第11話 艦長の胃痛会議・後編




~古鷹 セシリアside



『――要するに、イリーナ君は“サンダルフォン”を量産化しろと言うのか?』


 顔を隠し機械で音声を変えている人物が率直に聞いている。


『いえ、“サンダルフォン”に関しては、あのままの量産化は不可能です。そもそも機体を操れるパイロットがおりません』


『無人機ではないと聞くが?』


『その通りです。我がヘルメス社で雇用した専属パイロットが操縦しておりますが、あれほどのオーバースペックを誇るAGアークギアです。その性能を引き出せるパイロットは、その者以外で他には存在しないと断言します』


 サンダルフォンのパイロットか……。


 ヘルメス社に雇用された一般人だと聞く。

 なんでも特殊な訓練を受けているのか、非人道的に身体を改造されているという噂も流れている。


『誰も操縦できないAGアークギアを制作しても意味はない。無人機化も機体ごと乗っ取られる可能性もあるから諸刃になってしまう……キミはどうしたいと言うのだね?』


『先程、仰ったではありませんか? 最新鋭機のAGアークギア制作を委ねてほしいと。“サンダルフォン”の戦闘データを基に量産用に機能をカットした状態なら不可能ではない筈。確かに“エクシア”よりもコストはかさみますが、その分性能は大幅に向上することでしょう』


『具体的には?』


『単機でも中型FESMサタネル級は勿論、小部隊でも大型FESMマラーク級の撃破も十分に可能となります』


 イリーナのドヤ顔で言い切る姿勢に周囲はざわつく。


 三年前では、幾つかの戦闘機と戦艦が玉砕覚悟で挑まなければ撃破できないFESMフェスムを、たった数機のAGアークギアで対抗できると断言しているからだ。


 確かに『霊粒子エーテル』を搭載されたAGアークギアの導入は画期的に戦況を変え、人類側にとって大きく飛躍を迎えたと思う。


 しかし『霊粒子エーテル』自体がブラックボックスであり、FESMフェスムという敵の正体すら、一世紀以上経過する今となっても解明されていない。


 兵士達の命を預かり采配を振るう、ゼピュロス艦隊の司令官として、このまま突き進んでいいのかと疑念さえ抱いてしまう。


『……わかった。試験型として新たなAGアークギアを何機か造ってほしい。但し、あくまで”エクシア”をベースにした次世代の高性能機としてだ。あの”サンダルフォン”こそ、全てヘルメス社の自費だからまだ容認もできるが、国連宇宙軍我々の費用をとなると『地球』に住む者達の負担にも関わる……こちら側の事情も察してほしい』


『わかりました。承認ありがとうございます、では――』


 イリーナ社長は意気揚々とリモートを切った。


 途端、あちらこちらと項垂れる声と溜息が漏れる。

 あたしもその一人だ。


 まるで暴嵐のような少女……なまじ綺麗すぎる美少女なだけに威圧感が半端ない。



『――古鷹君』


「は、はい!」


 あたし直属の上官である「マッケン提督」が声を掛けてきた。


『貴官が唯一、イリーナ嬢から“サンダルフォン”の出撃発令要請権を持つ立場なのは誰もが周知している……どういうわけか、あの令嬢は貴官には一目を置いているようだからな』


「は、はぁ……」


 やめてくれない、そういう言い方!

 まるでイリーナ社長とあたしが結託しているような感じ!

 あたし、あんな子と何も関係ないからね!

 

 てゆーか、あの子に好き勝手言わせている上層部そちらの問題でしょ!?


『……だが貴官とて、国連宇宙軍きっての才女と謳われる上級士官。人的被害を出したくない気持ちもわからなくもないが……あまり民間人に頼らないよう、これからも精進してくれたまえ』


