第8話 ともして おかいもの(後編)
ホタルさんたち「まどろみみっく」 知らない人は知らなくてもいい存在です。
スマートフォンで様々な情報が流れてくる時代、情報の取捨選択はこれからを生きる術とも言えます。
ただ彼らが居ることを否定して、あまつさえ「消えてほしい」と言い放つなら、なぜ自分たちはここに存在しているのでしょう。相手がいてこそ…でしょうか。
ありのままを尊重することは弱さや尊厳を守ることでもあります。胸が締め付けられる、蔦凪衣文は居ても立っても居られませんでした。
蔦凪衣文は見ず知らずの相手に自分を名乗りました。すると男児の母親は私の真剣さを茶化すように笑い始めました。
しばらく出方を伺い、母親がひと言
「
蔦凪さん、聞いたこともない所属を知らない人に話して何のつもり?
あたしは明け墨市の3つ隣の市から来ているから魚戸ホタルは明け墨市の町おこしキャラクターくらいに思っていたわ。CGだと思っていたけど実際にいたなんてね。そのあたしの目から見てもこれだけは言えるわ。
」
衣文たちは様子を見ている。続けて
「
あなた騙されているのね。友人には話したの?一人くらいいるでしょ。彼らの文化を広めるプロジェクト?こんな宙に浮いた変な生き物広めるって正気じゃないわ。人の暮らしに戻ることを薦めるけどどうかしら?
」
衣文はホタルたちに手出し無用と合図を送りました。そして鞘から剣を抜くことにしました。(言いたいことはそれだけ?)3秒吸って6秒吐いて体の力を抜いた後、話し始めました。
「
人の暮らしに戻る?今や明け墨市では彼らも人の暮らしと密接に関わっています。魚戸ホタル族は明け墨市に1万匹以上、3つ隣の市に移った個体も数百匹います。あなたの世界では見えていないだけでしょう。50万都市に1万と少ないように思われるかもしれませんが、ITから教育・建設・農業・小売と様々な分野に彼らはいます。彼らが来てから市政では多様性が重視されるようになりました。満足度調査の回収率が20%増え、「住み続けたい」「地域に愛着を感じている」と回答した方が10%増えました。彼らも一部迷惑をかける個体もいますが、同族同士で注意喚起しています。今年は前年に比べてホタルさんたちが10%増えました。住みよい土地になっただけではなく一緒に生きてもいいと受容されているということです。これからの明け墨市だけじゃなく世界をよりよくするためには少数の存在の調査が必要だと感じています。私は彼らをより知ってほしくて「まどおーむ」という4月に生まれたばかりのプロジェクトに参加しています。友人には話して「面白そう、つたえもんが書いた記事読むね。」と言われました。理解のある友人を持てて良かったです。私は続けたいのであなたとは争いません。どうでしょうか?
」
母親はきょとんとした表情をして次の手を考えています。トウリちゃんが「みんな集まってどうしたの?」と近づいてきました。ホタルさんが何か合図を送ったのかトウリちゃんも様子見の体勢に入りました。母親が呆れた感じで話し始めました。
「
もういい もういい。争っても仕方ないもの。祐樹、帰りましょ。魚戸ホタル、家の近くにもいるかもしれないわね。近所の人と話すときのネタにするわ、ありがとう。
」
母親は祐樹くんを連れて帰りました。祐樹くんは「蔦凪さん、ごめんなさい、やっぱり見たくない。」と言い残しました。今は受け入れられないかもしれないけど、時間が解決すると思っておきましょう。存在を納得させる材料はあったが好き嫌いを直す材料は持ち合わせてはいませんでした。
「助太刀するまでも なかったわね。」
まいはさんが本棚の影から現れました。「話全部聞いてたんですか?」と聞くとフフッと笑いながら首をこくりとしました。まいはさん続けて
「
衣文さんが負けそうになったら私がしゅわっと現れてホタルさんたちが地元の農家の作物を優先して買っているデータや3つ隣の市にある町工場で50%の売上向上に貢献したというデータを持ち出したのにね。衣文さんありがとうございます、闘ってくれて。カッコよかったわ~。
