第17話 忠実なるスパイと護衛任務




「――ですが、イリーナ様。カムイ様も以前のように、お名前で呼んで頂けるようになったではありませんか?」


 黄昏るイリーナに向けて、背筋を綺麗に伸ばし佇んでいる使用人メイド服を着た少女が声を掛けてきた。


 赤毛のショートヘアで、くっきりとした二重の茶色の瞳に小顔で整った綺麗な顔立ち。

 細身ですらりとした身長、均衡の取れた中々の美しいスタイル。

 

 ――『リサ・ツェッペリン』16歳。


 イリーナの従者にて近侍ヴァレットである。

 


「リサ、貴女の情報のおかげよ。いつも感謝しているわ……コクマー学園の潜入、ご苦労様。そして、カムイのフォローも……」


 イリーナは他者に対して滅多に言わない労いの言葉を伝えている。

 それだけ、リサという少女に信頼と親愛を向けている証拠だ。


 彼女が言う通り、リサ・ツェッペリンは普段はコクマー学園の「整備機械科」の生徒として潜入し、名前を変えてカムイと同じクラスで密かに彼を監視していた。

 逐一、学園内の情報をイリーナに報告しつつ、密かにカムイをフォローしている。


 当然、カムイはリサの存在など知らず、顔を合わせてもクラスメイト程度としか思っていない。


 ちなみに、今回のカムイが乗る“エクシア”に改造を施したのは彼女である。

 また以前の“サンダルフォン”の出撃要請時、大型バイクでカムイを迎えに訪れたフルフェイスのヘルメットを被った女性ライダーの正体も、このリサであった。



 そんな赤毛の近侍ヴァレット少女は首を横に振って見せる。


「いえ、全てはイリーナ様のためですから……しかし、ほんの僅かですがカムイ様も以前よりご心境が変わりつつあるのは確かのようです」


「星月って子が原因? それとも古鷹艦長? まさか、ガルシア家(レクシー)じゃないわよね?」


「確かに、星月さんとの出会いは大きいでしょう。しかし一概には言い切れません……古鷹さんもガルシアさんのいずれも、カムイ様は認めているところは認めてらっしゃるご様子ですし……」


「……どちらにせよ、カムイは私の所有物よ。誰にも渡さないわ」


「はい」


「けど、カムイのネガティブな性格じゃ、一生誰とも付き合わないまま終わってしまうでしょうね」


「イリーナ様はそれでよろしいと?」


「まさか……カムイには何度もスタリーナ家の『養子』になりなさいって打診しているわ……でも彼、一向に応じてこないのよ」


「はぁ(……いや、養子って何? 婿養子って意味?)」


「だから、作戦を変えることにしたわ」


「作戦ですか?」


「――本丸を落とすには外堀から埋めるのよ」


「外堀?」


「そう。だからリサ、もう少しだけあの学園に潜入して私に力を貸して頂戴」


「御意」


「……スタリーナ家の名に懸けて、必ずカムイを一族に入れて見せるわ。見てなさい」


(わざわざ暗躍しなくても素直に好きって言えばいいだけなのに……イリーナ様も素直じゃないんだから。あっ、でも、そこがまた可愛いんだけど~♡)


 忠実な従者として決して口には出せないが、リサ・ツェッペリンはイリーナを非常に溺愛している。






**********




 その頃。


 太陽系絶対防衛宙域の指定エリア区でひたすら監視を続けている『監視船』を回収し、新たな『監視船』と交代させるため、学徒兵と訓練生が乗る“エクシア”機が合流を果たしていた。



『全員揃ったな? これより、監視船の護衛に当たる。赤Aチーム、5機小隊に分かれて任務に当たれ。青Bチームはキーレンスの指示で打ち合わせ通りに行動すること。黄Cチームは後方で待機、何もしなくていい。特変があれば報告すること、いいな!』


