第11話 独白


 ラディウスは行った。行ってしまった。


 観測しなくても分かる。これから先、ラディウスは多くを犠牲にして多くを救うだろう。


 その背中に憧れる人は多いはずだ。友人や仲間もたくさんできる。周りに大勢が集うことは想像に難くない。


 それでも彼が心の底から笑う光景は想像できない。


 武力、知力、感情。持ち得る全てをかてとして、目的を達成すべく邁進まいしんする。自分を省みず人類のために奉仕する。


 その在り方を人々は聖人と呼ぶ。人間が志すであろう一つの理想形だ。


 理想は理想だから美しい。口で褒めても、憧れはしても、自分もなろうと動く人はいない。


 だって、その道のりはとても苦しいから。自分の弱さをたった一つでさえも肯定してはならないから。


 どこの誰とも知れない他人のために、独り血反吐を吐き続ける。


 相手は感謝しないかもしれない。こっけいだとわらうかもしれない。


 そんな光景を目の当たりにしても、誰かのためにと奮起して突き進む。そんなものに一体誰が成りたがるのだろう。さながら善意の狂人だ。どうかしているとしか思えない。


 私もそうだ。ラディウスをしたってはいるけれど、ああなりたいとは思わない。


 それが普通だ。目指そうものなら年月に比例して摩耗まもうし、やがて墜落するのが目に見えている。その先に待ち受けるのは破滅。間違っても志すべきじゃないし、誰かに押し付けていいものでもない。


 その在り方を貫ける人がいるとすれば、それはきっとラディウス以外には存在しない。


 だからこそ彼はどうしようもなく孤独だ。


 人とつながる意思がある。協力を仰ぎもするからみんな気付かない。


 ラディウスは守るべき人々のために剣を握っている一方で、その守るべき人々の中に自身を含めていない。人類の救済をうたっておきながら、自分だけはそこから除いている。自身の犠牲で勝利をもぎ取れる場面が来れば、おそらくラディウスは迷わない。


 それが心底気に入らない。


 人々のために死にたいと言うならそれもいい。でも私は知っている。それはラディウスが本当にやりたいことじゃない。他のみんなも知っているはずだ。


 ラディウスは言った。人類と魔族の戦いを終わらせて、人々に平和をもたらすために戦うと。


 平和は幸せに必要なもの。そう考えていなければ出てこない発言だ。禍根を残した自分には幸せを享受きょうじゅする資格がない。そう考えているのがよく分かる。


 何よそれ。何なのよ、それ。


 あれはラディウスのせいじゃない。色々な人がそう言い続けてきたのに、それらには耳を貸さないの? 罪滅ぼしのために戦って死ぬのが贖罪しょくざいだって?


 バッカみたい。人々のために身をていした人が、どうして独り不幸に沈まなければならないの? そもそも何故一人で抱え込むの? 全部独りでできるから? ふざけるのも大概にしてほしい。


 独りで突き進みたいなら勝手にすればいい。


 でも進んで犠牲になるのだけは許さない。その時は引っぱたいてでも止めてやる。怒られても、絶交を言い渡されてもラディウスが生き残れる道を探してやる。


 諦めてやるものか。私は生きとし生けるもの全てに、幸せを求める権利があると信じているんだから。

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