第13話 もう一つのお散歩デート
イリーナとの遊覧飛行後。
すっかり夜になり、俺は歩いて学生寮に戻るところだった。
イリーナの配慮でリムジンの送迎車を用意されたが、急いでいるわけでもないので丁重に断る。
目立ってしゃーないしな。
それに、こうして独りで歩いて帰るのも悪くない。
娯楽施設がある地区以外は割と静かなので、気持ちを落ち着かせるのもいいだろう。
と考えると、後遺症の云々以前に俺ってやっぱり陰キャ属性であり、ぼっち体質なのかもしれない。
「――弐織くん」
不意に背後から誰かが声を掛けてくる。
女子の声だ。
俺は立ち止まり後ろを振り向くと、そこには転校生の『
予め誰かが近づいてきていたのはわかっていたけど、彼女と夜分遅くに会うのは奇遇だと思った。
桜夢も俺と同じ制服姿であり、どこかへ寄り道していたのだろうか。
「やぁ、星月さん」
「弐織くんも今帰り?」
「そ、そうだけど」
「寮に住んでいるんでしょ? よかったら、一緒に帰らない?」
「え?」
「やっぱり迷惑だよね……わたしなんかとじゃ」
「そんなことないよ。ちょっと驚いただけだから……うん、帰ろ」
「うん」
満面な笑みを浮かべる、桜夢。
隣の席とはいえ、こんな陰キャぼっちの俺と一緒に帰ろうと提案してくるとは……。
物好き……いや気持ちの優しい子なのだろうか。
学園でもあれだけクラスやそれ以外の男達に囲まれて、実際にこれだけ可愛らしく綺麗なのに少しも鼻に掛けない。
清純な慎ましさを感じる。
しかし、あれだな。
こうして二人で歩いていると、なんだかもやもやしてくる。
ストレスとは違う……なんだろ?
「こないだはありがとね」
桜夢がお礼を言ってくる。
「……何が?」
「助けてくれたこと」
「あ、いや……別に僕は何も」
やはりバレている。
俺がホタルに指示し、学園の放送システムをハッキングさせて、揉めているハヤタとアルドを引き離したことを――。
てか、なんでバレてんだ?
セシリアも隣にいたから注意を払ったつもりなのに……。
あの艦長もああ見えて、飛び級で上士官になれるくらい頭がキレるからな。
そういや、桜夢は地球上がりのパイロット訓練生。
中途半端にエリート意識が高い宇宙育ちの連中より、相当の努力をしてコクマー学園に入学している筈なんだ。
だからきっと、他の誰よりも観察力や注意力に優れ、感性も研ぎ澄まされているのか。
教官であり学徒兵のレクシー・ガルシアのように……。
ひょっとして、この手の子は危険なのかもしれない。
俺の平穏な
「そっか……やっぱり不思議だね、弐織くんって」
「普通ですよ」
桜夢と距離を置くため、俺はあえて敬語で素っ気なく答える。
すると彼女は、しゅんと俯く。
「……ごめんなさい」
「何がです?」
「別に詮索とかしているつもりはないの……ただ弐織くんのことが知りたくて」
空気を読むというか、随分と勘の鋭い子だ。
いや、ただ単に俺もストレートに態度を示してしまったのかもしれない。
きっと、こうして声を掛けて一緒に帰っているのは、彼女なりの感謝の気持ちからだと思う。
そこに悪気はないのは理解している。
俺はただ、むやみに他人に深入りするとストレスが溜まり脳に負担が強いられるから距離を置きたいだけなんだ。
だけど、この子は……桜夢はその辺の連中と何か違う。
こうして一緒に歩いてもストレスにはならない。
寧ろなんだろう……この温かな気持ちは――
「こちらこそ、ごめん。僕って人見知りするタイプだから……つい身構えちゃってね。だからクラスでも、いつも一人なんだ」
「そうなんだ……でも嬉しい」
「嬉しい?」
「うん、弐織くん話し方変わったから。その方が嬉しいと思ったから」
「そ、そう……」
優しくと微笑む桜夢に、俺は胸の中心辺りが絞られる。
一体なんなんだ、この感じ……。
高揚とは違う……不思議な疼きだ。
俺は今、どんな顔をしているのだろう。
確かめるのが怖い……。
「と、ところで星月さんは、こんな時間に一人で何してたの?」