「ぎょ、御意」


 こうして最後は、あたしが上官に釘を打たれる形で会議は終了した。



 い、胃が……胃が痛い。



 こんなあたしに癒しプリーズ。


 弐織くんに会いたい――




 それから間もなくして、あたしはブリッジへ戻った。


 完全に意気消沈した状態で……。


「セシリア艦長、会議はどうだった?」


 オリバーくんが爽やかに聞いてくる。


 だけど、その平和そうな爽やかスマイルが逆にあたしの感情を逆撫でし苛立たせるだけじゃなく、心さえも深く抉り削いでいることを彼は知る由もないだろう。


 この病んだ気持ち……どう発散すればいいのか。


「胃が痛い……明日、弐織くんに癒してもらおっと」


 ついポロっと呟いてしまう。


「ニシキ? 誰だい、学園の新しい友達か?」


「そうよ。弐織カムイくん……クラスメイトの男の子よ。彼を見ていると大人達に揉まれ荒んだ心の傷が癒されるの……あ~あ、今すぐにでも会いに行きたいなぁ」


 傷心中のあたしは、何気にオリバーくんに心情を説明する。

 いつも優しく「いい人」の彼なら、あたしの気持ちを理解してくれるだろうと思った。


 だけど。


「――はぁ!? なんじゃ、そいつぅ!? ああ!!!?」


 突然、オリバーくんは声を張り上げて荒れ始める。

 鬼のような物凄い形相となり、やたらと地団駄を踏んでいた。


 その普段見ることのない副艦長の姿に、密かに「副艦長、カッコイイ」と囁き合っている通信士オペレーターの子達さえもドン引いている。


 なんか知らないけど、面倒だから放置しておこうっと。


 あたしは現実から逃げた。


 ただひたすら、大好きな男の子……弐織 カムイくんに会える日のことだけを考える。



 早く明日にな~れ~♪






**********



 あれから次の日。


「弐織く~ん、おはよーっ! あたしを癒して~!」


「唐突に何ですか? いきなり癒せと言われても……」


 学園に登校した途端、セシリアにせがまれてしまう。

 いつも彼女が言ってくる「癒し」の定義がよくわからん。

 そもそも俺にどうしろって言うんだ?


「ごめんねぇ。昨日、軍の会議で色々あってさぁ……あたしにとって、この荒んだ心を癒してくれるのは、もう弐織くんだけなの……だから眺めさせてくれるだけでいいから……ね?」


「えぇ? あ、あ……うん。眺めるだけなら、別に……」


 俺なんか眺めて心が癒されるって……さっぱり意味がわからん。

 

 しかし普段に増して切迫した様子に見える。

 妙な性癖ぶりに思いっきり引いてしまったが、取って食われるわけではないので頷いて了承した。

 


 それから午前中、セシリアは授業そっちのけで、じぃ~っと恍惚に俺を眺めている。時折ニヤニヤして笑っていた。


(な、何これ……どんな状況? なんで俺ばっか、ガン見してるんだよぉ? この艦長……もうやべーよ)


 ――ある意味、何かされるよりも怖かった。

 

 だけど、とろ~んと瞳を潤ませ頬を染めた可愛らしい微笑なので、さほどストレスにならなかったのが幸いだ。


 寧ろ胸の奥が、なんだかムズ痒い……。


 きっと艦長として激務に追われる中で、何かしら嫌なことがあったのだろうと割り切ることにした。





───────────────────


《設定資料》



〇国連宇宙軍(United Nations Space Force)「U.N.S.F」


 正式名称:国際連合宇宙軍


 100年前のFESMフェスムの襲来以降、地球と宇宙(月面裏側と火星)に本部を置く連合軍事組織である。

 宇宙へ拠点を置く際に「国際連合地球軍」から「国際連合宇宙軍」へ改名した。

 国連宇宙軍に所属する者達は人類と敵対する巨悪と戦うため、各国から選ばれた英雄またエリート思想を持つ者が多い。


 セフィロトの出身者は高等部から無条件で軍属扱いとなり、特に優秀な成績を収めた者は正規軍人として迎えられる。

 また地球から志願することで(素質、成績など有能であれば好条件で選抜される)宇宙に上がれた。


《捕捉》

 100年かけた復興により地球の人口も増えつつあるが、決して経済が豊とは言えない。

 富裕層と貧困の差は広がる一方であり、スラム街や闇市が増えている。


 寧ろ宇宙住民の方が豊な暮らしを送っており何かと優遇されていた。

 特に国際連合宇宙軍の高官らは特権階級として、地球の各国に影響力を与え掌握している。

(自分達が地球を守ってやっているぞ的な)


 ヘルメス社も民間企業ながら確かな実績と信頼性、さらに莫大な資金源から唯一国連宇宙軍に意見申し立てができるオブザーバー的なポジションにあたっている。

 そのため、イリーナはゲスト枠で軍の会議にも参加している。


 ちなみ人口が激減ったことで、皮肉にも地球の汚染環境問題が統計上改善されているらしい。

(これもFESMの狙い、あるいは目的だったのかは不明)



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