第12話 ご褒美と遊覧飛行デート




 セシリア艦長から謎の癒しを求められてから、その日の放課後。


 俺はイリーナに呼びされた。

 理由は教えてくれないが、やたら声を弾ませ機嫌が良さそうだ。

 また「スターリナ家の養子になりなさいよ」とかじゃなきゃいいんだけどな。




 マルクト地区のヘルメス社、社長室にて。


「何の用だ?」


 俺は尋ねながらソファーに座った。

 向かい側に細い足を組んで腰を下ろしているイリーナを見つめる。

 

 やっぱり機嫌がいい。

 普段は猫目の仏頂面なのに、こちらを見ながら柔らかく微笑んでいる。


「カムイ。貴方のおかげで、“サンダルフォン”を基盤にした量産化が決まりそうよ」


「マジか? だがあんな、じゃじゃ馬のような機体……誰も乗りこなせないだろ?」


「まさか。貴方が乗る“サンダルフォン”をそのままコピーするわけないでしょ? そもそも、あのAGアークギアは、アレ1機しか造れないわ」


「どういう意味だ? 今のサンダルフォンは7番目に創られた試作機じゃないのか? 主力戦艦2隻ほどのコストだと聞いたことがあるが、ヘルメス社なら別に何機でも造れるだろ?」


 てっきりパイロットの問題だと思っていたが実は別の事情があるのか?


 イリーナは一瞬、赤い瞳を逸らすも、すぐに俺の顔をみるなり柔らかく微笑んでくる。


「……あんなチートAGアークギア。カムイじゃなきゃ扱えないって意味よ。だから量産に見合うよう性能とコストを落とした上で制作するのよ。当然、名前も変えるわ」


 ポーカーフェイスを装うも、俺は半分くらい彼女が嘘をついていると見抜く。

 だが言及はしない。


 “サンダルフォン”がどんな存在だろうと、俺にとって不都合はないからだ。


 それに俺は、イリーナを信じているからな。


 たとえ世界、いや宇宙全体がイリーナの敵になろうとも彼女は俺が守る。

 あの時から、ずっとそう決めているんだ。


「そうか……順調そうで何よりだ。少しはキミの親父さん……ヴィクトルさんに恩を返せているのなら嬉しいんだけどな」


「鈍い癖にそういうところが義理堅い、やっぱり日本人ね。まぁ、だからいいんだけど……」


「ん?」


 聞き返す俺に、イリーナは頬をピンク色に染めてそっぽを向く。


「何でもないわ。だから、貢献しているカムイ特務大尉にご褒美をあげたいと思ったのよ。何か欲しいものある?」


「ストレスのない環境」


「……他には?」


「別にだな。これ以上、俺に用事がないならケテル地区の格納庫ハンガーに行きたい。“サンダルフォン”に会ってから帰るよ」


「チィッ」


 俺のささやかな要求に、何故か舌打ちしてくるイリーナ。


 突然、何かを決意したかのように彼女の目尻が吊り上がる。


「――じゃあ、カムイが私にご褒美頂戴」


「ご褒美? 俺が? なんで?」


「私はお父様の意志を継いでヘルメス社を一人で支えているわ! だからカムイだって今の生活と立場が保証されているわけでしょ? 貴方には労いがないわけ?」


 んな無茶苦茶な……。

 まぁ、色々と気を配ってくれて感謝はしているけど。


「じゃ、俺は何したらいい? 変な要求は駄目だからな」


 イリーナは腕を組み、しばらく考え込む。


「そうね……いいこと思いついたわ」


 ニヤッと不敵に微笑む彼女に対し、俺はぞわっと背筋を凍らせる何かを感じた。




 そして――



「……まさか、社長がこいつ・ ・ ・に乗りたいって言うとはな」



 俺はイリーナを乗せて、愛機“サンダルフォン”を動かし宇宙空間を飛行している。


 あれからすぐ、ヘルメス社が所有する直行モノレールでケテル王冠地区の格納庫ハンガーに連れて行かれ、専用ドックで厳重に保管されている“サンダルフォン”に乗せられた。


 テスト飛行という名目で、社長から直々の指示なので、スタッフの間で誰も引き止める者はいなく現在に至っている。



「簡易で取り付けた複座席サイドシートはどうだ? 腰と臀部に負担はないか?」


 いくら量産機“エクシア”より一回り大きいAGアークギアとはいえ、本来なら一人乗りだからな。

 スペースだってそれ仕様だし、複座となると無理矢理に取り付けたジョイントで構成されている。

 とても狭く快適とは言えない筈だ。


「大丈夫よ。アストロスーツを着ているからね。それより、FESMフェスムがいないと宇宙そらは静かね。それに綺麗……」


 イリーナは瞳を輝かせながら虚空の世界を眺めている。


「俺もこの景色は嫌いじゃない……でも怖さも感じてしまう。ヴィクトルさんが助けてくれなければ、俺はこの世に存在しない。勿論、社長(イリーナ)にも感謝しているつもりだ」


