第12話 人類最強vs魔族最強
「迎えに来ただと?」
ラディウスは剣を抜き放った。敵の瞳を射抜かんとばかりににらみつける。
見なくても分かる。ヘルムの裏側では、自分と似た顔が不敵な笑みを浮かべている。
ヴァジスロードが口を開けて迫る。
ラディウスは剣を振るった。巨大な頭が左右に分かれて、慣性の乗った亡き骸が後方の街並みを蹂躙する。
開かれた安全圏に黒い人型が着地した。
「ヴァジスロードを一撃で
「ぬかせ。この場に現れたことを後悔させてやる」
ラディウスはハンドサインを送る。
リサやシーラがうなずいて散開した。新手の魔物を排除しに向かう背中を一瞥して、正面にたたずむ敵を見据える。
魔皇大帝が柄を握って鞘から得物を抜き放つ。
「その意気だ。さあ、私に
「言われなくとも」
地面を蹴って、歓喜にゆがむ表情に肉薄する。
甲高い音が衝突の合図となった。交差地点を中心にドーム状の衝撃波が周囲を薙ぐ。
守るべき人民はいない。術で向上させた膂力のまま、疾走の慣性を乗せて存分に打ち合う。
火花が散る。
瓦礫が噴き上がる。
剣戟の余波で砕け散った残骸が、戦場を荒々しく飾り付ける。
世界最強のぶつかり合い。常人では目で追うことも叶わない。超速の牽制に魔法剣が加わり、黄金と
ヘルムの内側から
「素晴らしい! 人の身でありながらこの速度、このパワー。一体どれだけ私を楽しませれば気がすむのだ?」
「無論、貴様の首を刈り取るその時まで」
「ならば死ねん。永久に生きねばなるまいよ」
いつくしむように声色がうねる。 あふれる愛しさに対して殺意の刃で応じた。
剣の腕は互角。押しも押されもしない。
ラディウスは生まれ変わるたびに、体が育つのを待たなければならない。
魔皇大帝に寿命はない。時間のロスはいかんともしがたく、それゆえに転生後は剣で後れを取ることも多かった。
しかし相手は相手で、国の平定や調整に時間を使った。長い間争ってきた人間と魔族。互いに憎悪を向ける両者を取り持ち共和国とした。
融和は絶望的だった。生半可な存在では、幾度となく起こる抗争や暗殺の前に倒れるしかない。
成した魔皇大帝はまぎれもない傑物。それゆえに浪費した時間は相当なものだ。人間同士ですら分かり合えないこの世界。長年殺し合った異種族同士が分かり合うなど夢の夢。争いの火種はテロという形で魔皇国を悩ませている。
片やディクロスト帝国は平定されている。紛争に悩まされることなく腕を磨く時間を確保できた。
実力はこの上なく拮抗している。
魔皇大帝を守る近衛はいない。討つならこの上ない好機だ。自然と気持ちが高揚する。
「しかし惜しい。これほどの力がありながら何故もっと欲を出さない? 全てを有象無象に捧げて生きるなど、まるで聖人だな。楽しいかね?」
「そんなわけがなかろう」
「ならばそんな生き方はやめるがいい。つらかったろう? 苦しかったろう? もう我慢しなくてもよいのだ。さあ、この手を取るがいい。私が卿を楽園へと導こう」
緩やかに腕が伸ばされる。
優しい声色。聖人罪人問わず飲み込む夜闇のごとく抱擁せんとする意思が伝わってくる。
委ねたくなる。
捧げたくなる。
それら魔の誘惑を踏みつぶして腕を薙いだ。
「不要だ。貴様の施しなど受けん」
刃が空を斬った。
ラディウスは地面を蹴って開いた距離を詰める。
「調子に乗るな下郎。貴様は力に酔っているだけだ。上から口出しする優越感に負けた弱者にすぎん」
「何を言う。誰かを救うことは強者にしかできん。それが分からぬ卿ではあるまい。現に力を求めただろう? 武力、知力、経済力。幾度とない転生を経て、尋常ならざるものをたくわえてきたではないか」
偽物に言われずとも分かっている。
ラディウスは魔皇大帝を討つために生きてきた。剣の腕を磨いたのも、人心掌握のすべを身に着けたのも、多くの権力者とコネクションを持ったのも、全ては目の前で不敵に笑う偽物をほうむるためだ。
誰かを救うことは強者にしかできない。
ラディウスこそ、その体現者だ。
「恥ずかしがる必要はない。これからの世界、強者は全てが肯定される。見苦しい恥も、あり余る顕示欲も、あらゆる全てが個性として評価される。喜べ、祝えよラディウス・レイ・グランスト。何百という年月を経て、人の枠を超える時がついに来たのだ。先程の
ラディウスは歯をくいしばる。
魔皇大帝が吐いた言葉に悪意や嘲りはない。圧倒的な善意の奔流には、本心からの言葉であると確信させるだけの温かみがある。
ゆえに苛立たずにはいられない。
「笑わせるな。人の枠を超える時が来ただと? 誰が望んだ。強き者しか評価できない視野狭き者が、悟ったような言葉を吐いてくれるなよ!」
左目の近くで火花が散った。
ミレニアム――千年を超えた誓い 原滝 飛沫 @white10
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