第10話 宣戦布告
岩から削り出したようなゴツゴツとした頭部、建物を巻き取れる巨大な胴体。
ヴァジスロード。元々自然界に存在しなかった、第一類に指定された魔法生物だ。
生きることと、必要以上に大きな体を持つことは相性が悪い。
巨体を維持するには大量のエサを食べなくてはならない。食事のたびに大量の生き物が死滅し、いずれエサが尽きて餓死する羽目になる。
重力も大きな問題だ。度が過ぎる巨体は自身の重さで自壊する運命にある。タンパク質の筋肉ではどうしても乗り越えられない壁。数多の生物が適応できず、進化の過程で巨大生物は排斥された。
魔法生物の体にその常識は通用しない。別物レベルで変異したタンパク質がもたらす膂力にとどまらず、魔法をシステムの一つに組み込んで独自の生態を築き上げている。
中でもヴァジスロードは規格外の怪物だ。一体で小国を滅ぼした記録が残っている。
このような化け物が自然発生するなどあり得ない。他にも自然の摂理から逸脱した魔物が確認される。それら全てが、一人の元人間によって生み出された。
名はアサルド・バルギリウス。かつてディクロスト帝国で魔法生物を研究していた天才科学者だ。魔皇大帝の
ラディウスは仲間に意識を向ける。
「あれの相手は俺たちがする。他の班は散開し他部隊の援護に回れ」
了解の返事が上がって多くの靴音が遠ざかる。
「閣下。どのように仕掛けますか?」
リサが前方の巨体をにらみつける。
巨体の重さに耐えるには頑丈な体が必要になる。
例にもれず、ヴァジスロードの体は鋼鉄にも勝って頑強だ。魔法の恩恵を得ても致命傷を与えるのは難しい。リサほどの剣豪でも不可能だ。
ことラディウスに限ってはその限りじゃない。
「秘剣を使う」
魔皇大帝や大帝の右腕を討つために用意した切り札。難敵を葬るべく考案した技の中には防御不能の剣技もある。
「なんと……!」
ラディウスの言葉を耳にしてリサが目を見開いた。整った顔立ちに驚愕と歓喜の色をにじませる。
「そんな大事なもの、私たちも見ていいの?」
「ああ。むしろ見てくれ。君たちには後世につないでもらいたい」
班員に散開の指示を出してラディウスは一人突き進む。
巨体が接近に気付いた。地面を這って建物を薙ぎ倒しながら迫る。
ラディウスは剣を構えた。宣言通り秘剣を行使して魔物の装甲に切れ込みを入れる。
それはささいな、されど致命的な傷だ。
重力はなければ困るものだが、場合によっては凶器にもなる。高所から物を落とすだけでも硬い物が砕けるのだ。対象が重ければ重いほどその威力も増す。
ヴァジスロードの体は重力の負荷に耐えるほど頑強な反面、負傷した際にはその重みが仇となる。ある程度切れ込みを入れれば、後は重力に負けて構成組織が千切れていく。
重力に負けてヴァジスロードの胴体が二つに分かたれた。左右に逸れた亡き骸が慣性に任せてさらなる損害をまき散らす。
生かしておけば損害は際限なく肥大化していた。この程度の倒壊など微々たる被害だ。
「お見事でした、閣下」
リサが歩み寄って口角を上げる。
「ありがとう」
ラディウスは賞賛する面々から視線を外す。
「あれを一人で討ててしまうのね。すごいわ、本当に」
シーラの表情に浮かぶのはリサに負けず劣らずの驚嘆。褒めているはずの表情にはどことなく寂しさが見て取れる。
「次だ、行くぞ」
ラディウスはさらなる獲物を求めて地面を蹴った。
程なく、他の班からもエリア制圧の報告が上がる。掃討戦は滞りなく終了した。
「拍子抜けでしたね」
「そうだな」
最後の魔物を斬り伏せて剣を鞘に納める。
救助活動は終導の剣の仕事ではない。
ラディウスたちにできるのはここまで。後は災害救助の人員を派遣し、最低限のアピールをして当初の目的を完遂するのみだ。
ラディウスは帰還を宣言すべく空気を吸い込む。
「――ほう、もう終わったか。ならばおかわりといこう」
肌の表面がざわっと逆立った。
心臓をわしづかみにされたような感覚とともに響いたのは、奈落の底に
紅蓮の柱が立った。
その数五本。地中から天を衝かんと伸びて、鉛色の空を血濡れのごとく真っ赤に染め上げる。
地鳴りが起こって足元がぐらついた。火柱に混じって、あちこちで新たなヴァジスロードが地面を隆起させた。
ラディウスの正面に現れたヴァジスロードがあごを引く。
ごつごつした頭部の上には、黒い鎧をまとう人影があった。
「迎えに来たぞ
語りかける声は、数百年命を狙われてきたとは思えないほど優しい。
不快なほど好意にまみれた声が宣戦布告となって、ヴァジスロードの咆哮が街中を轟かせた。
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