第5話 ヘルメス社の社長
俺達が暮らしている、宇宙
非戦闘時は『ゼピュロス艦隊』と連結されており、共に太陽系を巡回している移動型の居住船である。
全体の面積が、亀の甲羅に似た六角形の対角線が長い半球型であり、全長が約6,500mの巨大都市であった。
時に戦艦の生産から物資の補給なども担っている。
内部は約40万の人間が居住しており、生まれながらの宇宙住民から地球から選抜された者達、学生から民間人まで様々な人間が暮らしていた。
コロニー内は11ヵ所の地区があり、地区ごとに学校や病院、娯楽施設などがある。
尚、ざっと以下のように
ちなみに地区名は旧約聖書に基づいた「
いつも俺が通っている学園は、
王国という意味を持つ、マルクト地区。
国連宇宙軍の上層部及び政治要人などが滞在し、最も設備が整った街である。
所謂、上流階級ばかりが住む場所だ。
本来ならただの訓練生である俺が、とても来ていいような所じゃない。
その証拠に日頃から四六時中、警備隊により厳重の監視がなされていた。
「こんばんは、ご苦労様です」
俺は警備兵に通行許可書を見せる。
「これは特務大尉殿! お勤めご苦労様です! さぁ、お通りください!」
背筋を伸ばし丁寧に敬礼して、あっさりと検問を通してくれた。
俺は正式な軍人ではないも、一応は軍属に所属した「特務大尉」という特権階級を与えられている。
特務とは特殊任務を行う上で、通常の大尉よりも二階級上の発言権を持つという意味だ。
その気になれば「中佐」並みに指示を与えられることになる。
まぁ、あくまで“サンダルフォン”のパイロットとして戦闘に参加した場合に限るけどな。
したがって国連宇宙軍で極一部の者だけが、俺の存在を知っているってわけだ。
そんな俺が検問を通り過ぎた直後。
ホワイトパール塗装で、ピカピカの光沢を発した長い車体のリムジンが俺の前で停止した。
運転手が降りて、丁寧な動作でドアを開けてくる。
「弐織様、社長がお待ちになっております。さぁ、お乗りくださいませ」
「……わかりました(わざわざ、こんな車で迎えに来なくても……十分に歩いて行ける距離じゃないか)」
心の中でそう過らせながらも、運転手も命じられた立場もあるのだろうと察し、素直に従いリムジンに乗った。
案の定、5分もかからず目的地へ到着する。
超一流の豪華ホテルの前だ。
おそらく、このマルクト地区で一番の高級ホテルだろう。
「……確か、わざわざ政府要人達を追い出して、ヘルメス社が支社として使用しているんだよな?」
俺は遥か上空まで立ち昇る外観を眺めながら呟く。
ホテルの壁一面には、プロジェクションマッピングで何かの『印』が象られ投影されていた。
2匹の蛇が短い杖の柄に巻き付き、杖の先端部に双翼が飾られている。
――ケーリュケイオン。
ギリシア神話のヘルメス神の携える杖。
それは、ヘルメス社が象徴するシンボルマークだ。
間もなくして、ホテルの使用人達が丁寧に俺を招き入れ、エレベーターで最上階まで案内してくれる。
あっという間に、大きな扉の前に立たされていた。
そのままノックすると「どうぞ」と落ち着いた女性の声が聞こえる。
俺は扉を開け、「失礼します」と中へ入って行く。
広々としたフロアに屋上ならではの偉観が大きな窓越しから広がっている。
真ん中あたりに、ぽつんとアンティーク調のデスクが置かれており、レザー製の椅子に一人の少女が堂々と座っている。
頭から、つま先に至るまで真っ白な美少女。
決して比喩ではない。
前髪が綺麗に揃えられた白髪のロングヘアーに乳白色よりも、さらに白色が濃い美肌。
小顔に端整に造形されたような美貌、パッチリと目尻が吊り上がった赤い瞳は神秘的で意志の強さを感じた。
上質なワンピ―スを着こなし、すらり細く長い手足と年頃の少女らしい発育途中のボディラインを浮き出している。
周囲から密かに「白き妖精」と称えられていた。
彼女は、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナ。
ヘルメス社代表取締役社長にて、俺の雇い主だ。
俺より年下の14歳だというのに、常に威風堂々とした風格を醸し出している。
「カムイ、待ったわよ」
「すまない社長。でも、どうせ起きたの昼前だろ?」
大方、起き掛けで俺に連絡をよこしたんだろうが。
彼女の低血圧ぶりは折り紙つきだからな。
「代表取締役となると忙しいのよ。まずは座りなさい」
イリーナに勧められるまま、デスクの前に置かれているソファーに腰を下ろす。
彼女も立ち上がり、俺から向かい側にあるソファーへと座る。
その長く綺麗なラインを描く細い足を組んだ。
