第4話 解き放つ衝動
かれこれ6年前になる。
当時の俺は10歳くらいの頃だ。
両親は離婚し、母親だけが地球へ降りて行った。
俺は宇宙輸送船の船長だった親父に引き取られ、そのまま共に太陽系を巡回することになる。
だからだろうか。
何もない、ただ星々の散らばる無窮の海を眺めるのが好きなんだ。
そんな時。
突如として
遠距離から、高密度の
そいつが、“バルバトス”と呼ばれる宇宙怪獣の仕業だと後で知る事になる。
親父の気転もあり、俺だけが船が完全に沈む前に緊急脱出用のカプセルに乗せられ、そこから脱出することができた。
しかし、爆破の影響で俺は頭部に相当な損傷を受け、生命維持装置で生かされていたようだ。
巡回していた国連宇宙軍に拾われた俺は、火星にある軍病院へと搬送される。
当時担当していた医者の話だと、俺は脳の半分を失っており生命維持装置を使用していたとはいえ、生きているのが奇跡だと言われていた。
最新の再生治療を受け、脳が修復される中で偶然なのか機械トラブルが発生したらしい。
何でも近くに設置された発電施設が故障した影響で、病院の全医療機器に放電したことが原因のようだ
医療機器はすぐに復旧され、俺はなんとか一命を取り留め回復することができた。
だが、そのトラブルが原因なのか、後遺症として脳内物質のバランス構築に影響を受けてしまう。
以前から説明している通り、脳内でアドレナリンやドーパミンが常に活性化しており、その影響から五感や記憶機能が異常発達している状態である。
特に危険察知能力に長け、常軌を逸した反射神経や死角からでも何が起こっているのか、瞬時の回避術や対処することができるようになった。
けど良い事ばかりじゃない。
脳内が異常活性化される影響で常に負荷が与えられており、いずれは脳や精神あるいは身体に支障をきたす危険があるとされるのだ。
したがって日常生活では投薬にて状態を抑えているが、過度のストレスや興奮状態で抑制ができなくなってしまう場面もある。
さらに症状がエスカレートすると、過去にトラウマになった記憶、特に
同時にそれらの影響で我を見失い、攻撃衝動に駆られてしまう場面も少なくない。
――そう、今がその瞬間である。
俺は遥か遠くにいる、“バルバトス”という
その姿は魚の骨格のような灰色の体躯であり、頭部が弓形の円弧を描いたような形態をした姿だ。
胸ビレと思われる箇所には、白い両翼が大きく広げられて仰いでいる。
口と思われる、頭部の中心部から《
そして、俺にとって仇のような存在――
「駆逐する!」
“バルバトス”の攻撃をギリギリで回避する。
アクセルペダルを踏み込み、ブーストを掛けた。
高速に移動する“エクシア”は、二撃目、三撃目と“バルバトス”の狙撃を回避する。
迫ってくる他の
その際も一切減速することなく、巧みな操縦捌きで機体を安定させて高速移動を維持させた。
「凄い……」
ふと、レクシーの声が耳に入ってきた。
あくまで小声だが、聴力が全開である今の俺には、些細な雑音さえも拾ってしまう。
同時に、あくまでこれは『
「――やばい!」
俺は速度を落とし、さも機体制御が取れないふりをして、避けられる筈の
メイン・モニターから仮想訓練終了の文字浮かび、パネルのランプが消える。
瞬く間にコックピット全体が暗くなった。
パシュっとハッチが開かれ、俺は静かに
こっそりと自分の順位を確認した。
50人中の10位。
やっちまった。
30位くらいを狙っていたのに……。
俺はチラッと訓練生達を見つめる。
あれだけ騒いでいた周囲が急に静まり返ってしまっていたからだ。
特に一番、野次を飛ばしていたアルド達がぽかんと大口を開けている。
「は、はは……ブースト吹かしすぎて自滅とはな! ぼっちくんらしいちゃ、らしいぜ! なぁ、ハヤタ!」
「ま、まぁな。あれで完璧に機体制御できていたら、ガチのエースレベルだけどな」
アルドとハヤタも顔を強張らせながらも強気に笑みを浮かべている。