」
衣文も連られて笑い始めました。ホタルさんやトウリちゃんも笑い始めています。トモチカさんが取り残されたまま、と気づいて話しかけました。
「
トモチカさん、大丈夫だよ。居てもいいんだよ。本当は抱きしめたいけどまだダメだよね。私助けになっているのかな。ごめんね。
」
トモチカさんが答えます
「
いいの。ありがとう。体が大きいからヒトとぶつかることはしょっちゅうあるけど、あんなに罵られたのは怖かった。けどホタルさんが上陸した頃にこういうこと言われたって聞いてるから、隣にいるから何とかなってる。漫画で市民のピンチに駆けつけるヒーローみたいだった。ヒトに抱きつかれるのは嫌だけど<手をにぎる>くらいだったらいいよ。
」
私だけでなくホタルさんも驚いた表情をしています。「ん?手を握るくらい普通でしょ。」とトウリちゃんがつぶやきました。割りと馴れ馴れしく同族のため手を握るくらい朝飯前なのでしょう。でも私はこれまで初めて会った日以来触ったことがなく、形式的なものでした。プライベートで触るのは初めて、手を握ると不安からか緊張からか液状の手がぷるぷる波打っていましたが「大丈夫、これからもっと知っていこう」と声をかけると落ち着きました。
様子を見てまいはさんがほっとした表情でつぶやきます。
「ちょっとは通じ合えたってことかしら。まどおーむで集まったときに触れられたくないって距離取ってて心配してたのよ。一件落着」
うん、そうだよ。言い返すように頷きました。良かった、何事もなく無事で本当に良かった。
騒ぎが収まった後に静かな場所に行きたいと考えました。そこで書店から3Fのライマーシティー美術館に上がり美術鑑賞することを提案し、同意を得ました。行く前に10分間だけ時間を作り、書店でまいはさんにおすすめされた書籍を購入しました。他のみなさんも欲しい書籍を購入できたようです。トウリちゃんは電子図書サイトのカートに気になった書物を入れていました。
14時、美術館に入りました。トウリちゃんは300円の中・高校生用チケット、他は700円の大人用チケットを購入しました。館内スタッフにチケットを渡し特別展示に進みます。
/* チケットの価格は小学生以下と70歳以上は無料 */
特別展示では夏の鳥・昆虫をテーマに明け墨市近辺の住民が撮影した写真・絵画が展示されていました。まず小学生50人以上が描いたカブトムシ、アゲハチョウ、キリギリスなどの昆虫の絵が目に入り、今にも飛びだしそうなアグレッシブさが表現されててほっこりしました。次に早朝に浜辺から撮影した赤い仄かな鳥の絵が目に入りました。水平線の向こうにある島の緑とコントラストを生んでおり素敵でした。他にもヒマワリに止まる虫の絵や青空の下水浴びをしている鳥の絵などたくさんの素晴らしい絵がございました。鳥と昆虫の絵をみなさんと見て、ホタルさんは触腕を振って自分が翅を持っているかのように体感していました。まいはさんは「撮り方が景色と合っている。私も入ろうかしら」と自分が写真に入ることを想像してうっとりしていました。横にいたトモチカさんは落ち着きを取り戻し、まじまじと観察していました。合っている絵画だと発色が明るくなるので分かりやすいです。トウリちゃんは「明け墨公園に咲いているキキョウいいな♡ 行って自分も写真撮りたい、いいね欲しさだけじゃないよ」と興味津々でした。トウリちゃんはこの街に来て2年も経っていない、もっと魅力を感じて好きになってほしいと思いました。そこでみなさんにメールで自分のおすすめスポットを送りました。「後でチェックするよ!!」と興味を持ってもらえました。嬉しいです。
4Fに上がり常設展示も楽しみました。この街の成り立ち、時代ごとに使われていた道具が展示されています。弥生時代に使われていた貯蔵用土器から平成の世に開発された漁の道具まで、学びになります。ちなみに展示品は市立明け墨美術館から寄贈されたものです。美術鑑賞を楽しみ、すっかり15時30分です。座りたかったので休憩がてらに5番街にあるカラオケに行くことを提案し、同意を得ました。みんなはどんな歌を歌うのか楽しみです。