 そう。ヴィクトルさんの配慮で軍病院に運ばれ治療を受けた後、俺は目を覚ましたのはいいが、環境と後遺症である脳内の変化について行けず、頻繁にパニック障害を起こしていた。


 そんな俺に、イリーナはずっと一緒にいてくれて懸命に看病をしてくれていたのだ。

 今、こうして落ち着いていられるのも、この子が傍にいてくれたからに他ならない。


 ――だから俺は誓ったんだ。


 イリーナを支え守るために戦おうと。

 それが、スターリナ家への恩返しなのだと。


「……今はそういう話はやめましょ? それより、もう少し速度を上げられないの?」


「可能だが結構なGが掛かるぞ。ナノマシンは注入しているのか?」


「しないわ、あんなもの……身体に機械を入れるなんてあり得ない」


 意外と用心深い年頃の14歳。


「天下のヘルメス社代表取締役の言葉とは思えないな……アストロスーツだけでは耐えられるのは、せいぜい7Gくらいだぞ。外側では限界だから内側から強化する必要がある。その為の微粒子機械ナノマシンだからな」


「身体が蝕まれているような気がして嫌なのよ。なんの躊躇もしない、パイロット達がどうかしているのよ」


「……そうでもしないとFESMフェスムには勝てないさ。逆に100年前、よく人類は連中を地球から追い出すことができたと思うよ」


「そうかしら」


「なんだ?」


 俺はチラッと後方に視線を向ける。


 イリーナは瞳を細め、虚ろな眼差しで宇宙を眺めていた。


「追い出したんじゃなく、FESMフェスムが人類を見逃して去って行った。私にはそう思えるわ」


「見逃した……人類を? じゃ今の連中はなんだ? どうしてまた人類に襲い掛かってくるんだ?」


「人類が宇宙に――自分達の領域エリアに踏み込んだからよ。現に地上を復興する数年間は成りを潜めていたわ。国連宇宙軍が設立されて宇宙に上がってからでしょ、FESMフェスムが再び出現するようになり襲ってくるようになったのは」


「……言われてみればだな。元々よくわからない存在だ。人類の敵という以外はな」


「そう、だから戦うの。人類も奴ら以上に進化しなければならない……たとえ『禁断の果実』を手にしようとも」


「禁断の果実? まさか、それがこの機体サンダルフォンなのか?」


「ノーコメント。ねぇ、今から戦艦ミカエルのブリッジを一周してみない? きっと艦長達が大目玉を食らうでしょうね、ウフフフ」


 イリーナはいたずらっ子の笑みを浮かべる。


 艦長って……もろ、セシリアのことじゃないか。

 俺、彼女の人柄は嫌いじゃないからな。


 あんまり、イジメるような真似はしないでほしいんだけど……。


 などと思いつつも、雇い主の指示に忠実な俺は、言われた通りに戦艦ミカエルのブリッジを一周してみる。


 案の定、艦長服を着たセシリアが驚いて物凄く怒っていた。



「あははは、おもろーっ! 見たぁ、あの顔! やっぱ、彼女は最高ね!」


 イリーナは、普段からセシリアをイジりつつも妙に気に入っている節がある。


「もういいだろ……帰還しよう」


「そうね……ねぇ、カムイ」


「ん?」


「……ありがとね」


「え?」


 聴力が良い筈なのによく聞き取れなかった。

 きっと、セシリアに対して申し訳ないという気持ちが優先し、それどころじゃなかったのかもしれない。


「二度は言わないわ」


 イリーナはそっぽを向き、景色の方に視線を向けた。

 怒っているというより、照れているように感じる。


 こうして遊覧飛行は終わった。


 だけど不思議だ。


 まるでデートしたみたいで意外と楽しかった。


 なんか俺までご褒美をもらった気分だ。






───────────────────


《設定資料》


〇アストロスーツ(操縦士服)


 AGパイロットが着用する身体に密着する軽装型の宇宙服。

 またパイロットスーツとも呼ばれる。


 負傷時の鎮痛機能や蘇生機能の他、備えられたナノマシンを体内に注入することで戦闘中の生理機能を抑制させたり、AG操作中の過度のGに耐える身体を補助する機能を備えている。

 ナノマシンは翌日の排泄物と共に流されていくらしい。


 宇宙空間においても、空気による推進力である程度の距離を移動することができる。

 乗るAGでヘルメットの形状やカラーリングなど若干が異なったりする。

(エクシアのパイロットは白色。エース機はその限りではない。サンダルフォン用は黒一色)




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