「実戦でも高揚して機体暴走で、たまたま敵の攻撃を回避できるのはよくあることですね。ですが偶然は二度も起きないし、ああして自滅したら元もこうもないでしょう」
教官であるキーレンスの言葉に、他の訓練生達も「そ、そうだよね。たまたまの偶然だよね……」と納得し始めている。
俺も本気になりかけた余韻が残ってしまい、ふらつく頭を抱えながら「そんなところです」と言い、なんとか誤魔化すことに成功した。
「では、これで本日の訓練は終了とする! 各自、今回の課題をクリアするよう努めるように! では解散ッ!」
レクシーの号令で、訓練達は整列し「はい!」と返答する。
こうして何とか無事に専修科目が終了した。
俺は、やれやれと思いながら教室から出ようとする。
「弐織」
珍しく誰かに呼び止められる。
振り返ると、レクシーが立っている。
「……はい、教官。僕に何か?」
「少しいいかな?」
「はぁ」
俺は軽く頷き、彼女と向き合う。
一つ年上だが、女子にしては背が高い方だと思う。
けどその分、胸が豊かでスタイルも抜群だ。
それにとてもいい香りがする。
レクシーの艶やかな唇が動く。
「さっきは何故、自滅した?」
「ハヤタくんが言った通りです……敵の攻撃を避けたのはいいですが、つい斃すのに夢中で機体制御ができなくなってしまって……はい」
「確かに夢中だったな。途中まで凄かった……突然、人格が変わったようにな」
「……はぁ」
やばいな。
すっかり見抜かれているんじゃね?
「弐織、キミは“サンダルフォン”という、黒い
キタわ、これ。
俺に探りを入れようとしているぞ。
どうする?
知らぬ存ぜぬで押し通すか?
いや、無知だと余計に怪しまれる。
ある程度は共有しつつ、話をはぐらかす作戦で行こう。
「え? はい。ヘルメス社が広報のために、この船に送り込んだ機体ですよね? 正規の
「そうだ。昨日、私も戦闘に参加した際その機体と遭遇している。遠くからだが……似ているのだよ」
「似ている?」
「さっきキミが見せた回避技術とね。パイロット達の間では無人機という噂も流れているが、私はそうは思わない……なんて言うか
「生々しさ?」
「生物的と言ったらいいのかな……すまん、そんな筈はないな。今のは忘れてほしい」
「……はい」
「では、またな弐織」
レクシーは軽く手を振り、颯爽と去っていく。
潔いというか、まるで聖騎士と会話しているみたいで、こっちまで誇らしげに感じてしまう。
「……レクシー・ガルシアか」
そんな彼女の背中を見て、思わずフルネームを呟いてしまっている。
直観力があるというべきか……。
非常に優秀な観察眼だと思った。
綺麗な見た目だけじゃない。
学徒兵なのに、相当有能なパイロットのようだな。
あの
雇い主であるヘルメス社との契約と、俺自身を守るためにも正体を知られるわけにはいかないんだ。
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《設定資料》
〇コクマー学園
セフィロト船の
初等部~高等部まである。(士官学校は大学院扱いで別区にある)
国連宇宙軍養成所でもあり、通常の義務教育から各コースに分かれた専門学科がある。
生徒全員が学年に合わせた指定制服を着用している。
《高等部の主な授業スケジュール》
午前:普通学科(一般教育)
午後:専門学科(各生徒選択)
選択科目なので、特にクラス分けはされていない。
・主な専門学科は操縦訓練科(AGパイロット)、整備機械科、情報総合科、士官養成科(士官学校へ進学する課程)、医療衛生科、芸能科など様々コースがある。
※芸能科は専門学科と併用することができる。
・艦隊における肩書はこんな感じ↓
(例)国連宇宙軍養成高等専修学校、第102期パイロット訓練生。
尚、高等部の
その際は学徒兵として「准尉」の階級が与えられる。
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