16時10分、5番街3Fのカラオケ店で受付を済ませ1時間半のカラオケタイムが開幕しました。さっそくトウリちゃんが4月から始まった流行りのアニメのOP曲を入れて歌い始めました。慣れてなくて音を外しているように感じましたが楽しそうだったので良かったです。その後私は2年前にSNSで流行った曲、まいはさんは10年くらい前のドラマの主題歌、ホタルさんはいわゆる魚戸ホタル曲を歌いました。魚戸ホタルは5個体の音声パターンを元に人間が操れるようにした研究用音声データベースが公開されており、人間から提供された曲を人間に見せるライブでは歌っています。続けてトウリちゃんが「Sing So Swee't(シンソースイ)」の曲を歌い始めました。こちらはハマっているアイドルの曲ということもありこなれた感じでした。ホタルさんがデュエットしようと言い出し、同じアイドルの別の曲を入れてハモっていました。トモチカさんが置いてけぼりです。「何か歌える曲ある?一緒に歌おう」と聞いてみると、金曜ロードショーでよく放映されているアニメ映画の主題歌が返ってきました。「それなら歌える」と早速入れて一緒に歌いました。他のみんなも合いの手を入れてくれてノリノリになりました。気分が良くなったのかトウリちゃんとデュエットを提案し、一緒に合成音声キャラクターの曲を歌い始めました。時間を忘れるくらい楽しく、あっという間に1時間半が過ぎました。
18時、カラオケ店から出ました。ずっと楽しみたいくらいですがそろそろ解散時間です。あっ、記念撮影を忘れてた。気づいて慌てて伝えるとトウリちゃんが「2Fにプリクラコーナーがあるよ」と教えてくれたので移動しました。プリクラの前に立ち、トモチカさんが私の袖を引っ張って「青いリボンを出してほしい」と言いました。一瞬驚きましたがすぐさま鞄から取り出し、左半身の触手に着けました。やっぱり似合ってる。私だけでなく他のみんなも。照れくさくなり、もじもじしました。この状態でプリクラに入り記念撮影しました。3回は取り直したかな。出てきた写真をみんなで分け合いました。後は初めに待ち合わせした駅に戻るだけです。
19時、駅に到着しました。ホタルさんが手を挙げて注目を集めた後にひとこと
「
みんなありがとう。まどおーむメンバーの親睦も深まったと思います。特に衣文さん、トモチカさんを助けてくれて嬉しかった。いざというときは表に立って闘ってくれるヒトだと感じました。これからもよろしく~ ほたー
」
ほたー、と返したところでそれぞれの生活に戻ります。別れ際、トモチカさんが触手を小刻みに振って「また会いましょう」と言いました。私が買った青いリボンを付けています。昨日まではどこか避けられていると感じていました。今日はホタルさんに見せるような綻んだ顔を私に見せていました。勇気を出してよかったです。
夜食はトウリちゃんと一緒に牛丼を食べて今日のことを振り返りました。他のみなさんは畜肉を食べないのでこういう店に行けるのは友人以外ではトウリちゃんくらいです。「ああいう表情もするんだね(^_-)-☆」と過ぎた騒ぎを笑い飛ばしていました。夏クールのアニメについて情報交換し、チェックしました。
少なくとも私は「まどおーむ」メンバー全員の理解者になりたい。今日トモチカさんの手に触れることができた、大きく前進した、と感じました。今後の広報に繋げたいと衣文は思いました。
[ あとがき ]
初の前後編、5000字近く書いてまだ終わらないときは分けて書きたくなります。今回衣文さんとトモチカさんの距離が近くなって良かったです。9話は高校訪問のリハーサルにカフェ「トパーズ・リッター」に訪れます。5話で登場して海に帰ったトルノスさんが残したカフェです。もっと遊びを体感して表現に生かしたい、そう思う次第です。ほたー
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