第16話 出撃とイリーナの悩み
喧騒が飛び交う
レクシー・ガルシアが率いるAチームが乗る“エクシア”であった。
横で一列に並ぶ、左肩に「0010」と赤文字でペイントされた機体に俺は搭乗している。
それはAチームの10番機を意味していた。
他の訓練生も、成績順で番号が異なる。
今回の成績1位のハヤタは「001」と記入された
って、俺なんか今回は30位の筈なのによぉ……。
などといつまでも愚痴をこぼしても仕方ない。
出撃前の機体チェックに入ろう。
ちなみに今の俺は、訓練生用の白色のアストロスーツを着用している。
明らかに使い古された感じで外装には多数の傷がついている代物であった。
一応はきちんと修繕はされているため、スーツの性能自体は問題ないらしい。
「ホタル、いるか?」
『イエス、マスター』
コックピット内部のメインモニターから、ひょっこりと電脳妖精のホタルが顔を覗かせている。
「大丈夫だと思うが、機体チェックを頼む」
『
確か訓練生用の
予めホタルが、この機体のシステムをハッキングして乗っ取らせていたのだ。
『オールグリーン、問題ありマセン。アポジモーター及びスラスター、改造と増強により15%向上』
「改造だって? 誰がそんなことを」
『――私よ』
不意にコンソールのモニターから、イリーナの顔が映し出された。
「社長……今日のイベント、知っていたのか?」
『当然よ。私を誰だと思っているのよ……ブツブツ』
なんだろ。
今日はやたらと機嫌が悪い。
俺が黙っていたからか?
別に一切悪くないけど、このまま不貞腐れたままも厄介だ。
形上でも謝っておくか。
「すまん、わざわざ報告する必要もないと思ったから……」
『そういうことで怒っているんじゃないわ!』
「じゃあ、なんだよ?」
『地球上がりの「
うっ! どうしてそれを!?
シズ先生か!?
しかし校医である彼女に、そこまで知る筈もないと思うし、前は何も知らない口振りだった。
まさか他にヘルメス社のスパイが学園に紛れているのか!?
ちくしょう、誰よ!?
「た、ただ隣の席で知り合いになっただけさ……同じ日本人だしな」
『ふ~ん。じゃあ、古鷹艦長(セシリア)は? 癒してあげる仲みたいじゃない?』
何!? そんなことまで知られているのか!?
クソォッ! 絶対にクラス内にスパイがいるってことじゃないか!
「誤解だ……向こうが勝手にそう言っているだけだ。そもそも社長が彼女をイジメたり悪ふざけをするから、俺だって後ろめたくて何も言えないんじゃないか」
『……まだあるわよ。今回の件……学徒兵の教官レクシー・ガルシアとも、時折こそこそしているようね?』
全部筒抜けじゃねーか!?
スパイ、ムカつく! どんだけ優秀なんだ!?
つーか何者よ!
「彼女こそ、俺が“サンダルフォン”のパイロットだと探りを入れられ困っているんだ。現に正体がバレかかっている……それで一番注意を払っているんだよ。そっちこそ、レクシー先輩とは同じ貴族だろ? 何とかしてくれ」
『確かに我がスターリナ家とガルシア家は、母方の親類であり因縁深い間柄よ。軍需産業においても、お父様が唯一注目するほど……つまり
「だろうな。そこは俺も認めている……それで社長の力で、彼女をなんとかできないのか?」
『無理よ。せいぜいバレないようにしなさい。今の
「そのためのって?」
『
なるほど、そりゃいい。
まさに俺仕様の装備だな。
相変わらず、イリーナはきめ細かいフォローをしてくれる。
「……そうか。いつもありがとう、社長」
『イリーナよ』
「はい?」
『たった今から、私を以前のようにイリーナと呼ぶことを許すわ!』
まるで光栄に思いなさいと言わんばかりに、やたらと強気に言ってくる。
確かに、親父さんであるヴィクトル氏が生きていた頃は、兄妹感覚で名前を呼んでいたけど……。
「しかし、流石に雇い主を呼び捨てにするわけには……」
『命令よ、雇い主としてのね!』
口調は相変わらずだが何か様子が可笑しい、イリーナ。
赤い瞳を潤ませ、鼻の先を真っ赤にしているように見える。
真っ白な肌だけに、モニター越しでもすぐにわかってしまう。
まさか泣きそうになっているのか?
なんで? どうして?
理由はよくわからないけど、この子の泣き顔は見たくない。
俺にとって命に懸けて守るべき存在だからだ。
「わかったよ、イリーナ。これでいいだろ?」
『そう、それでいいの……負けないんだから』
「え?」
『なんでもないわ。とっとと行って、ちゃちゃと終わらせなさい。訓練生くん』
イリーナはウィンドウを閉じた。
なんなんだよ、一体……。
まぁ、いい。
「言われなくてもやってやるさ」
『エクシア、赤10番機! カタパルトデッキへ移動しろ!』
レクシーから内線で指示が入る。
「了解!」
俺は操縦桿を握りしめ、“エクシア”を移動させる。
レクシー機を筆頭に、次々と
そして、いよいよ俺の順番となる。
「エクシア赤10番機、弐織 カムイ、行きます!」
**********
「――ふぅ、あの鈍感男にも困ったものね」
ヘルメス社、社長室にて。
カムイとの通信を切ったイリーナは溜息を吐き、古風な
密かに彼女は悩んでいた――。
一向に進展しない、カムイとの関係についてだ。
いや、それどころか距離を置かれてしまっている。
特にイリーナから代表取締役社長として就任してからだろう。
それまでは本当の兄と妹、いやそれ以上に親密で仲が良かったと思う。
彼女の父であり、ヘルメス社の前社長であるヴィクトル・スターリナが生きていた頃までは――
しかし現在。
気づけば「雇い主」と「雇用者」の関係となってしまっている。
イリーナも亡き父の意志を継ぎ、当時11歳という若すぎる年齢での就任であったこと。
また最愛の者を失った悲しみも重なり、余計に弱味を見せるわけにもいかず、常に気丈に振舞っていた。
カムイも彼女の傍でずっと支えてくれたものの、これまで曖昧だったイリーナとの関係をはっきりさせるため、父ヴィクトルの遺言通りに“サンダルフォン”のパイロットとして「雇われる側」となった。
きっと、彼なりに周囲に向けての示しのつもりなのだろう。
しかし、イリーナにとっては、社長という「立場」と自分の「気持ち」の板挟みでありジレンマに違いない。
結局、寂しいことに変わりなかった。
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