誤魔化すように聞いてみる。
ちなみに俺が他人の行動を聞くのは非常に珍しいことだ。
「どこかに割のいいアルバイトがないか探していたの……」
「アルバイト? 学費のため? でも地球から宇宙に上がって来れるほどの実力なら、全て軍で免除されるんじゃない?」
あまりにも落第点が頻繁だったり、学則破って退学にならない限りはな。
「ううん。地球にいる、お母さんへの仕送り……お父さんが亡くなってから、生活も一変しちゃったから」
「お父さん?」
俺の問いに、桜夢はこくりと頷く。
「わたしが小さい頃に両親は離婚したんだけどね。国連宇宙軍の軍人だったの。軍艦の艦長……でも3年前に
軍艦の艦長か……。
3年前といえば、
確か、前のゼピュロス艦隊の主力戦艦が
だとしたら、桜夢の親父さんはセシリアの前任艦長の立場ってことになるな。
「そう……僕と同じなんだね」
「弐織くんと?」
「うん」
俺は思わず自分の身の上を話してしまった。
勿論、ヘルメス社に雇われている件や“サンダルフォン”のパイロットをしている件は伏せたままで。
どうして、桜夢にここまで話してしまうのだろう?
本当に俺らしくない。どうかしている。
いくら同じ境遇だからとはいえ……。
「そっか……本当に似ているね。だから弐織くんもパイロット訓練生に志願したの?」
「うん」
もう何度も実戦に出ているけどな。
しかも超ハイスペック
「……だから、わたし気になっていたんだね、弐織くんのこと」
「え?」
「なんて言うか……弐織くんは他の男子とは、どこか違うってずっと思っていたから」
「ど、どういう意味?」
「うん、ミーハーじゃないというか……周りに流されないというか……ほら、クラスの男子達ってみんなああだったでしょ? わたしが思っていたのと何か違うなってショックもあって……」
桜夢が言わんとしていることはわかる。
今の地球は富裕層と貧困層がはっきりと別れ、スラム街とか無法地帯が多いと聞く。
そんな環境から成り上がるには、国連宇宙軍に入り
宇宙育ちの俺達は将来的に軍人か軍属に入るよう強要されている分、生活の保障はされるので、まだ恵まれている方のかもしれない。
「中には凄い生徒もいるよ……レクシー教官とかね。彼女は本物だと思うよ」
「レクシー教官ね。うん、わたしも彼女は凄いパイロットだと思う。実戦経験だけじゃなく、実際に撃破もしているからね……古鷹さんといい、同じ歳で活躍できるなんて憧れちゃうなぁ」
「そうだね……」
ある意味、俺もそうなのだろうか?
何気に思ってしまった。
「ねぇ、弐織くん……」
「なんだい、星月さん?」
聞き返すと、桜夢は立ち止まり身体をもじもじとくねらせる。
頬を染め、唇を震わせているようだ。
何だ、この雰囲気……。
何か変だ。
まるで……告、
「――わたしのこと『桜夢』って呼んでほしいの!」
「え?」
突拍子もないお願いに、俺は強張った表情が緩む。
伊達眼鏡がずり落ちそうになる。
「二人っきりの時でいいから……駄目かな?」
必死な表情でお願いしてくる、桜夢。
そこまでして、俺に名前で呼ばれたいのか?
勘の良い彼女は、俺が訳ありで他人と距離を置いていると見抜いているようだ。
ある意味、凄ぇな……。
それに、この子なら信用してもいいかな。
「いいよ。僕のことも、カムイでいいから」
「うん、カムイくん! 時折でいいから、またこうして二人で話してくれる!?」
俺の返答に、桜夢は感極まったかのように、パァッと表情が晴れやかとなる。
そ、そんなに嬉しいの……?
なんだか、こっちまで嬉しくなってしまうじゃないか。
「構わないよ。なんだったら、セフィロトの案内がてらに一緒にアルバイトも探そうか?」
「嬉しい、約束ね!」
「ああ、約束」
こうして、思わぬ形で彼女との距離を縮めてしまう。
つーか、星月 桜夢。
この子の方がよほど不思議な女の子じゃないかと思った。
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