 レクシー機の指示で全員が「了解!」と返答が聞かれる。


 Cチームは成績が20位~29位までの補欠要員みたいなもので、本来30位の俺もその一人に入る予定だった。


 しかしレクシーの指示で彼女と同じ、Aチームでしかも同じ小隊に配属されてしまう。


 さらに面倒そうな不幸は続く――


『ひゃっほーい! 星月ちゃんと同じチームだぜぇ! 必ず俺が守ってあげるからね~ん!』


 アルドが乗る“エクシア”2番機がシャドウボクシングをしている。


 そんなチャラい操縦するアルドに、ハヤタ機が近づく。


『浮かれてんじゃねーぞ、アルド! 星月、緊張しなくていいからな。何かあったらオレを頼ってくれ」


『う、うん。ハヤタくん、ありがとう……』


 明らかに気を遣った返答をする、3番機の桜夢。


 傍から見ていて過保護っていうか、色々と構われ過ぎってのも不憫だなと思った。


 そして、左肩に赤字で「000」と表記されている“エクシア”こと、レクシー機を先頭に同じ小隊の三機が続き、俺はさらに後方側で飛ぶ。


 なるべく連中の視界に入らないよう意識したからだ。


『――カムイくん、大丈夫?』


 桜夢が心配してくれて通信してくる。


 わざわざ個人無線にした上で。

 おかげで他の連中に聞かれることはない。


 学園内といい、凄く知恵の回る子であると感心した。


 俺は無線にチャンネル回線を合わせ応答する。


「大丈夫だよ、桜夢さん。ありがとう気を遣ってくれて」


『ううん、そんなことないよ。正直、カムイくんが一緒のチームで良かったと思っているの』


「そぉ? でも僕、そんなに成績いい方じゃないし……かえってチームに迷惑を掛けないか不安なんだ」


 別の意味でな。


 けど最近じゃ、桜夢に嘘をついたり隠し事をすることに抵抗を感じてしまうこともある。


 俺なんかのために、これだけきめ細かな配慮してくれるだけに、彼女に対して必死に隠す必要はあるのだろうか?


 そう思えてしまう自分もいた。


 反面、こういう心境に陥る自分の変化に戸惑いを感じている……。



『大丈夫だよ。わたし、無重力でAGアークギアを動かすのは初めてだけど、訓練だけは誰よりも頑張ってきたつもりだからね』


 桜夢は力強く返答する。


 なるほど。

 桜夢なりに操縦士パイロットとして一生懸命努力し、必死で頑張ってきた矜持プライドがあるようだ。


 伊達に地球から上がってきたわけじゃない。


 だとしたら、ハヤタやアルドや地雷を踏みまくり、大失態を犯しているってやつだ。


 桜夢という女子は、見た目こそか弱そうな美少女だが、決して生半可な気持ちで宇宙に上がっているんじゃない。


 常に高みを目指し、AGアークギアのパイロットとして強い志を抱いている子だ。

 そんな桜夢に対して不用意に気遣うのは、逆に彼女への冒涜となり得るだろう。


 ましてや、アイドル扱いは厳禁ってやつだ。


「そっか……だったら僕も頑張らないとな。桜夢さんを見習ってね」


『カムイくん……大丈夫だよ、キミなら。それじゃ、通信を切るね』


 桜夢は通信を切った。


 なんか励まされちまったな……悪い気はしないけど。

 てか余計、偽っていることに罪悪感が重く伸し掛かってしまう。




 それから目的地とするエリア区の宙域へと入った。


 ここ何年かFESMフェスムが出現していないとされる宙域だが、油断せず緊張感を持たなければならない。



 護衛役のエクシア隊が見守る中、『監視船』の入れ替えの移動が行われる。


 遥か後方には、待機しているCチームの他に、正規のパイロットが乗るAGアークギアが2機ほど待機していた。


 正規のパイロットは保険としての見守り役らしい。


 この任務では正規兵2機、学徒兵2機、訓練生30機と、中隊規模の部隊で編成されている。


 ただの護衛にしては手厚い配慮だ。

 きっと訓練生の参加を許可する上で、そのように注文を下したのは艦長である『セシリア』に違いない。


 セシリアも学園ではあんな感じだが、船員やパイロット達の命を最優先する所があるからな。

 だからイリーナにイジられながらも、何かと気に入られているようだ。

 


 交代した船は、最終的にゼピュロス艦隊で回収してメンテナンスを行いながら、次のエリア区へ航行していく。

 その間、人員転換や配置換えがされるらしい。



 ここまでは至って順調な作業だ。


 俺も訓練生らしく、メインモニターからその光景を静観している。


 だがしかし……


「――なんだ? 頭の中がビリっとする」


 頭痛まではいかないも、さっきから何かが過っていた。

 無空の海と言える暗黒宙域で、俺は歪で異様な気配を感じている。


 束の間。


ALERT緊急警報! マスター、30㎞先に時空転移反応アリ! 空間が歪められ、もうじきホワイトホールが発生しマス!』


 不意にホタルから、密かに共有ジャックしている監視船レーダーの情報を知らせてきた。



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