第5話 来るイカ拒まず去るイカ追わず

 5月15日 魚戸ホタル(みか)は明け墨海岸で立っていました。

 明け墨市から去る同族が装着していたKibiTalkを回収するためです。


 5月14日 毎週土曜日に開かれる地元の盛り上げかつまどろみみっく文化を広める集まり「まどおーむ 明け墨(仮)」が開かれないことが事前に決まっていました。みかが主催者の集まりであり、1話で顔合わせを行いました。

 開かれない理由は5月15日の前後2日は魚戸ホタル共通の休日になっているためです。5月15日は魚戸ホタルの共通誕生日ということになっており、家族や知人とパーティをしたり、旅行で天然温泉に入る方もいます。

 魚戸ホタルはもともと海の生き物であるため人間と時間の流れがズレており、人間側が労働時間調整のために共通誕生日を提案し、ホタルたちも了承しました。

 上陸記念日当日にすると独りでゆったり誕生日を過ごしたいホタルにとってはノイズ交じりの迷惑極まりない日になるので記念日の2週間後になりました。

 蔦凪衣文は上陸記念日の準備や広報記事作成のために4月いっぱい~5月の最初の週を使い果たしました。今日は気分転換にまいはさんと一緒にショッピングモールに出かけて買い物しました。まいはさんに今まで着たことのないタイプの服を選んでもらい試着すると案外似合っていたので即購入しました。トウリさんはゴールデンウィーク明けの中学数学のテストで平均点を10点下回ってしまったのでトモチカさんにZoomを通して教わっています。


 魚戸ホタルたちにとっては共通誕生日は建前で明け墨市、いや地上から海に帰るホタルたちを見送る日になっています。地上に居続けるのであればパーティーをしてもいい、旅行で天然温泉に入ってもいい。ですがお世話になった方々の帰りを見送りに来た同族たちが明け墨海岸に集まっていました。

 上陸記念日では地上に来た魚戸ホタルたちの中で代表して5匹が登壇し、自己紹介しました。街の人はホタルたちに助けられ、ホタルたちも生活の糧を得ているので新しい住人の来訪に大変喜んでいました。

 来るイカがいれば去るイカもいます。死期を悟った、子供を産みたい、人間社会が合わなかった、事情はイカそれぞれです。

 人間には魚戸ホタルの皮を海に返すと新しい魚戸ホタルが産まれると伝えています。しかし最期は海の中で死にたいという願望を持っていてもおかしくありません。子育てについては産卵期が遅れると産みにくくなるため、子育てしたいホタルは地上から去り、海に帰る必要があります。地上を去りたくないホタル向けの研究も進められていますが、海洋深層水を定期的に汲み上げて中に浸し、栄養補給に必要なプランクトンを確保する必要ためどうしてもコストがかかります。ママさんホタルのための施設の建築が求められています。


 魚戸ホタル(みか)は上陸した頃にお世話になったトルノスさんを待っていました。トルノスさんは魚戸ホタル向けの旅行プランを県内の旅館にプレゼンテーション資料を持ってきて提案し、旅行Webサイトのオープンに関わりました。「魚戸ホタル旅行の父」とも呼ばれます。オープンする以前は魚戸ホタルというだけで人間と一緒の部屋に泊まれない、入浴できない状態でした。このままでは衝突の原因になると危惧されていた問題がオープンすることで解決されました。10年前に上陸し明け墨市に関わってきましたが、ヒレが栗色から灰色に変わってきており死期が近いと悟ったため海に帰ることに決めました。

 みかは地上での住処を共同住宅に決めて現地に向かう途中に道に迷いトルノスさんの案内を受けて辿りつくことが出来ました。その後ホタルぽーたるで商談に訪れたトルノスさんの後をつけていたところ見つかり、「お名前を伺いますがみかさんでしょうか?その弓なり形のヒレ、覚えがあります。」と聞かれ、「はい、みかです。沢笛町ではお世話になりました。」と返事して「再び会えたのも何かの縁。今は社内だから今度こちらの店で話しませんか?」とカフェの場所のURLを共有しました。

 トルノスさんが運転資金を提供しているカフェであり、サンゴ礁を象った背景が印象的な落ち着ける空間でした。店に入ると早速トルノスさんから「元気しとるか、みか」と呼びかけられました。その後みかは明け墨市の生活のことを話し「今日は君と話せて楽しかった、2週間に1回この店に来るからまた会ったら話そう」と言葉をもらえてうれしくなりました。

 そのカフェは行きつけの店になり、後の話でも出てきます。魚戸ホタルという種族は基本的に水分と甲殻類があれば腹が満たされるためカフェ通いが多いです。この店で知り合った人や同族もいますが、それは別の話で。


 話を海岸に戻します。18時頃トルノスさんがみかの前にやってきました。初めて会った時より動きがのっそりしておりヒレも栗色の部分はあまり残っていません。みかと対面して話をしました。

「海に帰る前にみかの顔も見たいと思ってたよ。」

「ぼくもトルノスさんの顔を見ることができて良かったです。会えて明け墨市の暮らしがより充実しました。」

「ありがとね。そうだ、KibiTalk返すね。解析してもいいけど君に見てほしいなと思ってるよ。」

 首から装着していたKibiTalkを外し、回収用のかごに入れました。KibiTalkは(株)ホタルぽーたるが商標、特許を持っている製品であるため企業の社員が回収する必要があり、みかが招集されていました。海に持ち込んでも水圧で壊れるだけであり、同族なら装着しなくてもテレパシーで話すことが出来ます。解析については事前に許可不許可を選ぶことができ、不許可の場合は専門の工具で壊してリサイクルします。


「さようなら、どうかお元気で」

 海中から来た案内役の魚戸ホタルに曳かれる形でトルノスさんは明け墨市、いや地上を去りました。トルノスさん以外にもみかと話をしたことがある同族はおり、KibiTalk回収と同時に別れの挨拶を交わしました。トルノスさんを紹介したのは今回去る同族の中で一番お世話になったためです。


 夜中に行われた海への帰還も朝日が昇り終わりを告げます。海中と地上、環境の違い、トルノスさんの最期を看取ることは叶わないでしょう。みかにもみかの使命があります。トルノスさんは他の同族たちを旅館に入れるようにしてくれました。自分は何を成し遂げられるのか、悩んでも仕方ありません。とにかくやってみる、今この時を真剣に生きればきっと悩みが自然に解決していく。そう握った手を額に当てながら固く誓いました。


 次回は6月に入ります。

 彼らの日常の話を書きたいと思います。

 ありがとうございました。

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