第14話 バレ始めた選抜順位




 次の日、コクマー学園にて。


「あ~あ、“サンダルフォン”、マジでムカつくわ~!」


 早朝から、セシリアが苛立っている。


 きっと、昨日のイリーナとの遊覧飛行で戦艦のブリッジを一周して、びびらせたのがいけなかったのだろう。


 特にセシリアは飛び跳ねるくらい、めちゃキレていたのを覚えている。


 その節はすみません……っと、口に出しては言えない。


「あっ! 弐織くん、おはよーっ! ねぇ、あたしを癒してぇ!」


「……おはようございます。ごめんなさい、僕では何もしてあげれないです、はい」


「いいよ~! いつものように黙って眺めさせてくれるだけで~!」


 俺は鑑賞用植物か?

 でも罪悪感はなくもないので黙認することにした。


「おはよう……カムイくん」


 桜夢は小声で挨拶をしてくれる。


 彼女は俺の素性を知らないが、こちらに迷惑が掛からないよう配慮してくれているようだ。

 不本意ながらも、周囲から何かと注目を浴びている女子だけに。


 俺としては助かる……いやガチで。


 セシリアのようなノリで桜夢にまで来られたら流石にクラスの連中も黙ってないだろう。

 特に男共……「陰キャ如きが! 何、美少女二人に挟まれているんだよ!」ってノリで絡まれそうだ。


 それを回避できるだけでも、桜夢は気が利ける本当にいい子だと思う。


 俺は小さく頷き、軽く微笑んで見せた。




 午後の専修科目となる。


 操縦訓練の教室にて、普段通りに操縦士仮想訓練装置パイロット・シミュレーターの訓練が開始される。


 教官役としてお馴染みとなった、レクシーとキーレンスが担当している。


 ハヤタとアルドは相変わらず、1位と2位の上位争いをしていた。


 桜夢は地球で頑張っていただけあり、3位の好成績だ。

 同学年の女子パイロットの中では断トツの1位である。


 レクシーも「うむ……やるな、彼女」と、桜夢の操縦技術に感心していた。


 俺はというと、いつもの通りに手を抜き、目標であった30位に入っている。


 可もなく不可もなく。

 このバランスが丁度いい。


「陰キャにしちゃ、上出来の方じゃね?」


 アルド達がニヤつきながら小声で嫌味臭いことを言ってくる。

 

 だが俺は気にしない。

 不思議にあれだけ鬱陶しいかった雑音が、今はあまり気にならなくなっていた。


 きっと桜夢の存在が大きいと思う。

 別に変な意味じゃない。


 これまでは全員が胡散臭く全てが敵っぽく感じていたけど、一人でも信頼できそうな子がいるだけで、心の負担が軽減されるようだ。


 桜夢は俺の素性を知らないのにもかかわらず、何かと気を配ってくれる。

 それだけで、どんなに救われることか……。


 ストレスが溜まりやすい体質だから、一人でも理解者がいることがとても有難いのかもしれない。



 一方でカースト一位のハヤタは案の定、俺になど歯牙にもかけない。


 その代わり、


「――星月、凄ぇな。俺らと僅差じゃん!」


「う、うん……(まだ宇宙での操縦感覚が慣れてないみたい。悔しい……)」


 桜夢の隣で壁に手をつきカッコつけながら、何かとちょっかいを掛けているようだ。

 当の彼女は頷きながらも、どこか腑に落ちない表情に見える。

 

 他の生徒達もハヤタとアルドを持ち上げながら何かと騒がしい。


 いつもならレクシーが教官として叱責するところだが、今日はずっと真剣な表情で腕を組んだまま豊満な胸を強調させて黙っていた。


 何故だろう?


 レクシーの奴、ひたすら俺を凝視しているように見えるぞ。

 機嫌が悪いというより、こちらに不審を持った眼差しだ。


 考えてみれば、レクシーが最も俺の正体に気づいている節がある。


 こりゃ、近寄らない方が無難だな。




 それから間もなくして、俺達訓練生は一ヵ所で集まって整列した。


 レクシー教官から、ある任務について説明を受けることになる。



「――護衛任務?」


 ハヤタが首を傾げる。


「そうだ。絶対防衛宙域で待機している『監視船』を交替させるため、AG隊の護衛が必要となる。正規軍から、それくらいの任務であれば我ら学徒兵と訓練生の実習を兼ねて可能だと判断された。無論、ここ何年もFESMフェスムの出現していない比較的に安全な宙域での任務だ」


「ここにいる俺達訓練生から選抜されると?」


「その通りだよ、ハヤタ君。ボクとレクシーで隊を組み、この中からパイロットを選抜したいと思ってね。勿論、全員参加は難しい。なので今日の成績で20位まで入っている者と思って、抜き打ちで見させてもらったんだ」


