


「カムイにも言ってやったわ、虎穴に入らずんば虎子を得ずってね。これは荒療治よ」


「荒療治ですか?」


「そっ、あの鈍感男に異性に興味を持たせるためにね。シズも言っていたわ……カムイは女を知るべきだとね」


「それは意味が違うのではないでしょうか? Dr長門は医師としては非常に優秀ですが、生粋の痴女です」


「性癖はどうあれ一理あるわ。私があれだけアプローチしても、カムイは一向に靡かない。スターリナ家に養子になれば、一生傍に置いてあげれるものを……」


「いえ、カムイ様は『養子』という言葉に引っ掛かっているだけではないでしょうか? 義理でも14歳のイリーナ様の息子になれとかって可笑しくないですか?」


「ならどう誘えば、カムイはずっと私の傍にいてくれるのよ?」


「婿養子とか?」


「い、言えるわけないじゃない!」


「(イリーナ様は相変わらず初心で可愛い♡)まぁ、それは置いときまして。仮にカムイ様が異性に目覚めたとして、その相手が『星月 桜夢』だったら元も子もないのでは?」


「だから雇ったんじゃない、社員として。それにサクラは器量もいいわ。あの『新計画プロジェクト』には打って付けの逸材よ」


「……確かに」


「カムイが刺激され心が靡く前に私が奪えばいいだけのこと。その為にリサ、貴女に学園に潜入してもらっているんですからね! 二人を監視して普段通り、いえより詳細に私に報告しなさい!」


「かしこまりました、イリーナ様」


 リサは丁寧にお辞儀してみせる。



 見てなさい……カムイは誰にも渡さない。






**********



 少し遡り、俺と桜夢は二人で学生寮へと戻っていた。


 事後処理はヘルメス社がやってくれたからな。

 一応、俺達は病院で精密検査した帰りってことになっている。


 とはいえ、こうして二人っきりで歩いていると、何故か胸がムズムズしてしまう。

 いや、心臓が高鳴っているのか?

 特に隣で歩いている、桜夢の綺麗な横顔を見ると尚更だ。


 よくわからない……とにかく沈黙はやばい。


 何か話さないと。


「なんか、そのぅ……悪かったよ。色々と巻き込ませてしまって」


「そんなことないよ。丁度、バイト探していたしね。それに、わたし嬉しんだぁ。カムイくんのこと知ることができて……えへへ」


「そ、そう、ハハハ。じゃこれからも頼むよ」


「うん、任せて。よろしくね、カムイくん」


 俺を見ながら満面の笑みを浮かべる、桜夢。


 なんだろう、この感じ……とても不思議だ。


 心が弾み躍ってしまうような感覚。


 さっきから俺は何に浮かれているんだ?



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