第9話 気になる男の子




~星月 桜夢side



 わたしは生半可な気持ちで宇宙に上がって来たんじゃない。


 3年前にFESMフェスムから地球を守るため命を散らせた、お父さんのことをもっと知りたくて、その志を受け継ぎたくて必死で頑張ってきたつもりだ。


 その証拠に志願すれば誰でも宇宙に行けるわけじゃない。


 生まれや育ち、厳しい適正検査や試験があって、始めて推薦を受けることができる。


 本当なら父親が高官なので、ある程度の憂慮はされる筈なのだけど、離婚して母方の姓を名乗っていたこともあり該当されなかった。


 したがって自分の実力で必死に努力して頑張るしかない。


 入学から半年ほど遅れたけど、なんとか推薦を受けることができ、こうしてAGアークギアのパイロット訓練生として宇宙に上がることができたのだ。


 しかも、嘗てお父さんが指揮をしていた『ゼピュロス艦隊』に……。


 ある意味、運命だと感じる。


 お父さんとの絆を守るため、1日でも早く正規のパイロットになり、同士達とこの艦隊を守っていこうと固い決意を心の中に秘めていた。



 そして今日――。


 わたしは意気揚々と胸を張って教室に入り自己紹介をする。


 ……だけど、どうだろう?


 緊張して来てみれば、男子達から意味不明な歓迎を受けてしまった。


 やたら騒がしく、妙なハイテンション。

 男子生徒特有の軽いノリというか……はっきり言って拍子抜けした。


 国連宇宙軍が運営する学園だから、もっと軍式風で敷居の高く緊張感の溢れたお堅いイメージがあったのに……。


 まるでごく普通の高校生。

 いや、別にいいんだよ……うん。


 だけど、私はそういうつもりで必死に努力して、わざわざ地球から上がったわけじゃないから……。


 文化の違いカルチャーショックっと言うのだろうか。

 イメージしていたギャップに、わたしは戸惑ってしまう。


 まるで場違いであり、異国の地に迷い込んだ気分だ。


 それからも多くの男子が、わたしに色々と声を掛けて質問攻めにしてくる。


 わたしはどう返答していいかわからず、ただ愛想笑いを浮かべるしか術がない。


 おまけに、ハヤタとアルドって男子達が、何故かわたしのことで揉めている。


 ……本当に意味がわからない。

 いっそ、そっとしてほしい。


 そんな時だ。


 隣の席に座っていた、『弐織 カムイ』くんって男子がこっそりと助けてくれた。


 どうしてわかるのかって?


 弐織くんの向かい側の隣席に座っていた『古鷹こたか セシリア』さんが、彼に「弐織くん、ここはお隣として止めに入ったら?」っという言葉が聞こえたから。


 わたしは密かにセシリアさんを意識していた。

 お父さんが命懸けで守ってきた、ゼピュロス艦隊の司令官であり、新しい主力戦艦“ミカエル”の艦長でもあるからだ。


 わたしと同じ年齢なのに、父と同じ舞台に立てる少女。

 太陽系宙域を巡回している四艦隊の中で、最も戦果も上げている評判通りの天才。


 この宇宙そらに上がる前から、ずっと彼女を注目していた。


 わたしは士官になる器はないけど、AGアークギアパイロットとしてなら自信はある。

 将来、セシリア艦長と共に戦えればと夢や希望さえ抱いている。


 そんな彼女に気さくに声を掛けられた、弐織くんって一体どんな男子なのだろう。

 気になり興味が湧いてしまった。


 弐織くんは他の男子達とは違い、大人しく物静かな人だった。


 あのトラブル後。


 アルドくん達から、「ぼっち」とか「陰キャ」とか陰口を言われているけど、わたしはそうは思わない。


 彼らのような宇宙育ちは、特にエリート思考が強く感じられる。


 自分達は選ばれ、外敵宇宙怪獣FESMから地球を守っているぞ、っという自己顕示意識だろうか。

 だけど実際に戦い守っているのは正規の軍人であり彼らはまだ学生、いや学徒兵にも選ばれない訓練生だ。


 正直、謎の自信に満ち溢れているようにしか見えない。

 物事をチャレンジする上で自己肯定力は必要だけど、彼らの自信はまるで質が異なると思う。


 他人を見下し踏み台にして、その上で自分が優位に立つという、典型的なスクールカースト。

 実力が伴っていないのではないかと疑ってしまう。


 その点、弐織くんは何て言うか……落ち着いた人。


 普段は静かな波のように穏やかで、その気になればいくらでも荒波へと変化する。


 内に秘めた何か。


 わたしはそう感じずにはいられなかった。



 そう、男子が揉めていたあの時も――


 わたしはセシリアさんの言葉で、弐織くんの方を意識していた。


 彼は机に頭を沈めたふりをし、あの腕時計……いやウェアラブル端末に話し掛けて誰かに頼み、あの学園内放送を流してくれたのだと悟った。


 こう見ても、わたしはパイロット適正検査では聴力がいい方だったからね。

 何を言ったのかまではわからなくても、事の流れやタイミングの良さを推察すれば大体のことはわかる。


 わたしのお礼の言葉に、弐敷くんは知らないふりをしている。

 きっと不必要に事を荒立たせたくないという配慮なのかな?


