第9話 出撃
休戦協定は破綻した。
その一方で協定の話は続いている。ランブル共和国も被害者だ。魔物の襲撃を許した落ち度はあれど責めるのは後回し。協力して事に当たるのが賢明なのは明らかだ。
国を動かすトップが亡くなった。
混乱は避けられない事態だ。ランブル共和国は魔物の対応に並行して、次のトップを決めようと会議に勤しむ。
ディクロスト帝国の混乱は表向きのみ。休戦協定に出席したのは影武者だ。食われたことになっている現総帥は、別人の名前と顔を使って今なお総帥の座に居座っている。
後日共和国と連携し、ランブルの首都に陣取った魔物を討伐することが決まった。
ラディウスも作戦に参加した。通常の軍とは異なり、少数精鋭の班を編成して地面を駆けた。
ディクロスト帝国の軍事力は他国よりも秀でている。最新鋭の兵器に、洗練された教官に訓練された人材。ラディウスが築き上げた年月は、教育機関にも大きな影響をおよぼしている。
その優秀な軍隊にはさらに上がある。
ファントム・ハント。屈強な魔族や魔物相手を想定した、エリートの中のエリートを集めた特殊部隊だ。入隊試験は厳しく、年によっては入隊者がいないこともある。
ゆえに合格者が出た際には人々の注目が集まる。軍人志望の若者が急増するなど、民衆にもたらす効果は
選ばれること自体が誉れなファントム・ハントだが、これもまた終点ではない。さらに台頭した者は、上位部隊『
ここまで来ると有象無象を相手にはしない。第一類魔法生物や、魔皇大帝に次ぐ権力者『
メンバーはエリート中のエリート。武力や人格はもちろんのこと、拷問を受けても口を割らない。そう判断された者にのみ声がかかる。
口が堅いなら秘密を打ち明けてもリスクを抑えられる。終導の剣として働く人員はラディウスの秘密を知っている。
「ラディウス様。遅れましたが、大佐への昇進おめでとうございます」
並走する女性が金髪をなびかせながら祝いの言葉を口にした。
リサ・シュレディング。凛とした雰囲気が特徴的な女性だ。
ラディウスと比べれば華奢だが、剣の実力はラディウスに次ぐ。百年に一度の逸材と称されるものの、百年祭に名を連ねるのはラディウスが転生前に使った名前ばかり。ラディウスが約千年前の人間であることを踏まえると、実質千年に一度の人材だ。
シュレディング家は軍事貴族で知られる。剣の道に優れたエリート一族。世間からはそう思われている。
それはあくまで表向きの顔。シュレディング家の真なる役目は、将来ラディウスの右腕となる軍人を輩出することにある。
そのための養成施設を運営し、逸材を見つけては一族に招き入れてさらなる教育を施す。優秀な戦士を育成し、完成した人材をラディウスのもとに届けてきた。
本家に連なる血筋の人間も同様だ。リサ・シュレディングはシュレディング家の長女。家督を継げる身ではあるが主従の関係は崩れない。
「昇進はめでたいけれど、これで味を占めちゃ駄目よ? 独りで師団規模を相手するなんて、本来は命がいくつあっても足りないんだから」
蒼い瞳がラディウスを見据える。
透明感のある銀髪をなびかせる女性は、シーラ・フィアト・ユースティリア。幼少期から面識のある少女だ。
リサほどの剣才はない一方で、類稀なる魔法の使い手として名を知られる。常軌を逸したスピードで出世したラディウスに置いてけぼりにされながらも、ついには終導の剣まで追いついた才女だ。
「無事為したのだ。問題はあるまい」
「問題大有りよ。あんな無茶、できて当たり前なんて思わないで」
形のいい眉が寄る。
英雄ラディウス・レイ・グランストと知りながら、タメ口でラディウスと話すのはこのシーラくらいだ。単独で師団を足止めした戦果に対しても、シーラだけは難色を示している。
リサが小さく嘆息した。
「シーラは相変わらず心配性ですね。閣下に為せないことなどないというのに」
「そういう考え方が危険だと言っているの。件の作戦だって、予期しない事態が起きていたら誰もフォローできなかったのよ? もっと自分を大事にして」
忠誠を誓うリサと諫めるシーラ。いつもの光景が繰り広げられる。
それも数秒。ラディウスが横目を振るなり、リサが口をつぐんで場が収まった。
リサはラディウスの騎士だ。主たるラディウスが望まないことはしない。当初は出過ぎたことをしてシーラと衝突したものだが、二十歳になって多少は落ち着いた。
ラディウスはできると確信したことしかやらない。伊達に長い年月を生きていないのだ。自身にできるできないの一線はわきまえている。
悲しいかな、ラディウスにとっての普通は普通ではない。シーラたちのような今を生きる者には多大な無茶にしか映らない。
本来の人間がどこまでやれるのか、ラディウスに教えてくれるのはシーラくらいだ。幼馴染の忠告に思うところがある時もあったが、ラディウスから強く否定したことはない。いざシーラを前にすると、途端に口が重くなるのだ。
若者への罪悪感だけではない。端麗な容姿がかつての戦友に似ていることも、正面から否定できない理由の一つかもしれない。
「見えてきたな」
街の景色にまぎれて、細長い巨体が頭をもたげる。
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