「それで俺に用事とはなんだ? 先日の戦闘後、何かあったのか?」
「……相変わらずの鈍感男ね。会いたくて震えるって遠い昔のジャパニーズ・ソングを知らないの? 貴方、日本人でしょ?」
知ってるぞ。
だけど、俺はお前のそういうところにストレスが溜まって、イラっと身体が震えてしまうけどな。
父親の会社を継いだとはいえ、その若さで宇宙の軍需産業界のトップとして君臨しているような子だ。
イリーナの父親の名は『ヴィクトル・スターリナ』。
実際の国籍や年齢は不詳であるが、かなりの老齢であった人物だと覚えている。
母親は彼女が生まれた時に既に他界しており、イリーナは父親の手で育てられ経営者としての帝王学を叩き込まれたらしい。
そして3年前、ヴィクトル氏が老衰で他界した直後、イリーナがヘルメス社の代表取締役社長として就任し現在に至っている。
たった11歳の年齢でだ。
無論、子供であるイリーナが会社を引き継いだばかりの時、社内の反対派が一部の政治家と結託し、彼女を失脚しようと様々な画策があった。
しかしイリーナは父親さながらの剛腕で、そう言った連中を悉く粛清し手段を選ばず追いやってきたのである。
容赦のない徹底した姿勢から、今では誰も彼女をどうこうしようとする者はいない。
そういう意味でもイリーナは間違いなく天才であり、また末恐ろしい美少女社長なのだ。
前にもちらりと言ったが、俺もそんなイリーナに頭が上がらないでいる。
彼女に対して苦手意識や恐怖を感じているからじゃない。
恩と義理があるからだ。
俺が
つまりイリーナの父親であるヴィクトルさんである。
入院中、後遺症で悩む俺のケアをしてくれたのも、ヴィクトルさんと幼女だったイリーナだ。
退院後もヴィクトルさんに拾われ、養われる形で
きっと、利益主義のヴィクトルさんとしては、俺の特殊な病状が商品としての価値があると思ったからこその奉仕なのだろう。
それでも恩人には変わりない。
俺はヘルメス社に雇われ、最新鋭の試作機“サンダルフォン”の専属パイロットになる道を選んだ。
ヘルメス社の広告塔として戦果を挙げ、影ながらイリーナを支えるために――。
それが、スターリナ家への恩返しだと思っている。
「大した用がなければ帰りたいんだが……学園で色々とあったんだ」
言葉を選びながら、俺は自分の気持ちを打ち明ける。
「だったらあんなところ辞めて、スターリナ家の養子になりなさいよ」
イリーナの奴、また始まったぞ。
この子とは事実上、6年間兄妹のように一緒にいたからな。
きっと俺のことを不甲斐ない「兄」のような目線で見ているに違いない。
特に父親が亡くなってから、俺への依存心が強くなっている。
「何度も断っている筈だ。俺の病気知っているだろ? いずれイリーナに迷惑を掛けてしまう」
「病気じゃない、
「だとしたら、俺のことを商品として扱ってほしい。雇い主と雇用人のドライな関係の方が気も楽だ。ぼっちな俺に気を遣わなくてもいいんだからな」
イリーナは俺が学園でぼっちなのを知っている。
だから余計、家族として迎え入れようとしてくれているのだと思う。
なんだかんだ優しいところもあるからな。
しかし、イリーナは頬を膨らませる。
「……本当、鈍感ね! わたしは諦めないからね! スターリナ家の名に懸けてよ!」
そんな理由で由緒ある家の名を懸けないでほしい。
余計、ストレス溜まるわ。
こうして、もやもやしたまま俺の一日が終わった。
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《設定資料》
〇ヘルメス社
軍需産業のトップとして君臨する宇宙最大の企業である。
多数の企業を傘下に置いており、先代より国連宇宙軍や政界にも絶大な影響力を与えている。
AGシリーズ、戦艦やコロニーから生活用品(家電)に至るまで、ほとんどの国連宇宙軍が保有する機械や電子機器類を幅広く手掛けている。
また宇宙開発にも大きく関わっており、研究開発用ドック艦を所有し月の裏側と火星に工場プラントを持っている。
その他、アミューズメントにも精通し芸能事務所等も傘下企業に置いている。
会社のシンボルマークに『ケーリュケイオン』が使用されている。
ケーリュケイオンとギリシア神話のヘルメス神の携える杖である。
短い杖の柄に2匹の蛇が巻き、上部に双翼が飾られている。
ちなみにヘルメスとは、ヘルメス・トリスメギストスの引用である。ヘルメス神と同一視されている(神人であり、伝説的なの錬金術師)。
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