第10話 艦長の胃痛会議・前編
~古鷹 セシリアside
あたしはコクマー学園を出て、お迎えの軍用車両に乗り込む。
そのまま
ケテル地区。
王冠という意味を持ち、富裕層が多いマルクト地区と反対側の位置に存在する。
ここは軍事工場が多く、ドッグとして修理や建造及び補給など中継基地としての重要な側面を持つ。
あたしは戦艦"ミカエル"に乗り込み、艦長服に着替えて
「やぁ、セシリア艦長。お勤めご苦労様」
副艦長のオリバー・マーティンが出迎えてくれる。
橙色の髪に甘いマスクをした、すらりと背の高い21歳の男性だ。
あたしとは士官学校の同期であり、その若さで「中佐」の階級で副艦長を担っているのだから、相当優秀な士官であるのは間違いない。
飛び級で士官学校に入り何かの間違いで艦長になってしまった、このあたしをいつも支えてくれる兄のような人でもある。
時折一部の間で、あたしとオリバーが付き合っているって噂が流れているけど、はっきり言って嘘っぱちもいいところ。
確かにオリバーくんは凄くいい人だし、大切な友達だけど……って関係だ。
だって、あたしには好きな男の子がいるから。
同じ学園の同級生。
――弐織 カムイくん。
艦長職という激務で身も心も病んでしまっている、こんなあたしに唯一癒しを与えてくれる男の子。
特別何かする間柄じゃないけど、黙って見ているだけで癒されていく不思議な魅力が、弐織くんにはある。
あのモフモフっとした天然パーマといい、物静かな雰囲気といい、なんだか草原で草を食べている羊さんみたいで眺めているだけで癒される。
初めは大人しい男の子かと思ったけど、意外と違う一面を持ち合わせたいたりもする。
クラスの人達から「陰キャ」と言われるわりには、自分の意見をしっかり持ち、こんなあたしでも対等に話してくれたり時には意見し諭してもくれる。
おまけに時折、クスッと笑う仕草も可愛い。
艦長職というシャレにならない激務中、あたしがあの学園に通うのも、弐敷くんに会うのが目的と言っても過言じゃないと思う。
「セシリア、学園で何かいい事があったのかい?」
オリバー
普段は「艦長」だが、ついプライベートのノリで呼ばれることが多い。
「ん? 別に~、あそこはあたしにとっての癒し場だからね。いつも通わせてくれてあんがと、オリバーくん」
「いや、セシリアも年頃だからね。束の間でも、そういう時間は必要だよ」
頬を染めて彼は照れ笑いする。
本当にいい人だな。
これだけ器量の良い人なのに、未だに彼女がいないのは不思議だ。
「艦長、間もなく上層部との会議の時間です」
あたしは無言で頷き、艦長用の
シートに固定されているジョイント部分が作動し、ゴンドラのように上へと上昇していく。
誰もいないブリッジの上階へと着いた。
ここに来る度に、一人で宇宙に放り出された気分になってしまう。
それは、あながち間違いではないわけで……。
目の前で複数のウィンドウが開かれ立体映像が浮かび上がる。
顔馴染みの上官から政治家、わけありで顔を隠した人物まで、様々の高級官僚達の顔が映し出された。
中には、あたしが最も苦手とする「白き妖精」の姿も見られる。
これから、リモートで国連宇宙軍の軍事予算特別会議を開催するところであった。
『――では、これから軍事予算特別会議を開催いたします。本件については……』
『議長、貴方はいつも口上が長いのです。ここは私に仕切らせて頂いてよろしいでしょうか?』
甲高く凛とした声で、ばっさりと言い切る美少女。
髪と肌が真っ白で幼さを残した綺麗な顔立ち、くっきりと目尻が吊り上がり赤い瞳孔を持つ神秘的な魅力を持っている子である。
議長である国連宇宙軍の防衛宙域長官は白い少女の迫力に尻込み、「はい、どうぞ」とあっさり引いた。
『ありがとうございます。これよりこの会議はヘルメス社代表取締役社長である、この私――イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナが仕切らせて頂きます』
そう、この『悪役令嬢』とも呼ばれる、イリーナだ。
あたしよりも年下である筈のイリーナがぐいぐい前に出て来ても、年配者である高官達は文句一つ言わず「異議なし」と返答していた。
参加者全員に、彼女が一目置かれている証拠である。
『早速、話を始めましょう。皆さんもご存じの通り、我が社で開発した試作型
いきなり、あたしに振ってきた。
「は、はい、仰る通りです。“サンダルフォン”が導入されて以来、艦隊の被弾率は大幅に減少し、パイロットの生存が向上しているのは紛れもない事実です」
『その通り、我が社が本気を出せば
イリーナ社長は官僚達の前で堂々と強気で言い切る。
最早、下請け会社の態度じゃないと思う。
っていうより、宇宙規模とはいえ一会社の軍需企業の社長が、この会議に参加していること自体が異例なのだ。
イリーナは特別――いえ、正確には「スターリナ家」だろうか。
先代社長の『ヴィクトル・スターリナ』から、この一族は国連宇宙軍と太いパイプを持っている。
まるで、スターリナ家が国連宇宙軍を設立したと言わんばかりの特殊な発言権を持っているように感じてしまう。
ヴィクトル・スターリナも相当な老齢でありながら、謎の多い人物と言われているのだが……。
彼もまた、娘のイリーナと同様にアルビノを彷彿させる真白な髪と肌を持ち瞳も赤かったようだ。
具体的な年齢は不詳であり、フルネームから露系と思われるが正確な国籍も不明な人物。
とにかく一代で巨万の財を成した男性であったのは間違いない。
類稀な慧眼と先見の明を持ち、その能力と財力を駆使して、国連宇宙軍の内部や政界に精通して強いパイプを持っている。
また独自の帝王学と様々な学問に精通し、軍需産業のトップとして驚異的な手腕を発揮したと言われていた。
また公式ではなく、あくまで軍の上層部で密かに囁かれている噂だが、ヴィクトル・スターリナは国連宇宙軍が宇宙進出の際に大きな貢献をしたとされている。
実は「太陽系境界宙域防衛計画」を真っ先に打ち出し提案したのも、ヴィクトル氏ではないかとさえ囁かれているくらいだ。
しかし、そうなるとヴィクトル氏は余裕で
あくまでも都市伝説的な口承であり、きっと「スターリナ家」への皮肉とやっかみとして囁かれている誇大妄想だと思う。
まぁ、それ以前に、あたしがイリーナを苦手としているのに変わりないんだけどね……。
あたしにとって、この『悪役令嬢』こそが胃痛の元凶であるからだ。
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《設定資料》
〇ゼピュロス艦隊
西風の意味をもつ、国連宇宙軍の第四艦隊。
コロニー船「セフィロト」と連結しながら、常に太陽系宙域を巡回している。
〇主要艦セラフ級:戦艦ミカエル
全長1,565mを誇る、巨大な二等辺三角錐の形をした超大型主力戦艦であり、複数に接合された宇宙戦艦の母艦に位置する。
※国連宇宙軍は『四艦隊』で編成され、ローテーションを組みながら太陽系の宙域を巡回し航海している。(巡視船の役割を持つ)
《その他、艦隊名》
北風 ボレアース 第一艦隊
南風 ノトス 第二艦隊
東風 エウロス 第三艦隊
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