 でも嬉しい……。


 ハヤタくんのような一方的な言葉や行動よりも、弐織くんのさりげない行為と優しさが嬉しかった。


 今も何事もなかったかのように、机に伏せて寝ている弐織くん。


 なんだろ、この気持ち……。



 ――わたし、弐織くんのこともっと知りたい。




 それからお昼休み。


 転校生のわたしは、セシリアさんの案内で学園内の案内をさせてもらった。


 当初は、またアルドくんとハヤタくんが名乗りを上げたが、わたしは先生に「女子同士で、古鷹さんでお願いします」と指名する。

 

 セシリアさんも午後から艦長としての艦隊任務にもかかわらず、快く了承してくれた。



「――それで、どうして僕まで?」


「いいしょー、弐織くん。転校生には優しくするものよぉ、お隣同士でしょ?」


 セシリアさんの後ろで、弐織くんが渋々ついて来ている。

 何故か彼女のお気に入りである彼は、半ば強制に連れ出されていた。


 当然、男子達からブーイングは発生したが、セシリアさんは一切気にしない。

至ってマイペースだ。

 もっとも、この学園で現役艦長であるセシリアさんに、まともに意見できる生徒なんている筈がないんだけど。


 だけど、弐織くんは明らかに迷惑そうだ。

 ずっと周囲を気にしながら歩いている。


「……お隣って座席がって意味じゃないですか?」


「いいじゃん、別に~。弐織くん、どうせ暇でしょ?」


「……それを言われると何とも」


「ごめんなさい、弐織くん。迷惑かけちゃって……」


「いや、星月さんが悪いわけじゃないからね」


 弐織くんは、瞳を逸らして照れたように微笑を浮かべる。

 素朴な雰囲気で、どこか可愛らしく感じてしまう。


 それに、こうして一緒に行動できて嬉しいかも。


 なんだろ?

 初めてだな……男子にこういう気持ちを抱くのは。


 それから、学園内を一通り案内してもらう。


 午後から色々な専修科目があって面白そうだ。


 わたしは当然、「操縦訓練科」を選択している。

 確か、弐織くんも一緒の筈。

 そう思うと何故か安心感と嬉しさが湧いていく。


 本当になんだろ、この気持ち……。


「桜夢ちゃんって、AG乗り希望なんでしょ?」


 不意にセシリアさんが声を掛けてくる。

 憧れの人に気さくにファーストネームで、しかも「ちゃん」っと呼ばれ、身体がびくんと反応してしまう。


「は、はい……いえ、うん。そうだよ」


 わたしはまだ軍人でない。

 だからセシリアさんとは同期の生徒として普通の言葉で応じることにする。


「……そう、将来は最前線で活躍だね。あたしが言うのはアレだけど、死んじゃ絶対に駄目だからね!」


「え? う、うん」


「古鷹さん。気持ちはわかるけど、これからパイロットを目指す子に、そういうことを言っても……星月さんも覚悟があって地球から上がってきたと思うよ」


 弐織くんは、セシリアさんを窘めている。


 彼の言葉に、わたしの胸がきゅっと絞られてしまう。


 初めて、わたしの気持ちに理解してくれる人に出会えた。


 そう思えたから――。


「……そうだね。ごめんね~、桜夢ちゃん。あたし間近で色々見ているからさぁ、なんて言うか……いい人そうな子がいなくなるのとか、嫌なんだよね……艦長失格だよねぇ」


「ううん……心配してくれてありがとう、古鷹さん」


「セシリアでいいよ~ん。まぁ、その為に多少ムカついても、ヘルメス社のAGアークギアを頼っているんだよね~」


「ヘルメス社?」


「“サンダルフォン”……ヘルメス社が保有する漆黒のAGアークギアよ。艦長として、あたしの権限で出撃を依頼して戦場で働いてもらうの。もう、そりゃ強いのなんのって~」


「ぶほっ、ぶほっ!」


 何故か弐織くんは咽込んでいる。


「どうしたの弐敷くん?」


「な、なんでもない……古鷹さん、どうして“サンダルフォン”がムカつくんです?」


「……言いたくない」


「「はぁ?」」


 セシリアさんの拒否に、わたしと弐織くんは声を揃えてしまった。


「大人の事情! あっ、もうこんな時間! あたし艦に行かないと――じゃあね、お二人さん!」


 逃げるように、セシリアさんは駆け足で去って行く。


 一体なんなのだろう?


「……それじゃ、星月さん。午後の教室に行こうか?」


「え? う、うん……」


 よく考えたら、弐織くんと二人っきりで歩いている。


 やだぁ、急に緊張してきちゃった。

 せっかくだし、何か話さないと。


「ね、ねぇ……弐織くん」


「ん?」


「これからもよろしくね」


 わたしが笑顔を向けると、弐織くんも恥ずかしそうに口を噤んだまま頷いてくれた。



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