 キーレンスが説明する。

 なるほど、それで普段よりも真剣な表情で黙っていたのか。


 20位までね……。


 よし、俺は30位だから余裕で外れたぞ。



「――30位だ」


「え?」


「護衛任務の参加は30位まで成績を残した者とする」


 レクシーが言ってきた。


「レクシー、いくらなんでもそれは……」


 副教官ポジのキーレンスが意見してくる。

 流石に10位もランクを下げるのは尋常ではない。


「このクラスの主教官は私だ。責任は私が持つ」


「いや、そういうことを言っているわけじゃ……わかったよ。遠くで見学させる程度なら問題ないだろう。教師からはボクが言っておくよ」


「……すまん、キーレンス」


 キーレンスめ。

 相変わらず、レクシーには甘い奴だな。


 ん、待てよ? 30位だと?


 おい、ぎりぎり俺も入ってんじゃねーか!?


 クソ! レクシーめ!


 せっかく圏外だと思ったのに、一体なんの嫌がらせだ!


 あっ、い、いかん、イライラしたら頭痛が……。


 しゃーない、授業終わったら保健室に行こっと。




 それからすぐに保健室へと向かう。


 ノックして、俺が保健室に入った途端、『長門ながと しず』ことシズ先生は「あら、弐織くん」と声を弾ませて、ベッドで寝ていた男子生徒達を叩き起こして追い出した。


 いきなり、シズ先生と二人っきりになってしまう。


「……シズ先生、何も他の連中を追い出さなくても」


「いいの。あの子達、どうせ仮病で来ているだけだし。それに私にとって、カムイ君との貴重な時間よ。さ、横になって頭部調べるから」


「はい」


 俺は言われるがままベッドで横になり、頭部に専用の医療機材を当てられる。


 当然、保健室の設備ではない。

 ヘルメス社特注の医療設備である。

 俺のために、イリーナが準備させたものだ。


 表向きは国連宇宙軍の軍属医であるシズ先生。

 だけど実際は、ヘルメス社に所属する工作員でもあり、医療面で俺のバックアップする担当医でもある。


「一過性のストレスね。内服薬で十分よ」


「そう、良かった」


 シズ先生の診断に俺は安堵する。

 繊細で未知な部分であるだけに、自分ではどうしょうもないからな。


「だけど、以前よりも落ち着くのが早いわ……カムイ君、最近何かいい事でもあったの?」


「え? いや別に……」


 何故か、昨日のイリーナや桜夢と接した記憶が思い浮かぶ。

 どちらも楽しかったな。


 俺の返答に、シズ先生は「はっ!?」と何かに気づき、身体を小刻みに震わせている。


「シズ先生?」


「ま、まさか……捨てちゃったの! 相手誰よ!?」


「はぁ? 何、言ってんっすか?」


「カムイ君の初めては、私が狙っていたのにぃぃぃ!」


 何言ってんの、この先生!


 ガチでそんな目で俺を見てたのかよ!


 いきなりヒステリックを起こすシズ先生を他所に、俺は頭部の機材を外して処方薬を受け取ると、そのまま逃げるように保健室を出た。



 するとすぐ、


「弐織」


 レクシーが廊下の壁際で立っており、俺に声を掛けてくる。


「は、はい……なんでしょうか?」


 また厄介な奴に遭遇したと思った。

 偶然にしちゃタイミングが良すぎる……まさか待ち伏せしていたのか?


 すると、レクシーは俺に向けて頭を下げて見せる。


「さっきはすまんな。急遽変更してしまって……だがキミもパイロットを目指す以上、宇宙での経験は必要の筈だ」


「はぁ」


 つーか、もう何度も宇宙に出て戦っているけどな。


「それに、私は楽しみにしている。キミと共に出撃できることを」


 この先輩、何が言いたいんだ?

 だが丁度いい機会だ。


 周囲には誰もいないし、こちらも探りを入れてみるか。


「どうしてレクシー教官は、僕にこだわるのです?」


「……感じるのだ。キミのパイロットとしての才能を」


「まさか、僕よりもハヤタくんやアルドくんの方が……」


「確かに二人共トップなだけに素質はあるだろう。新顔の星月も見込みはある。だが、弐織……キミは特別だと思っている」


「特別ですか……よくわりません」


「……とにかく楽しみにしているぞ。では――」


 レクシーは足早に去って行った。


 俺は沈黙したまま伊達眼鏡越しで、彼女の背中を凝視する。



 あの先輩……やはり俺の正体に気づいているのか?


 そう警戒心を抱いていた。



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